馬場ザクラ:源義家の伝説を宿す樹齢千年の老桜

福島県中央部、安達太良山の裾野にひろがる小さな農村・大玉村。その玉井地区の住宅街を抜けた先、福満虚空蔵尊の境内に、千年もの春を見送ってきた一本の桜が立っています。樹齢千年を超えるとされるエドヒガンザクラ「馬場ザクラ」は、昭和11年(1936年)に国の天然記念物に指定された名木であり、平安時代の武将・源義家にまつわる伝説を今に伝える存在です。

京都や東京の華やかな桜の名所とは趣を異にし、馬場ザクラは静かな田園のただ中で、訪れる人をひそやかに迎えます。「大いなる田舎」を自認する村の人々が代々守り継いできたこの桜は、平安の世から立ち続ける生きた文化財として、今もなお春に花を開きます。

武将の鞭から生まれた桜

「馬場ザクラ」という名は、文字どおり「馬場」の桜という意味です。言い伝えによれば、平安時代末期、後三年の役の頃、この一帯は源八幡太郎義家(1039〜1106)が軍馬を訓練した馬場跡だったとされています。

義家が手にしていた桜の鞭を駒止めとして土に挿したところ、その鞭が根付いて成長したのが現在の馬場ザクラだといいます。このため別名「駒止めの桜」、また「義家桜」とも呼ばれてきました。鞭の先を下向きにして地に挿したため、幹は上に伸びず、根元から横に広がるように成長したのだとも語り継がれています。

さらにこの桜は「種まき桜」とも呼ばれてきました。馬場ザクラの花が咲くと、米作りの種まき時期だと農家が判断したからです。武家の伝説と農村の暮らしの両方に深く結びつきながら、この一本の老桜は地域の歴史と寄り添い続けてきました。

三好学博士による調査と国指定

昭和11年(1936年)5月3日、日本に「天然記念物」という概念を紹介した植物学者・三好学博士が、天然記念物指定のための現地調査に訪れました。三好の計測によれば、根元周囲は約11.1メートル、地上1.5メートルの高さでの幹囲は約7.45メートル、樹高は約21メートルに達しており、白彼岸桜の老樹として国内有数の巨樹であると記録されました。同年12月16日、馬場ザクラは保存要目第一「名木、巨樹、老樹」として、国の天然記念物に指定されました。

文化財としての価値

エドヒガンザクラ(Cerasus itosakura)は、日本のサクラ属の原種のひとつで、長寿で知られています。日本各地に残る「樹齢千年」と称される老桜の多くがこのエドヒガンに属し、馬場ザクラはそのなかでも花が白色を帯びる「シロヒガン」と呼ばれる系統に分類されます。咲き始めは薄紅色を帯び、開花が進むにつれて白色へと変化していく繊細な花色が特徴です。

馬場ザクラの価値は、植物としての希少性にとどまりません。平安時代末期から鎌倉、室町、江戸、近代へと続く長い時間を、ひとつの場所で生き続けてきたという事実そのものが、計り知れない文化的意味を持ちます。この桜の前に立つことは、千年という時間と空気を共有することにほかなりません。

昭和58年(1983年)2月17日には、福島県の「県緑の文化財」にも登録され、自然の枠を超えた地域文化の象徴としても位置づけられています。

魅力と見どころ

幾度も試練を乗り越えてきた老桜

馬場ザクラの歴史は、苦難と再生の連続でもあります。昭和61年(1986年)の大干ばつでは水不足により樹勢が著しく衰退しました。これを機に地域住民が「馬場桜保存会」を結成し、献身的な養生作業によって一時は樹勢が回復しました。しかし平成30年(2018年)3月1日には、強風によって幹が根元から倒伏するという事態に見舞われます。村民たちが力を合わせて引き起こし、その後も樹勢回復の作業を続けています。今も春になると、わずかに残る古幹から萌芽した枝葉に花を咲かせる姿は、地域の人々の祈りそのものを体現しているかのようです。

遅咲きの花

大玉村は安達太良山の裾野に位置するため、桜の開花は本州南部に比べて遅く、馬場ザクラの満開はおおむね4月20日前後となります。東京や京都の桜が散ったあとに咲くため、桜前線を追いかけて北上する旅の途中、東北地方への玄関口として立ち寄るのに最適な名所と言えるでしょう。

福満虚空蔵尊の境内という場

馬場ザクラが立つのは、福満虚空蔵尊という小さなお堂の境内です。本尊の虚空蔵菩薩は、無限の智慧を象徴する仏様。閑静な住宅地と田畑にかこまれ、遠くには安達太良山の稜線がのぞむこの場所は、観光地らしい賑わいとは無縁です。入場料も観光施設もなく、あるのは老桜とお堂、そして空の広がりだけ。素朴な空間そのものが、この桜の魅力を一層引き立てています。

晩年の桜にしかない美しさ

訪れる前に知っておきたいのは、現在の馬場ザクラは三好博士が記録した昭和11年当時の堂々たる姿ではないということです。幹は大きく失われ、支柱が残された枝を支えています。しかし、そこに咲くひと花ひと花は、かつてないほど貴重に感じられます。「侘び寂び」——移ろいゆくものの中に美を見いだす日本の美意識を体感できる場所として、馬場ザクラは唯一無二の存在です。

周辺の見どころ

大玉村とその周辺には、ゆったりとした旅の時間に似合う、素朴で奥深いスポットが点在しています。

  • 安達太良山:標高約1,700メートルの活火山。高村光太郎の詩「智恵子抄」にも詠まれた名峰で、あだたら高原スキー場からはロープウェイで山頂近くまで上がれます。
  • 遠藤ヶ滝:安達太良山の山麓にある渓流瀑。新緑や紅葉の時期に散策路を歩く人々で賑わいます。
  • 三日月の滝:その名のとおり三日月型を描く優美な滝。
  • ふくしま県民の森(フォレストパークあだたら):山麓に広がる広大な自然公園で、キャンプや遊歩道、自然学習プログラムが充実しています。
  • 岳温泉:隣接する二本松市側にある古くからの温泉地。馬場ザクラ訪問の宿泊拠点として最適です。
  • 大玉村歴史民俗資料館(あだたらふるさとホール):村の古墳や民俗芸能、伝承を紹介する小さな資料館。

大玉村は、ペルーのマチュ・ピチュ村と世界初の友好都市協定を結んでいることでも知られます。これは、初代マチュ・ピチュ村長として現地の発展に尽力した大玉村出身の野内与吉氏の功績にちなんで、平成27年(2015年)に締結されました。

Q&A

Q馬場ザクラの見頃はいつですか?
A例年4月20日前後に満開を迎えます。東京や京都に比べて開花が遅いため、桜前線を追って北上する旅の終盤に組み込むと最も鑑賞しやすいでしょう。気候により開花時期はずれますので、訪問の1〜2週間前に地元の桜開花情報を確認することをおすすめします。
Q入場料や見学施設はありますか?
A入場料は無料です。馬場ザクラは福満虚空蔵尊の境内にあり、観光施設や常駐スタッフはありません。住宅街に位置しているため、近隣住民への配慮と、樹勢回復作業中の繊細な根元への配慮をお願いします。
Q公共交通機関で行くにはどうすればよいですか?
A東京方面からは、東北新幹線で郡山駅まで進み、JR東北本線に乗り換えて本宮駅で下車します。本宮駅前から広域生活バスに乗り、「寺久根」停留所で下車後、徒歩約3分です。お車の場合は、東北自動車道・本宮インターチェンジから約4.8キロメートルです。
Q幹の姿が独特に見えるのはなぜですか?
A理由は二つあります。第一に、樹齢千年を超える老樹であること。エドヒガンの古木は自然に空洞や裂け目を持つようになります。第二に、平成30年(2018年)3月の強風で幹が根元から倒伏したことによります。地域の方々が引き起こしたものの、当時の幹の一部は失われました。現在は支柱で支えながら、慎重な養生作業が続けられています。
Q源義家にまつわる伝説は史実なのですか?
Aこれは史料に基づく事実というより、地域に伝わる伝承です。源義家自身は平安時代末期に実在した著名な武将ですが、彼が実際にこの場所で軍馬を訓練したり、桜の鞭を植えたりしたかどうかは確認できません。ただし、長い年月を経て語り継がれてきた伝説は、馬場ザクラの文化的アイデンティティと不可分のものとなっています。

基本情報

名称 馬場ザクラ(別名:駒止めの桜、義家桜、種まき桜)
樹種 エドヒガンザクラ(Cerasus itosakura)、シロヒガン系
推定樹齢 1,000年以上
樹高 約15メートル(昭和11年時点では約21メートル)
幹周り 約7メートル
根周り 約10メートル
枝張り 約25メートル
国指定 国指定天然記念物(昭和11年12月16日指定)
県指定 福島県緑の文化財(昭和58年2月17日登録)
所在地 福島県安達郡大玉村玉井字石橋(福満虚空蔵尊境内)
例年の開花時期 4月20日前後(年により変動)
アクセス JR東北本線「本宮駅」から広域生活バスで「寺久根」停留所下車、徒歩約3分。東北自動車道「本宮IC」から約4.8キロメートル。
入場料 無料

参考文献

馬場ザクラ|指定文化財|観光・史跡|福島県大玉村ホームページ
https://www.vill.otama.fukushima.jp/kankou_shiseki/shiteibunkazai/baba_zakura/
馬場ザクラ(国指定天然記念物・緑の文化財)|自然|観光スポット|福島県大玉村ホームページ
https://www.vill.otama.fukushima.jp/kankou_shiseki/spot/shizen/babazakura/
馬場ザクラ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E3%82%B6%E3%82%AF%E3%83%A9
馬場ザクラ|うつくしま電子事典(福島県教育委員会)
https://www.gimu.fks.ed.jp/plugin/databases/detail/2/18/248
大玉村 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%8E%89%E6%9D%91
大玉村|「日本で最も美しい村」連合
https://utsukushii-mura.jp/map/ootama/

最終更新日: 2026.05.06