栗の股柱が支える、福井最古の民家

土間から入って柱を見上げる。栗材を手で角に落とした柱には、手斧(ちょうな)と槍鉋(やりがんな)の削り跡がそのまま残る。うち三本は股柱。頂部が二股に分かれ、母屋と下屋の桁を一本で受ける。これだけの数の股柱を用いる例は全国でも少なく、坪川家住宅が現存民家の多くより古い建築の系譜に属することを最もよく示す。

家は「千古の家」の名で親しまれ、福井県内に現存する最古の民家である。国の台帳は建立を十七世紀末とし、古い地元の伝えはさらに中世末まで遡らせる。いずれにせよ、規格化された近世民家の時代に先立つ古さで、その構えがそれを示す。

指定の理由

昭和41年(1966)6月11日、重要文化財に指定された。解説は、太い曲り柱を立てるなどきわめて古風な構造と、力強い意匠を挙げ、北陸地方でとびぬけて古く立派な家と評する。

格を支えるのは、その背後の家系でもある。坪川家は坪川但馬貞純を祖とし、貞純は平安後期に院を警護した北面の武士・源頼政の後裔と伝わる。一族はこの谷に土豪として土着し、帰農ののちも武家の格と構えを保った。建物にもその来歴が読める。機能は民家でありながら、より格式ある屋敷の規模と作法を備え、家の格を示す仏間を構える。

見どころ

まず屋根に目をやりたい。正面は入母屋造、背面は寄棟造で、深く葺いた茅が重量感をもって覆う。生まれる破風の形は全国でここだけのものと伝える。外壁は杉皮張り。茶色の壁に障子の白が清楚に映える。

内に入れば囲炉裏に火が入る。代々屋根へ立ち上った煙が、茅と木材を保ってきた。土間の流し場には笏谷石を一石からくり抜いた水槽が据えられ、壁を貫いて外へ排水する。昭和43〜44年(1968〜69)に解体修理が行われ、建築当初の姿に復された。

見どころは主屋にとどまらない。屋敷の裏手には坪川氏庭園が広がる。元禄〜宝永頃(1688〜1710)に作られた小規模な池泉回遊式庭園で、現在は国の登録記念物。三尊・蓬莱・須弥山の石組は単なる景ではなく宗教的な意味を込めたもので、秋には紅葉が色づく。隣接の菖蒲園は六月半ばに花を開く。敷地内にはカフェとそば処があり、半日を過ごせる。

Q&A

Q見学できますか。
Aできます。坪川家住宅保存会が公開しており、朝から夕方まで開館、入館料があります。水曜は休館、冬季は積雪で休む場合があるため事前確認が安心です。敷地内にカフェとそば処があります。
Qいつ建てられたのですか。
A国の台帳は建立を十七世紀末とします。地元では中世末から江戸初期とする伝えもあり、年代には幅があります。確かなのは、福井県内に現存する最古の民家である点です。
Q股柱とは何ですか。
A頂部が二股に分かれた柱で、一本で母屋と下屋の桁を受けます。本住宅では三本が用いられ、規格化以前の古い構造を示す特徴です。
Q民家なのに格式が高いのはなぜですか。
A坪川家は武家の流れをひく土豪で、帰農後も格を保ちました。建物もそれに見合う規模で建てられ、働く住まいでありながら仏間を備え、屋敷の構えを持ちます。
Q行き方を教えてください。
AJR芦原温泉駅から京福バスで本丸岡へ、竹田行きに乗り換え「竹田」下車、徒歩約5分です。車なら丸岡インターから約25分です。

基本情報

名称坪川家住宅(千古の家)
ふりがなつぼかわけじゅうたく
種別近世以前/民家
指定区分重要文化財
指定年月日昭和41年(1966)6月11日
員数1棟
時代江戸中期・十七世紀末(中世末〜江戸初期とする伝えもある)
構造及び形式桁行14.5m・梁間10.3m、正面入母屋造・妻入・茅葺(背面寄棟造)
所有者公益財団法人坪川家住宅保存会
所在地福井県坂井市丸岡町上竹田30号11番地
公開状況一般公開(有料)。水曜休館、冬季は休館の場合あり

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/832
千古の家(坪川家住宅)公式サイト
https://senkonoie.info/
千古の家(坪川家住宅)さかい旅ナビ(坂井市公式観光ガイド)
https://kanko-sakai.com/spot/k017/
千古の家(坪川家住宅)ふくいドットコム(福井県観光サイト)
https://www.fuku-e.com/spot/detail_1141.html

最終更新日: 2026.06.22