坪川氏庭園 ― 福井県最古の茅葺民家に寄り添う、山里の池庭

福井県坂井市丸岡町の山あいに、ひっそりと佇む坪川氏庭園は、知る人ぞ知る名園です。大きな茅葺屋根の主屋「千古(せんこ)の家」に寄り添うように広がるこの池泉庭園は、背後の里山から導かれた清らかな水を、菖蒲園と細長い園池へと巡らせ、そのほとりには立石や景石が配されています。2007年に国の登録記念物(名勝地)に登録されたこの庭園は、近世の豪農が遺した造園文化を今に伝える、静かで思索的な空間として、訪れる人の心に長く残ります。

八百年の歴史を刻む坪川家の屋敷

坪川家がこの地に住まうのは、およそ八百年もの長きにわたります。家伝によれば、坪川家の祖は平安後期に院の警護を務めた北面の武士・坪川但馬貞純とされ、貞純はさらに源頼政の後裔と伝えられています。十二世紀末の京の動乱を避けて越前に逃れ、やがてこの竹田の山里に定住しました。代々名主や村長を務めるなど、地域に深く根を下ろしてきた一族です。

主屋は福井県内に現存する最古の民家として知られ、建築様式から江戸時代初期、十七世紀中頃の建立と考えられていますが、細部の意匠には中世末期にまで遡る可能性も指摘されています。1966年(昭和41年)には国の重要文化財に指定され、1968年から1969年にかけて解体修理が行われ、当初の姿に近い形に復元されました。

なぜ国の登録記念物となったのか

坪川氏庭園は、文化庁により2007年(平成19年)2月6日付で国の登録記念物(名勝地)に登録されました。文化庁は、近世豪農に起源を持つ農家の庭園として、造園史上の意義が深く、同時代に属する類型のなかでも、特に意匠や構造面の特徴をよく遺している点を高く評価しています。

この庭園を特別なものとしている要素はいくつかあります。まず、現存する近世の名園の多くが武家や公家の庭であるなか、農家を中心とした庭園として、その全体像が良好に伝わっている希少な事例である点です。また、背後の里山を水源とする水流を、農地(現在の菖蒲園)や池庭へと張り巡らせ、生業と暮らしと美意識が一体となった景観を形成している点も注目に値します。地元では、作庭を茶道宗徧流の祖・山田宗徧(千宗旦・小堀遠州の門人)と伝える説があり、茶人の感性が反映された庭としても語り継がれています。さらに、園池の周囲には三尊石組や蓬莱、須弥山を表すとされる石組が配され、農家の庭としては珍しい宗教性・思想性を内包した「祈りの庭」としての性格も指摘されています。

庭園の見どころ

重厚感あふれる茅葺の主屋

庭園に足を踏み入れる前に、多くの来訪者がまず立ち止まるのが、堂々たる茅葺の主屋です。正面は入母屋造、背面は寄棟造という独特の屋根構成は、全国でもこの坪川家だけと言われています。外壁は杉皮張りで、太い栗材の柱には「ちょうな(手斧)」や「やりがんな(槍鉋)」による加工痕が今も生々しく残ります。母屋と下屋の桁を支える、自然に二股に分かれた木材を用いた「股柱」が三本も使われており、この規模の民家としては全国的にも稀有な構造です。

南北に細長い園池

主屋の東側、山裾に沿って南北に細長く広がるのが園池です。南方から導かれた水路の水は、東端中央の三段の滝口を経て園池に注ぎ込みます。山の斜面を掘削してつくられたためか、特に東岸は急勾配の部分や峡谷のように深い入り江が随所に設けられ、汀線(水際の線)の意匠は実に変化に富んでいます。歩を進めるごとに表情が変わるその景は、訪れる人を自然と立ち止まらせます。

景石と借景

園池の東、山裾部には景石が随所に配されています。とりわけ入り江の東側には立石を中心とした石組があり、その北側にも景石群が連なります。池の背後の樹林に覆われた山々は借景として庭の奥行きを広げ、坪川氏庭園を山里の風景そのものに溶け込ませています。

菖蒲園と屋敷林

かつての農地は今、季節ごとに表情を変える菖蒲園として整えられています。6月中旬には紫や白の花菖蒲が咲き誇り、茅葺の主屋と里山の濃い緑を背景に、息をのむほどの光景を見せてくれます。屋敷内の巨樹を含む屋敷林もまた、文化庁が「庭園の重要な特質」と位置づけた、欠かせない構成要素です。

歩いて鑑賞する庭としての価値

この庭園のもうひとつの興味深い点は、主屋と庭の関係です。豪雪地帯の農家として、主屋の開口部はもともと小さく、家人は池庭を眺めるためにいったん屋外に出る必要がありました。室内からの座観を前提としない、屋外で歩きながら愛でる庭として、坪川氏庭園は造園史上きわめて貴重な事例なのです。

訪問の手引き

原則として土・日・祝日に開園しており、平日は事前予約により受け付けています。主屋の囲炉裏には火が入っていることが多く、おにぎり、そば団子、餅など、囲炉裏を囲んでの体験プログラムも事前予約で楽しめます。境内の小さな茶屋では、地元丸岡産のそば粉を使った十割そばが提供されており、ゆっくりと庭を巡ったあとの一服にぴったりです。

季節ごとに異なる魅力があります。6月中旬の花菖蒲、秋には里山と庭園を彩る紅葉、そして冬には雪を頂く茅葺屋根が見せる静けさ――どれも捨てがたい風景です。所要時間は1時間ほどが目安ですが、囲炉裏体験や食事を組み合わせれば、もう少しゆったりと過ごせます。

周辺の見どころ

坪川氏庭園は、福井を代表する名所の数々と気軽に組み合わせられる立地にあります。1244年に道元禅師が開いた曹洞宗の大本山・永平寺は車で約20分。現存十二天守のひとつに数えられる丸岡城も同じく約20分の距離です。北前船で栄えた港町・三国湊、雄大な海食崖の東尋坊、芦原温泉、そして世界三大恐竜博物館とも称される福井県立恐竜博物館も、いずれも1時間圏内にあります。坂井市は、福井の山里と海と歴史を一度に楽しめる、旅の拠点として理想的なエリアです。

Q&A

Q坪川氏庭園はどのような文化財ですか?
A国の登録記念物(名勝地)で、文化庁により2007年(平成19年)2月6日に登録されました。隣接する主屋「千古の家(坪川家住宅)」は、別途、国の重要文化財に指定されています。
Qいつ訪れるのが一番おすすめですか?
A6月中旬は隣接する菖蒲園の花菖蒲が見頃を迎え、年間で最も華やかな時期です。11月の紅葉、雪の積もる冬の茅葺屋根もまた格別の美しさです。
Q庭園の作庭者は誰ですか?
A茶道宗徧流の祖であり、千宗旦・小堀遠州に師事した茶人・山田宗徧の作と伝えられています。現在見られる池庭は江戸時代後期から明治時代初期にかけて整えられたものとされ、起源を元禄〜宝永年間(1688〜1710)に求める説もあります。
Q予約は必要ですか?
A土・日・祝日の通常の見学であれば予約不要です。平日の見学、囲炉裏体験、特別なお食事、団体での来訪などは、事前にお電話でご連絡ください。
Qアクセス方法を教えてください。
A北陸新幹線の福井駅または芦原温泉駅からレンタカー、またはバスでアクセスできます。お車の場合は、北陸自動車道・丸岡インターチェンジから約20分です。

基本情報

名称 坪川氏庭園(つぼかわしていえん)
指定区分 国登録記念物(名勝地)/2007年(平成19年)2月6日登録
関連文化財 坪川家住宅(千古の家)/国指定重要文化財(1966年指定)
所在地 福井県坂井市丸岡町上竹田30-11
形式 池泉鑑賞式庭園(水路と石組を伴う)
作庭時期 江戸時代後期〜明治時代初期(起源は17世紀後半に遡るとも伝わる)
主屋の建立時期 江戸時代初期(17世紀中頃)
伝承上の作庭者 山田宗徧(茶道宗徧流の祖)と伝わる
開園時間 午前10時〜午後4時(土・日・祝日/平日は要予約)
入園料 大人500円/小中学生300円
電話 0776-67-2111(千古の家)
アクセス 北陸自動車道・丸岡インターチェンジから車で約20分

参考文献

坪川氏庭園 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/140314
国指定文化財等データベース ― 坪川氏庭園
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/411/00003530
千古の家 公式サイト
https://senkonoie.info/
千古の家(坪川家住宅)― 坂井市公式観光ガイド
https://kanko-sakai.com/spot/k017/
千古の家(坪川家住宅)― 福井県坂井市公式
http://www.city.fukui-sakai.lg.jp/bunka/kanko-bunka/kanko/rekishi/senkonoie.html
坪川氏庭園(千古の家)― おにわさん
https://oniwa.garden/senkonoie-tsubokawa-garden-坪川氏庭園-千古の家/
千古の家(坪川家住宅)― ふくいドットコム
https://www.fuku-e.com/spot/detail_1141.html

最終更新日: 2026.05.06