解体寸前から公開施設へ ― 若松南海岸の煉瓦建築

旧古河鉱業若松ビル(きゅうふるかわこうぎょうわかまつびる)は、福岡県北九州市若松区本町にある大正8年(1919年)竣工の煉瓦造2階建の事務所建築で、平成20年(2008年)7月8日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は40-0059である。

敷地は鋭角である。二本の街路が斜めに交わる角地をそのまま受け入れ、平面を三角形に近い形にまとめている。角を落とした先端は海の側を向く。施工は大林組。古河鉱業が若松に進出した年に支店事務所として開き、以後およそ80年にわたって洞海湾の水際で石炭船の往来を見てきた。

若松の港としての歴史はそれより古い。江戸期には年貢米の積出しを担い、明治以降は遠賀川流域の炭鉱から出る石炭の需要増と炭鉱機械化、鉄道開通、築港が重なって、国内有数の石炭集積地となった。湾岸には石炭関連会社、海運会社、商社、銀行が軒を連ねる。大正から昭和初期にかけて新築と建替えが進み、その一部は「若松バンド」と呼ばれる南海岸通りの町並みとして今も残っている。この建物は、その西端に立つ。

ただし、ここまで残ったのは偶然ではない。平成7年(1995年)、当時の所有者であった日鉄鉱業株式会社が老朽化を理由に解体を決めた。これに対して地元住民が保存運動を起こし、4万6,000人を超える署名と、7,400万円を超える寄付承諾書を集めて市に陳情した。北九州市は平成13年(2001年)に保存活用を決定し、補修と整備を経て、平成16年(2004年)9月18日に「北九州市旧古河鉱業若松ビル」として一般公開を始めている。

登録の理由と、建物の中身

登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。指定に比べて規制が緩やかで、使い続けながら守ることを前提にしている。登録基準は三つあり、この建物が該当するのは第一の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁のデータベースにある解説を読むと、評価の力点がどこにあるかがはっきりする。挙げられているのは、鋭角の角地に敷地を占めること、南西隅の大塔と南東の小塔、そして縦線を強調する壁面の構成である。稀少な工法ではなく、街の見え方に対する寄与が理由になっている。

構造と改修

煉瓦造2階建、銅板一部スレート葺、建築面積297平方メートル。北九州市の資料では敷地面積592.28平方メートル、延床面積603.38平方メートルとされる。内部と屋根架構は木造で、外周を組積造、内側を木造で組む当時の一般的な構成をとる。

平成の改修は大がかりだった。新しい耐震基準に合わせるため、屋根面と2階床に鉄骨の水平トラスを入れて壁面の面外変形を拘束し、長辺・短辺の双方に鉄骨ブレースを新設している。一方で1階の受付ホール、事務室、金庫、そして2階へ上がる木造階段は原形のまま残された。外装では、天然スレートの一文字葺きと緑青銅板の瓦棒葺きによるマンサード屋根を復元し、銅製鋳物の人工緑青による屋根飾り、GRC(ガラス繊維補強コンクリート)による人工洗い出しの外壁装飾を再現した。内装は漆喰の補修によって柱頭飾りを復している。

もうひとつ、地味だが効いている条件がある。海面に近い立地のため、基礎の松杭が常時水面下に置かれてきた。木杭は水中にあれば腐らない。実際、煉瓦の構造には著しい損傷の形跡が見られなかったという。当初の施工の丁寧さと、この基礎条件の両方が働いた結果とみられる。

評価は段階的に重なった。平成18年(2006年)北九州市建築文化賞(現・都市景観賞)、平成19年(2007年)BELCA賞と近代化産業遺産認定、平成20年(2008年)国登録有形文化財。日本遺産「関門"ノスタルジック"海峡」の構成文化財でもある。

角に立って見上げる

海側から近づくと、二つの塔屋がまず目に入る。大きいほうが南西隅、小さいほうが南東にあり、その間を壁面が鋭角に折れていく。左右対称ではない。だからこそ、歩きながら見ると塔どうしの関係が刻々と変わっていく。

壁面はモルタル塗である。南面と西面には煉瓦タイル貼のピラスター(付柱)が壁から一段前に出て並び、その柱間に2連の縦長窓が上下階を貫いて開く。結果として縦線が強く出る。高い建物ではないのに、正面の線がことごとく上を向いている。

装飾は三つの高さに集まる。腰廻り、2階床の位置、そして軒廻り。その間の壁面は素っ気ないほど平滑で、対比が効いている。玄関の庇まわりや塔屋入口の細部にはルネサンス様式の意匠が入る。近づいて見ると、地方の商業建築としては造作が細かい。

内部に残るもの

建設当時、1階には事務室と金庫室、2階には支店長室と会議室があった。現在も1階の受付ホール、事務室、金庫、木造階段が大正期のまま残る。それ以外は改修され、多目的ホールA(152.27平方メートル)とB(95.61平方メートル)、会議室3室、資料室(27.72平方メートル)になっている。

資料室は立ち寄る価値がある。若松の歴史に関わる資料を所蔵しており、そのなかに吉田初三郎作の鳥瞰図の複製がある。戦前の日本が自分の土地をどう思い描いていたかを、この種の鳥瞰図ほど端的に示すものはない。最盛期の港を描いた図を見てから外に出て同じ街路に立つと、建物の意味が違って見えてくる。

訪ねるときの実際

入館は無料、開館時間は9時から17時まで。毎週火曜日と年末年始は休館する。多目的ホールと会議室は予約すれば22時まで利用でき、こちらは有料である。外観の撮影は公道から自由に行える。内部の撮影については受付で確認したい。ホールは地域の催しで頻繁に使われており、貸切の日もある。

JR若松駅からは徒歩約5分。若戸渡船の若松渡場からは徒歩約2分で、戸畑からの渡船で着く方法をすすめたい。船で水際に降り立つと、この一帯の建物が本来どういう縮尺で見られるはずだったかがわかる。車の場合は北九州都市高速道路の小倉駅北ランプから約20分。駐車場があり、土日は若松区役所の駐車場が9時から21時まで開放される。

周辺にも時間を割きたい。わかちく史料館、作家・火野葦平の旧居「河伯洞」、弁財天上陸場などが同じ区域にある。南海岸に並ぶ戦前の商業建築群は、一棟ずつではなくまとめて歩いたほうが理解しやすい。

Q&A

Q旧古河鉱業若松ビルは中に入れますか。開館時間と入館料は?
A入館できます。入館料は無料で、開館時間は9時から17時までです。毎週火曜日と年末年始は休館します。1階の受付ホール、当時のまま残る内部、資料室は予約なしで見学できます。
Q旧古河鉱業若松ビルへの公共交通でのアクセスは?
AJR筑豊本線の若松駅から徒歩約5分です。戸畑側から向かう場合は若戸渡船が便利で、若松渡場から徒歩約2分。短い航路ですが、船上から水際の町並みがよく見えます。
Q旧古河鉱業若松ビルの平面が三角形に近いのはなぜですか?
A二本の街路が鋭角に交わる角地に建っており、敷地境界に沿って平面を決めたためです。南西隅に大塔、南東に小塔を配し、鋭角の先端が港の側を向いています。
Q旧古河鉱業若松ビルは重要文化財ですか、登録有形文化財ですか?
A登録有形文化財です。登録は平成8年(1996年)に始まった制度で、使い続けながら守ることを前提としています。この建物は平成20年(2008年)7月8日に、登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」により登録されました。
Q旧古河鉱業若松ビルに大正期の内装は残っていますか?
A1階の受付ホール、事務室、金庫、および2階へ上がる木造階段が建設当時のまま残っています。それ以外の部分は平成13年から16年の改修で多目的ホール、会議室、資料室に転用されました。
Q旧古河鉱業若松ビルで写真撮影はできますか?
A外観は公道から自由に撮影できます。角の見え方は午後遅い時間に海側から狙うとよくまとまります。内部の撮影は受付で事前に確認してください。ホールが貸切利用中の場合があります。

基本情報

名称旧古河鉱業若松ビル(きゅうふるかわこうぎょうわかまつびる)
所在地福岡県北九州市若松区本町1-217他(施設住所は北九州市若松区本町一丁目11番18号)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 40-0059
指定年平成20年(2008年)7月8日登録、同年7月23日登録告示
員数1棟
寸法煉瓦造2階建、銅板一部スレート葺、建築面積297平方メートル(市資料:敷地面積592.28平方メートル、延床面積603.38平方メートル)
所有者北九州市
公開状況9時から17時、入館無料。毎週火曜日・年末年始休館。多目的ホール・会議室は要予約で22時まで(有料)

参考文献

国指定文化財等データベース 旧古河鉱業若松ビル(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007322
文化遺産オンライン 旧古河鉱業若松ビル
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/120194
北九州市 旧古河鉱業若松ビルについて
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/27000095.html
日本遺産「関門"ノスタルジック"海峡」 構成文化財No.20 旧古河鉱業若松ビル
https://www.japanheritage-kannmon.jp/bunkazai/index.cfm?id=20

最終更新日: 2026.08.26