役場の向かいに建つ、8.4平方メートルの石の小屋

旧前田家(キンデー)住宅釜屋形(きゅうまえだけ・きんでーじゅうたくかまやかた)は、東京都新島村本村一丁目にある大正前期(1912年〜1918年頃)建立の石造平屋建の建物で、令和6年(2024年)3月6日に国の登録有形文化財となった。建築面積は8.4平方メートル。

「キンデー」は屋号である。島では名字より屋号で家を呼ぶことが日常で、文化財の名称に括弧書きで併記されているのはそのためだ。

釜屋形とは、火を扱う建物をいう。新島の伝統的な民家では、煮炊きのかまどと風呂を主屋とは別棟に置いた。理由は単純で、火の入る屋根は住まいから離しておきたい。この建物は南北に二室が並ぶ。南室は土間で、石造のヘッツイを備える。ヘッツイは島でかまどを指す言葉だ。北室は風呂場である。

建つのは新島村役場の向かいの屋敷。島の中心集落、本村にある。壁は石だ。屋根も石である。

コーガ石という材料と、登録の経緯

新島は東京の都心から南へおよそ150キロメートル、伊豆諸島に位置し、行政上は東京都に属する。伊豆諸島の島々の多くは黒っぽい玄武岩からなるが、新島は違う。ここで採れるのはコーガ石(抗火石)、白っぽく軽い流紋岩質の軽石で、まとまった量が採れる場所は世界にもごくわずかしかない。

軽くて加工しやすいため、島の人々は木ではなく石で建てた。木材は本土から船で運ぶほかなかったからだ。住宅、倉、塀、井戸、雨水の貯水槽、豚舎、墓石。集落は足元から石でできており、建物によっては屋根まで、瓦状に加工した石で葺かれる。島内の家屋のおよそ7割には今もコーガ石が使われている。これだけの密度で石造建築の伝統が残る場所は、日本ではほかにない。

ただし、生きた技術としては途絶えた。屋根に使える軽い石が採れなくなり、建築基準法の下では総コーガ石造の建物を新たに建てられなくなった。残っているのは有限の在庫である。島外の建築家や島民による新島抗火石建造物調査会は、20年以上にわたってその調査と保存活動を続けてきた。

その積み重ねが形になったのが令和6年だった。令和5年(2023年)11月24日の文化審議会答申を受け、新島のコーガ石建造物5件が同年度に一括登録された。梅田家(沖五郎)住宅石倉及び外便所、紀野家住宅主屋、紀野家住宅釜屋形、この旧前田家(キンデー)住宅釜屋形、小久保家住宅主屋である。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁による本件の評価は短く、具体的だ。独立した釜屋形の形式をよく残し、新島の伝統的民家の様相を示している、というもの。登録番号13-0508、第106回登録である。

新島で最初の登録有形文化財は、これより20年早い。平成16年(2004年)2月に登録された前田家住宅外便所で、ヴォールト状の石屋根を架けた小さな便所だ。所在地は本村2丁目で、屋号の異なる別の建物にあたるため、混同しないよう注意したい。

8.4平方メートルを読む

8.4平方メートルという広さには、建築的な身振りを入れる余地がない。だからこそ、つくり方がそのまま読める。形式は切妻造の妻入。切妻屋根の妻側から入るので、正面には三角形が見える。屋根も壁も石だ。

両者の接するところを見てほしい。木造なら柱の上に桁を渡し、そこから小屋組を立ち上げる。ここでは母屋を石積の頂部に直接架けている。あいだに木の仕事が入らない。石工と大工の役割が入れ替わっている。

内部の南室には土間と石造のヘッツイが残る。整形されたコーガ石の塊が、一世紀ぶんの煮炊きの火を吸い込んできた。北の風呂場はより狭く、暗い。こうした建物とともに育った島の人は、これを特別なものだとは言わない。それが本質でもある。見せるための建築ではなく生活の設備で、誰も建て替えようと思わなかったから残った。

訪ねるには覚悟がいるので、期待を煽るより正確に書く。登録されたコーガ石建造物は住民が暮らす敷地の中にあり、通常は道路から外観を眺めるだけになる。旧前田家釜屋形については、11月初旬の東京都文化財ウィークに合わせて一般公開が行われた実績があり、その際には建物見学のほか、島の映像展示やコーガ石の石彫体験などの催しも開かれた。ただし公開は年ごとに企画されるもので、いつでも開いていると考えないほうがよい。これを目的に渡島するなら、新島村役場や島の情報サイトで事前に確認してほしい。

島への行き方はこうだ。東京・竹芝桟橋からの高速ジェット船で最短約2時間20分、同じ竹芝からの大型客船(夜行)で約8時間30分。空路は調布飛行場から新中央航空が新島空港へ約40分で結ぶが、定員19名の小型プロペラ機なので繁忙期は早めの予約がいる。新島空港から本村中心部までは徒歩約20分、距離にして約1.5キロメートル。島内には無料の巡回バス「ふれあいバス」も走る。目印は村役場で、釜屋形はその向かいの屋敷にある。撮影は公道からの外観にとどめ、人が暮らしている場所であることを忘れずに。

Q&A

Q釜屋形とは何ですか。旧前田家(キンデー)住宅釜屋形はどう使われていたのですか。
A釜屋形は火を扱うための別棟の建物です。新島の民家では、煮炊きのかまどと風呂を主屋から離した別棟に置きました。この建物は南北二室で、南室は土間に石造のヘッツイ(かまど)を備え、北室が風呂場です。建立は大正前期、1912年から1918年頃とされます。
Q旧前田家(キンデー)住宅釜屋形は見学できますか。
A常時の公開はありません。新島村役場の向かいの私有の敷地内にあり、通常は道路から外観を見るかたちになります。11月初旬の東京都文化財ウィークに合わせて一般公開された実績はありますが、年ごとの企画のため、見学を目的に渡島する場合は新島村役場や島の情報サイトで事前に確認してください。
Qコーガ石とはどんな石ですか。旧前田家住宅釜屋形はなぜ石造なのですか。
Aコーガ石(抗火石)は新島で採れる白っぽく軽い流紋岩質の軽石で、まとまった量が採れる産地は世界でもごくわずかです。軽くて加工しやすい一方、木材は本土から運ぶ必要があったため、島では住宅も倉も塀も、時には屋根までも石で築きました。現在も島内家屋の約7割にコーガ石が使われています。
Q新島へのアクセスと、旧前田家住宅釜屋形までの行き方を教えてください。
A東京・竹芝桟橋から高速ジェット船で最短約2時間20分、大型客船(夜行)で約8時間30分です。空路は調布飛行場から新中央航空で新島空港へ約40分、定員19名の小型機のため早めの予約をおすすめします。新島空港から本村中心部までは徒歩約20分(約1.5キロメートル)、島内には無料の巡回バス「ふれあいバス」もあります。建物は新島村役場の向かいです。
Q旧前田家(キンデー)住宅釜屋形はいつ、なぜ登録有形文化財になったのですか。
A令和6年(2024年)3月6日、登録番号13-0508で登録されました。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、独立した釜屋形の形式をよく残している点が評価されています。令和5年11月24日の文化審議会答申を受け、新島のコーガ石建造物5件が同じ日に登録されました。
Q名称に「キンデー」と括弧書きされているのはなぜですか。
Aキンデーはこの家の屋号です。新島では日常の会話で名字より屋号を使うことが多く、島の人と島外の人が同じ建物を指せるよう、文化財の名称にも名字と並べて記載されています。

基本情報

名称旧前田家(キンデー)住宅釜屋形(きゅうまえだけ(きんでー)じゅうたくかまやかた)
所在地東京都新島村本村一丁目318-2
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 13-0508 基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年令和6年(2024年)3月6日登録・同日告示(第106回登録/答申は令和5年11月24日)
員数1棟
寸法石造平屋建、石葺、建築面積8.4平方メートル。切妻造妻入、内部は南北二室
所有者梅田電気設備工業株式会社
公開状況私有地内につき常時公開なし。通常は道路から外観のみ。11月初旬の東京都文化財ウィークに一般公開された実績あり

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014763
文化遺産オンライン「旧前田家(キンデー)住宅釜屋形」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/555301
文化審議会答申(令和5年11月24日/文化庁・PDF)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/94080301_02.pdf
にいじまぐWeb「秋の新島で何するかって?コーガ石の家を味わうんです」
https://niijimag.com/topic/21734/
新島村 公式サイト
https://www.niijima.com/
東京宝島うみそら便(東京都)「新島の行き方・アクセス」
https://www.islandaccess.metro.tokyo.lg.jp/island/niijima/

最終更新日: 2026.08.22