コーガ石で組み上げた8.8平方メートル
前田家住宅外便所は、東京都新島村本村にある大正中期の石造建築で、平成16年(2004年)2月17日に登録有形文化財(建造物)となった。石造平屋建、建築面積8.8平方メートル、員数1棟。新島で最初に登録された文化財建造物である。
便所が国の文化財になる。その理由は素材と技術にある。平面は桁行3.6メートル、梁間2.4メートルの長方形。上にヴォールト状の屋根が架かり、壁から屋根まで木造の下地を挟まずすべて石で積み上げられている。用いられたのはコーガ石(抗火石)。新島南部の向山火山に由来する黒雲母流紋岩で、玻璃質で微細な気泡を含み、良質なものは水に浮くほど軽く、鋸で挽けるほど軟らかく、そして耐火性が高い。
新島は繰り返し焼けた。明治3年(1870年)の大火では105軒が類焼したと伝えられる。冬の強い西風は、茅葺屋根の集落で一度出た火をたちまち広げた。石で建てることがその答えであり、大正期までに島の石工たちは木造の意匠を石で写し、西洋建築の細部を取り込む技量を蓄えていた。
石積の手順と洋風細部
構法の詳細は、島外の建築専門家によって組織された新島抗火石建造物調査会の調査に拠るところが大きい。同会は20年以上にわたってコーガ石造建造物の実測と記録を続けている。
壁厚は高さで変わる。地盤面から0.9メートル(3尺)までは厚さ0.18メートル(6寸)・長さ0.3メートル(1尺)の石を積み、そこから上は厚さ0.15メートル(5寸)に落ちる。長さは変えない。下を厚く、上を薄く。
屋根と壁の境にはコーニスが回る。調査会はその断面をサイマ・リヴァーサ風、すなわち上が凸面、下が凹面の波形と同定している。ヴォールトの中央には換気用の櫓が載り、ここにも同様のコーニスが回る。南面の窓庇もまた半円形につくられ、同じ繰形が付く。ひとつの造形言語を三つの尺度で反復させている。
建物は敷地の西端に置かれる。北へ続く石塀と一体となって防火壁として働き、背後の主屋を守る構えである。敷地の地盤面は西側の村道より一段低い。冬の季節風を避けるための処理で、この建物には純粋な装飾として置かれた要素がない。
施工は島内の石工、植松源七によると伝わる。昭和11年(1936年)12月27日の地震にも倒れなかったという伝承があり、この地震では死者3人、家屋の全壊20戸、半壊350戸を出している。植松の活動期が大正期から昭和前期に及ぶことから、調査会は建築年代を大正中期と推定しており、文化庁台帳の「大正中期/1912-1925」と整合する。登録番号は13-0171、第40回登録、告示は平成16年3月4日。登録基準は「造形の規範となっているもの」である。
見学の作法と島へのアクセス
まず前提として、ここは個人の住宅である。外便所は現に人が暮らす敷地の内にあり、見学者用の入口も受付も内部公開もない。できるのは西側の村道から外観を眺めることで、調査会の記録写真もその位置から撮られている。道路上にとどまり、敷地には立ち入らず、塀越しの撮影には配慮を求めたい。
例外はある。東京文化財ウィーク(例年10月下旬から11月上旬)の期間中、新島のコーガ石造建造物のいくつかが一般公開され、解説カードの配布や特別イベントが行われることがある。対象と日程は年により変わり、村から告知される。
島へは空路と海路がある。調布飛行場から新島空港へは新中央航空が19人乗りのドルニエ機を飛ばし、所要は35分から40分ほど。竹芝からは東海汽船の高速ジェット船が約2時間半、大型客船は夜行で翌朝着。伊豆下田からは神新汽船のフェリーが通う。本村地区は島の西海岸に位置し、徒歩で回れる規模で、村が無料の巡回バス「ふれあいバス」を走らせている。
訪ねるなら他の登録物件と併せたい。2023年には梅田家(沖五郎)住宅石倉及び外便所、紀野家住宅主屋、紀野家住宅釜屋形、小久保家住宅主屋、そして村役場向かいに建つ旧前田家(キンデー)住宅釜屋形の5棟が新たに登録された。最後の一件は本記事の外便所と姓を同じくするが、所在地も登録年も異なる別物件で、混同されやすい。新島村博物館が採石の歴史を展示しており、島内建物の約7割が今もどこかにコーガ石を使うといわれる本村の路地は、それ自体が展示空間に近い。
Q&A
- 前田家住宅外便所は見学できますか。
- 外観のみです。新島村本村の個人住宅の敷地内にあり、公開用の入口も内部見学もありません。西側の村道から見ることと撮影は可能です。東京文化財ウィークの時期に新島のコーガ石造建造物の一部が一般公開されることがあり、対象と日程は村から告知されます。
- 前田家住宅外便所はなぜ便所なのに文化財なのですか。
- 評価対象は用途ではなく構法と意匠です。壁からヴォールト屋根まで木造下地を用いずコーガ石だけで積み上げ、コーニスなどの洋風細部を三つの尺度で反復させています。登録基準は「造形の規範となっているもの」で、新島で最初の文化財登録でもありました。
- 前田家住宅外便所に使われたコーガ石とはどんな石ですか。
- 新島南部の向山火山に由来する黒雲母流紋岩で、抗火石とも書きます。玻璃質で気泡を含み、良質なものは水に浮くほど軽く、加工が容易で耐火性に優れます。明治3年の大火で105軒が焼けるなど火災を繰り返した島で、標準的な建築材料となりました。
- 前田家住宅外便所を見に新島へ行くにはどうすればよいですか。
- 空路は調布飛行場から新中央航空で新島空港まで35分から40分。海路は竹芝から東海汽船の高速ジェット船で約2時間半、大型客船は夜行便があります。伊豆下田からは神新汽船が就航しています。本村地区は徒歩で回れる規模で、村の無料巡回バスも利用できます。
- 前田家住宅外便所と旧前田家(キンデー)住宅釜屋形は同じ建物ですか。
- 別の登録物件です。本記事の外便所は本村2-3-17にあり、2004年の登録。旧前田家(キンデー)住宅釜屋形は新島村役場の向かいに建ち、2023年に登録された5棟のうちの一つです。姓が同じため混同されやすい組み合わせです。
基本情報
| 名称 | 前田家住宅外便所(まえだけじゅうたくそとべんじょ) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都新島村本村2-3-17 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号13-0171 第40回登録 登録基準:造形の規範となっているもの |
| 指定年 | 平成16年(2004年)2月17日登録/同年3月4日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 石造平屋建、建築面積8.8平方メートル。桁行3.6メートル、梁間2.4メートル、ヴォールト状屋根 |
| 所有者 | 文化庁台帳に記載なし(個人住宅) |
| 公開状況 | 村道からの外観見学のみ。内部非公開。東京文化財ウィーク期間中に公開される場合あり |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「前田家住宅外便所」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003852
- 新島抗火石建造物調査会「前田家住宅外便所」
- https://kogaseki.com/building/cultural_properties/outside_bathroom_of_maeda_family_residence.html
- 新島抗火石建造物調査会「コーガ石とは」
- https://kogaseki.com/koga_stone/what_is_koga_stone.html
- 新島村観光案内所「アクセス」
- https://niijima-info.jp/access/
最終更新日: 2026.08.23