大太刀〈無銘伝豊後友行〉とは:大森彦七所用と伝え、1尺余りの生ぶ刃を残す健全な大太刀
大太刀〈無銘伝豊後友行〉(おおたち〈むめいでんぶんごともゆき〉)は、愛媛県今治市大三島町宮浦の大山祇神社が所有する、南北朝時代の豊後友行の作とされる無銘の大太刀で、昭和33年(1958年)2月8日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、員数は1口で、明治34年(1901年)3月27日に当時の制度で指定されている。
大山祇神社によると、野太刀拵が附として指定されており、大森彦七の所用で、大森直治が奉納した。
大太刀〈無銘伝豊後友行〉の姿
大山祇神社によると、鎬造、丸棟、鳥居反りで、大鋒となる。鍛えは板目に大肌が交じり地沸がつき、刃文は小乱れに小のたれが交じって小沸がつく。帽子は小丸でやや長く焼き下げ、表裏に丸留の棒樋を彫る。
茎は生ぶで、鑢目は勝手下がり、先は栗尻である。
大太刀〈無銘伝豊後友行〉の見どころ
大山祇神社によると、地刃の出来が優れ、しかも1尺(約40センチメートル)余りの生ぶ刃があるほどに健全で、南北朝時代の豊後友行の作と鑑定される。
大山祇神社は、日本最古の平安時代中期の鎧をはじめ多くの武具を伝え、大三島は「国宝の島」と呼ばれている。
大太刀〈無銘伝豊後友行〉の見学方法
展示の予定は、大山祇神社の案内で確かめたい。
Q&A
- 大太刀〈無銘伝豊後友行〉はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和33年(1958年)2月8日に国宝に指定されました。
- この大太刀は誰のものだったのですか?
- 大山祇神社によると、大森彦七の所用で、大森直治が奉納しました。
- この大太刀の附指定は?
- 野太刀拵です。
- この大太刀の健全さは?
- 1尺(約40センチメートル)余りの生ぶ刃が残るほど健全です。
- 作者は誰ですか?
- 無銘ですが、南北朝時代の豊後友行の作と鑑定されています。
基本情報
| 名称 | 大太刀〈無銘伝豊後友行〉(おおたち〈むめいでんぶんごともゆき〉) |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県今治市大三島町宮浦3327(大山祇神社) |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 昭和33年(1958年)2月8日指定(明治34年(1901年)3月27日旧制度指定) |
| 員数 | 1口(附 野太刀拵) |
| 寸法 | 文化庁データベースに記載なし |
| 所有者 | 大山祇神社 |
| 公開状況 | 展示は大山祇神社に要確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「大太刀〈無銘伝豊後友行〉」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/518
- 大山祇神社「宝物館」
- https://oomishimagu.jp/treasure/
最終更新日: 2026.09.30