門司ゴルフ倶楽部のクラブハウスと建物の配置
門司ゴルフ倶楽部は、福岡県北九州市門司区大字吉志にある昭和9年(1934年)創設のゴルフ場で、昭和35年(1960年)に建てられたクラブハウス南棟・クラブハウス北棟・スタートハウスの3件が平成26年(2014年)に登録有形文化財に登録された。読みは「もじごるふくらぶ」。北九州市の解説も倶楽部の沿革も、ここを福岡県で最も古いゴルフ場として紹介している。
3件はいずれもアントニン・レーモンドの設計事務所が手がけ、竹中工務店が施工した。南棟は玄関・ロッカー室・談話室・食堂を収めるクラブハウスの主棟で、その北側に、浴室やキャディー室を集めた北棟が平行に並ぶ。文化庁の解説によれば北棟は南棟と接続して建ち、倶楽部の登録解説はつながる位置を北棟の西側と記す。
スタートハウスはクラブハウスから離れて建つ木造の小さな建物で、文化庁データベースの座標から測ると南棟のおよそ70メートル南西にある。屋根と外壁はクラブハウスと同じ系統の、オレンジに近い赤に塗られている。日本建築家協会(JIA)の講評が「朱色の倶楽部ハウス」と呼ぶ色で、老松の林に囲まれたコースの中でよく目立つ。
門司ゴルフ倶楽部の創設と戦後の復興
倶楽部の沿革によれば、門司ゴルフ倶楽部の計画が動き出したのは昭和7年(1932年)ごろである。当時の門司は大連・青島・台湾などへの航路が集まる国際港で、貿易や海運に携わる人々のあいだから、神戸や横浜のようなゴルフ場を求める声が高まっていた。日本銀行門司支店長の君島一郎を中心に地元の支店長らが構想を練り、門司商工会議所会頭の出光佐三や門司市長も加わった。出光は初代理事長を務めている。
昭和8年(1933年)に松ヶ江の地が建設地に決まり、コースの設計は上田治に依頼された。翌昭和9年に9ホールの松ヶ江コースが開場し、初代のクラブハウスは茅葺き屋根の建物だった。海外渡航が船旅だった時代で、倶楽部は外国航路の船長と事務長にビジターカードの発行を任せ、門司に寄港した船客がいつでもプレーできるようにしたという。
戦時中、コースは芋畑になり、クラブハウスは兵舎として使われて荒れ果てた。昭和24年(1949年)、米陸軍第24師団の師団長からゴルフ場復活の呼びかけがあり、倶楽部は復旧を決める。工事には米陸軍工兵隊のブルドーザーが使われ、昭和25年(1950年)に9ホールで再開した。茅葺きのクラブハウスもこのとき元に戻されている。
門司ゴルフ倶楽部のクラブハウス建設
現在の門司ゴルフ倶楽部のクラブハウスは、開場25周年の翌年、昭和35年(1960年)に完成した。JIAの選考資料は竣工を1960年6月としている。設計の依頼にあたって倶楽部は7項目の方針を掲げた。贅沢を避けて質素にすること、館内の流れを機能的にすること、耐火建築とすること、職員の厚生施設を整えること、松ヶ江の環境に配慮すること、初代クラブハウスの面影を残すことなどである。
設計者にはレーモンド設計事務所が選ばれた。レーモンドは1888年にボヘミア(現在のチェコ)で生まれ、大正8年(1919年)にフランク・ロイド・ライトとともに帝国ホテル建設のため来日し、その後も長く日本で設計を続けた建築家である。第三代理事長の安川寛は、レーモンド自身が古くからのゴルファーで、戦前に朝霞の東京ゴルフ倶楽部のクラブハウスも設計していたこと、施工の監督が厳格であることを選んだ理由に挙げている。
ロングライフビル推進協会(BELCA)の講評によると、理事長は容易に壊れないコンクリート造の建物を求め、レーモンドはそこに屋根を架けることを提案した。理事長はスコットランドのセント・アンドルーズまで調査に出向いたといい、クラブハウスは食堂と談話室を仕切らず、談話の場所を食堂より広く取る英国式の構成にまとめられた。
クラブハウスは平成10年度(1998年度)にBELCA賞ロングライフ部門を受け、2012年度のJIA25年賞にも選ばれた。登録有形文化財とする答申は平成26年(2014年)3月18日の文化審議会で出され、同年10月7日に3件が登録された。
門司ゴルフ倶楽部の登録3件
門司ゴルフ倶楽部の3件の登録番号は40-0111から40-0113までの連番で、登録基準はそろって「造形の規範となっているもの」である。文化庁のデータベースは3件の年代をいずれも昭和35年(1960年)としている。
- 門司ゴルフ倶楽部クラブハウス南棟:鉄筋コンクリート造2階建、鉄板葺、建築面積1257平方メートル。玄関・ロッカー室・談話室・食堂を収める主棟
- 門司ゴルフ倶楽部クラブハウス北棟:鉄筋コンクリート造平屋建一部地下1階建、鉄板葺、建築面積434平方メートル。浴室・キャディー室・従業員食堂を集めたサービス棟
- 門司ゴルフ倶楽部スタートハウス:木造平屋建、鉄板葺、建築面積33平方メートル。左右の待合と中央の管理室の3室
倶楽部が公開している登録時の解説は、3件を通した評価として、本来なら仕上げで隠すはずの構造材をすべて意匠として見せ、素材の性質と機能をそのまま形にした点を挙げる。鉄筋コンクリートという西洋の工法に、木の小屋組や障子といった日本の手法を組み合わせたことも特筆され、戦前の建築には見られない、戦後のレーモンドによる近代建築の試みと位置づけられている。
門司ゴルフ倶楽部の利用と行き方
門司ゴルフ倶楽部は会員制のゴルフ場で、公式サイトは利用に会員の同伴か紹介が必要だと案内している(2026年10月時点)。3件の建物を見学するための一般公開や見学会の案内は、倶楽部の公式サイトにも北九州市のページにも見当たらない。クラブハウスの内部に入れるのはゴルフ場の利用者に限られると考えたほうがよい。撮影の決まりも公開されていないので、予約の際に倶楽部へ確かめておきたい。
休場日は毎週月曜日で、月曜日が祝日か振替休日に当たるときは翌日が休みになる。3月から12月までと、1月・2月の土日祝日は午前7時に開場し、スタートは午前8時から。1月・2月の平日は開場が午前8時、スタートが午前9時と1時間遅くなる。予約は電話かファクスで受け付けている。
倶楽部のクラブバスは運行されていない。公式サイトのアクセス案内では、JR門司駅からタクシーで約25分(約3,500円)、新幹線の停まる小倉駅からは約40分(約4,000円)、北九州空港からは約40分(約6,000円)。車なら九州自動車道の新門司インターチェンジから約4キロメートル、小倉東インターチェンジから約6キロメートル、北九州都市高速道路の長野出口から約6キロメートルである。
なお、門司ゴルフ倶楽部の所在地は、文化庁のデータベースでは大字吉志字稗畑175-10、北九州市と倶楽部の案内では大字吉志175と書かれている。所有者も、文化庁は社団法人門司ゴルフ倶楽部、倶楽部の公式サイトは一般社団法人門司ゴルフ倶楽部と記す。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)門司ゴルフ倶楽部クラブハウス南棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010236
- 国指定文化財等データベース(文化庁)門司ゴルフ倶楽部クラブハウス北棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010237
- 国指定文化財等データベース(文化庁)門司ゴルフ倶楽部スタートハウス
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010238
- 北九州市 【国登録】門司ゴルフ倶楽部クラブハウス 南棟 1棟
- https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/26501076.html
- 北九州市 【国登録】門司ゴルフ倶楽部クラブハウス 北棟 1棟
- https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/26501076_00001.html
- 北九州市 【国登録】門司ゴルフ倶楽部クラブハウス スタートハウス 1棟
- https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/26501076_00002.html
- 門司ゴルフ倶楽部 公式サイト 倶楽部ハウスの歴史
- https://www.mojigolf.co.jp/legacy/
- 門司ゴルフ倶楽部 公式サイト 倶楽部の歴史
- https://www.mojigolf.co.jp/historytile/
- 門司ゴルフ倶楽部 公式サイト 倶楽部概要
- https://www.mojigolf.co.jp/about/
- 門司ゴルフ倶楽部 公式サイト ご利用案内
- https://www.mojigolf.co.jp/informations/
- 門司ゴルフ倶楽部 公式サイト アクセス案内
- https://www.mojigolf.co.jp/access/
- ロングライフビル推進協会 第8回(平成10年度)BELCA賞 ロングライフ部門 門司ゴルフ倶楽部クラブハウス(PDF)
- https://www.belca.or.jp/fwp/wp-content/uploads/2025/07/prize8-3.pdf
最終更新日: 2026.10.11
基本情報
| 名称 | 門司ゴルフ倶楽部 |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県北九州市門司区大字吉志字稗畑175-10 |
| 所有者 | 社団法人門司ゴルフ倶楽部 |
| 指定 | 登録有形文化財 3件 |
| 座標 | 33.86336, 130.95257 |