三池炭鉱に一本だけ残った煙突

旧三池炭鉱宮浦坑煙突は、福岡県大牟田市西宮浦町にある明治21年(1888年)建造の煉瓦造煙突で、平成10年(1998年)に国の登録有形文化財に登録された。高さ31.2メートル、基部の直径4.3メートル、上端の直径2.9メートル。耐火煉瓦は約13万8000枚が使われている。

数字よりも重い事実がひとつある。かつて三池の炭田にはいくつもの煙突が立っていたが、現存するのはこの1基だけである。

煙突の役目は単純だった。足元には石炭を焚くボイラーが据えられ、そこで起こした蒸気が巻揚機やポンプ、扇風機を回した。深部の採掘は、この蒸気設備なしには成り立たない。ボイラーには通風を確保し煙を高く逃がす煙突が要る。二十世紀に入って動力が電気へ移ると、ボイラーは不要になり、煙突も次々に姿を消した。宮浦坑の煙突が残ったのは、この坑口が周囲より長く使われ続けたからである。

宮浦坑は官営時代の主力坑のひとつだった。明治20年(1887年)に開削へ着手し、明治21年(1888年)2月に開坑。煙突が建ったのも同じ年である。以後、昭和43年(1968年)の閉坑まで約80年にわたり、およそ4000万トンの石炭を産出した。

炭坑節に唄われた一本

登録は平成10年(1998年)1月16日付、告示は同年2月12日、登録番号は40-0004。文化庁の分類では種別が「産業1次」、種別2は「その他工作物」となっている。建築物ではなく工作物として扱うのが、自立した煙突に対する正しい整理である。

保存の意義は希少性と、そこに残る証拠の質にある。炭鉱の地上設備のうち、蒸気時代の部分は最初に消える。ボイラーは解体され、建屋は取り払われ、跡地はならされる。一方で煙突は撤去に手間がかかり、放置するほうが安くつく。結果としてここには、送電網が来る前の明治の坑口がどう動力を得ていたかを示す実物が、働いていた場所に立ったまま残った。

そして歌がある。「炭坑節」は北海道から九州まで盆踊りで踊り継がれてきた民謡で、その一節に、あまりに高いので昇ってきた月が煙たがるだろう、という趣旨の煙突が出てくる。その煙突がこれだと理解されており、大牟田市も公園の案内でそのように紹介している。夏の櫓を囲んで手を動かしてきた人の多くは、実在する建造物を唄っていたことになる。

煙突を含む一帯は大牟田市が所有し、平成8年(1996年)に宮浦石炭記念公園として開園した。園内でいちばん高いのは当然この煙突だが、見るべきものは煙突だけではない。

公園を歩く

公園は入園無料で門扉もなく、自由に見学できる。駐車場はあるが台数は多くない。大牟田駅からは徒歩およそ20分、天候によってはタクシーが確実である。撮影の制限もない。この地域の産業遺産としては、条件のよいほうだ。

まず真下に立って見上げてみるとよい。傾斜が緩やかなため、上へいくほど身体から遠ざかるように見え、煉瓦の目地が一点へ収束していく。上端は実測2.9メートルあるのだが、見上げるとそれよりずっと細く感じられる。外観の撮影は午後遅い時間が向く。低い光が当たると、煉瓦一枚ごとの色の差が浮かんでくる。

煙突の背後には宮浦大斜坑の坑口が保存されている。人員と資材を地下へ運んだ斜坑で、大正13年(1924年)に揚炭を開始し、平成2年(1990年)まで使われた。垂直距離にしておよそ180メートル。坑口の高さは2メートル、幅は5.61メートルある。復元されたプラットホームには実際に使われた人車が据えられ、坑内で稼働していた採炭機械も屋外に並ぶ。ひととおり見て30分、解説板を読み込めば1時間ほどになる。

訪問計画を立てる前に、ひとつ区別しておきたい。宮浦坑(みやうらこう)と宮原坑(みやのはらこう)は名前が似ているが別の場所である。明治31年(1898年)に操業を開始した宮原坑は、平成27年(2015年)に登録された世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産で、万田坑・専用鉄道敷跡・三池港と一括して評価されている。宮浦坑の煙突はその構成資産ではなく、国の登録有形文化財という別枠の物件である。両者を混同した観光情報は少なくない。煙突の高さについても47メートル前後と記す記事が見られるが、文化庁と大牟田市はいずれも31.2メートルとしている。

大牟田市石炭産業科学館は同じ市内にあり、地下側の話を補ってくれる。煙突と模擬坑道を続けて回ると、地上と地下がつながって見えてくる。

Q&A

Q旧三池炭鉱宮浦坑煙突は見学できますか?入園料はかかりますか?
A見学できます。煙突は宮浦石炭記念公園の中にあり、入園は無料で門の開閉もありません。駐車場が用意されていますが台数は限られます。撮影の制限もなく、園内は自由に歩けます。
Q旧三池炭鉱宮浦坑煙突の高さはどのくらいですか?
A高さ31.2メートル、基部の直径が4.3メートル、上端が2.9メートルです。耐火煉瓦は約13万8000枚。一部の観光記事に47メートル前後とする記述がありますが、文化庁の国指定文化財等データベースと大牟田市はいずれも31.2メートルと記録しています。
Q旧三池炭鉱宮浦坑煙突が「炭坑節」に唄われた煙突というのは本当ですか?
Aそのように理解されています。炭坑節には、高すぎて月が煙たがるだろうという趣旨の煙突が登場し、大牟田市も公園の案内でこの煙突を炭坑節のシンボルとして紹介しています。歌そのものは全国の盆踊りで踊り継がれてきました。
Q旧三池炭鉱宮浦坑煙突は世界遺産の宮原坑と同じ場所ですか?
A別の場所です。宮原坑(みやのはらこう)は明治31年に操業を始めた坑口で、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産にあたります。宮浦坑(みやうらこう)はそれとは異なる坑口で、煙突は国の登録有形文化財という別の制度による物件です。
Q旧三池炭鉱宮浦坑煙突のほかに、公園内で見られるものはありますか?
A煙突の背後に宮浦大斜坑の坑口が保存されています。大正13年から平成2年まで使われた斜坑で、垂直距離は約180メートル、坑口は高さ2メートル・幅5.61メートルです。復元されたプラットホームの人車、坑内で使われた採炭機械も展示されています。

基本情報

名称旧三池炭鉱宮浦坑煙突(きゅうみいけたんこうみやうらこうえんとつ)
所在地福岡県大牟田市西宮浦町132-8(宮浦石炭記念公園内)
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 40-0004/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成10年(1998年)1月16日登録、同年2月12日告示
員数1基
寸法煉瓦造煙突、高さ31.2m、基部直径4.3m、上端直径2.9m、煉瓦約13万8000枚
所有者大牟田市
公開状況宮浦石炭記念公園として公開。入園無料、駐車場あり、撮影可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 旧三池炭鉱宮浦坑煙突
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000490
大牟田市公式観光サイト おおむたOne plate — 旧三池炭鉱 宮浦坑煙突
https://one-plate.city.omuta.lg.jp/spots/detail/4f544188-e32e-492a-bcb8-01f3cee06ca1
大牟田市公式観光サイト おおむたOne plate — 宮浦石炭記念公園
https://one-plate.city.omuta.lg.jp/spots/detail/f6f60cc8-48fc-453c-a9fd-1a329d455698
大牟田市 大牟田の近代化産業遺産 — 大牟田のさまざまな近代化遺産
https://www.miike-coalmines.jp/others.html

最終更新日: 2026.08.25