北の海の主が建てた本堂

文安4年(1447年)、本州のはるか北、津軽半島の十三湊(とさみなと)を本拠に「日ノ本将軍」を称した安倍(安東)康季が、若狭の海を見下ろす羽賀山の中腹に一棟の堂を建て直した。雪深い北国に勢力を張った人物が、日本海に面した若狭の小さな寺院に足跡を残している。物資や財、そして造営の費用が、この海岸沿いをどのように行き来していたかをうかがわせる事実である。

この康季が再建したのが、現在の羽賀寺本堂である。寺伝によれば、再建は後花園天皇の勅命を受けてのことで、十五世紀の動乱のなかで先代の堂が二度の火災に遭った後の造営であった。

羽賀寺そのものの歴史は、この本堂よりさらに古い。寺の縁起は、霊亀2年(716年)、元正天皇の勅願によって行基が開いたと記す。背後の山を鳳聚山(ほうしゅうさん)と呼ぶのは、かつて鳳凰が飛来し羽根を落としたという言い伝えにちなむ。これらは記録というより寺の伝承に属するが、この地が幾度も再建を重ねるだけの場所と見なされてきた事情を説明してくれる。

本堂が重要文化財である理由

本堂は昭和37年(1962年)6月21日、国の重要文化財に指定された。その評価は伝説ではなく建築そのものにある。正規の形式をそなえた室町中期の密教本堂の一例として、いまではあまり残っていない正統的な平面を保っている点が高く評価された。

「正規の形式」とは何かは、平面を見ればわかる。桁行は五間、梁間は六間、寸法にしておよそ13.7メートル四方に近く、棟までの高さは約13.2メートルである。堂内は、本尊を安置する内陣と、参拝者のための外陣とが明確に分かれている。三間四方の内陣の前に三間一間の礼堂を設け、その四周を一間幅の庇がめぐり、さらに外に縁を回す。聖なる中心と人の場とをはっきり区切るこの構成こそ、密教の本堂に求められたものであった。

細部は、和様を基調とした端正な木組みでまとめられている。長押で軸部を固め、柱の上には出組の斗栱を組み、軒は二軒繁垂木で受ける。斗栱のあいだの中備に注目したい。正面中央の間だけが曲線を見せる蟇股(かえるまた)で、ほかは簡素な簑束(みのづか)となっている。本堂は昭和41年(1966年)9月に解体修理を終え、十五世紀の姿に近い形に整えられた。堂内の厨子一基は、本堂とともに附(つけたり)として指定されている。

訪れて目を留めたいところ

ここでは、堂に至る道行きそのものに見どころがある。緩やかに登る長い石段の参道が高い木立を抜け、緑の山を背にした本堂が姿を現す。屋根の前では足を止めたい。檜皮を細かく重ね葺いた表面には、瓦にはない柔らかな深みがあり、四隅でやや急に反り上がる軒の線を、十五世紀の京の北山文化の建築に通じるものとみる解説も少なくない。

堂内に入ると、多くの人が足を運ぶ目当てが薄暗がりのなかに立っている。本尊の木造十一面観音菩薩立像である。像高はおよそ146センチ、平安初期、十世紀ごろの一木造で、長く秘仏とされてきたために、造立当初の彩色がほとんど失われずに残る。木彫像としては千年を超えてなお珍しいことである。寺伝はこの像を女帝・元正天皇の御影と語り、参拝者はその面ざしの、静かで気品のある美しさに目を奪われる。下方へ長く垂らした右手が、像に独特の存在感を与えている。

本尊のかたわらには、さらに二体の指定仏が控える。千手観音立像と毘沙門天立像で、いずれも平安後期の作。もとは現在は失われた寺院の像で、後にこの地へ移されたものという。三体がそろうことで、内陣はただの陳列とは異なる、いまも生きた祈りの場の気配を保っている。

寺のまわりで

羽賀寺は、古い寺と古い仏像が集まることから「海のある奈良」とも呼ばれる港町・小浜の、静かな北側に位置する。一帯に知られた巡礼路を構成する八つの寺院のひとつであり、そのなかで鉄道の線路より北にあるのは羽賀寺だけである。そのぶん落ち着いた、少し奥まった雰囲気がある。

境内は季節とともに表情を変える。春は八重桜、六月の下旬には約1,100株の紫陽花が庭を彩り、秋には紅葉が色づく。訪れる前に知っておきたい作法がひとつ。参道脇の鐘楼の鐘は、来訪を告げる挨拶として行きがけに撞くもので、帰りに撞いてはならない。

海外からの参拝者を喜ばせる小話もある。小浜という地名は、ある米国大統領の姓と同じ読みであり、その人物が選挙を戦ったころ、本寺の住職が地元の応援の動きの口火を切った。2009年の就任のころには、本堂で祝いの会も開かれている。本堂の歴史とは無関係だが、小さな寺を記憶に残す類いの偶然である。

Q&A

Q堂内に入って仏像を拝観できますか。
A拝観できます。ただし本堂は普段閉じられています。まず本坊で受付をすると、住職のご家族が開けてくださいます。拝観料はおよそ400円、拝観はおおむね9時から16時です。時間や料金は変わることがあるため、遠方からの場合は事前の確認をおすすめします。
Q本堂と寺は、それぞれどれくらい古いのですか。
A現在の本堂は文安4年(1447年)の再建です。寺の創建は寺伝で霊亀2年(716年)とされ、はるかに古いものですが、いま見る本堂は火災で失われた先代の堂を建て直したものです。
Q小浜駅からの行き方を教えてください。
AJR小浜駅からおよそ3.5キロ、車で15分ほどです。駅では電動を含むレンタサイクルが借りられ、寺には駐車場もあります。
Q訪れるのに良い時期はいつですか。
A季節ごとに見どころがあります。春の八重桜、六月下旬の紫陽花、秋の紅葉。いずれも檜皮葺の落ち着いた色合いとよく合います。
Q本堂は国宝ですか。
Aいいえ。国宝の一段下にあたる、国の重要文化財に指定されています。堂内の本尊・十一面観音立像も、別の指定として同じ重要文化財です。

基本情報

名称羽賀寺本堂(はがじほんどう)
所在地福井県小浜市羽賀
所有者羽賀寺(高野山真言宗)
指定区分重要文化財(昭和37年〔1962年〕6月21日指定)
年代文安4年(1447年)再建、室町中期
員数1棟(厨子1基を附として指定)
構造及び形式桁行五間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺。およそ13.7メートル×14.6メートル、棟高約13.2メートル
アクセス・拝観JR小浜駅から約3.5キロ、車で約15分。拝観はおおむね9時〜16時、拝観料約400円。事前確認を推奨

References

国指定文化財等データベース(羽賀寺本堂)/文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/825
小浜市公式ホームページ(羽賀寺)
https://www1.city.obama.fukui.jp/kanko-bunka/jisha-shiseki/1223.html
日本遺産ポータルサイト(羽賀寺)/文化庁
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/640/
ふくいドットコム(羽賀寺)/福井県観光連盟
https://www.fuku-e.com/spot/detail_1098.html

最終更新日: 2026.06.22