東鴉川で最も奥、そして最後に築かれた堰堤
東鴉川第四堰堤(ひがしからすがわだいよんえんてい)は、福島県福島市土湯温泉町字猪倉山の東鴉川上流部に築かれた重力式コンクリート造の砂防堰堤で、昭和32年(1957年)の築造、平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財(建造物)となった。
第三堰堤から3.2キロメートル上流。東鴉川に登録された三基のなかで最も奥に位置する。堤長67メートル、堤高12メートル。上流側の右岸には石積の護岸が設けられ、流れが岸を削るのを抑えている。
この3.2キロメートルという距離には意味がある。下流側の堰堤との間に他の大型施設がないため、豪雨のとき山腹から出た土砂は、まずこの堤体に受け止められる。東鴉川は荒川の右支川、その荒川は東吾妻山(標高1,975メートル)や一切経山(標高1,949メートル)を水源として、延長26.6キロメートルで阿武隈川に注ぐ。上流部は火山活動と温泉作用の影響で草木が乏しく、地すべりも起きやすい地形である。
袖部の勾配という、見落とされやすい造作
この時代の砂防堰堤は、下から見上げると三つの部分に分かれている。中央で水が越える水通し、そしてその左右で堤体を谷の斜面に取り付かせる袖部である。
同時期の堰堤では、袖部の下流側の面を二段構えに造ることが多い。下の方は勾配をつけて後退させ、ある高さから上は直立させる。型枠が組みやすく、コンクリートの量も抑えられるが、二つの処理が接する高さに折れ目が出る。
第四堰堤はその造り方をとっていない。袖部の下流法勾配を、下部と連続させて上まで2分(高さ1に対し水平方向へ約0.2)で通し、上部を直立させていない。結果として下流側の面は、一方の取付部からもう一方まで折れ目のない一枚の斜面になる。文化庁の解説がこの点をわざわざ記していることからも、評価の際に着目された造作だったとうかがえる。
堤体の足元に立つと、この違いは劇的ではない。段がない。途切れがない。視線が面の上をそのまま滑っていく、それだけのことである。
谷積の表面、四分五厘の上流法
荒川流域の砂防堰堤は表面を石積とした粗石コンクリート造で、第四堰堤の表面は谷積である。石の角を下に向けて据えるため、目地は水平の線ではなく菱形の斜め格子を描く。城の石垣や古い護岸で見慣れた表情といえば伝わりやすいだろうか。
下流の第三堰堤との対比は、歩いてでも確かめる価値がある。あちらの表面は布積で、目地が左右へ水平に通る。同じ川、同じ直轄事業、間隔は5年。それで技法が正反対になっている。谷積は不同沈下を受けとめやすく、布積は端正な面を得やすいとされるが、この堰堤がなぜ谷積を選んだのかまでは記録に残っていない。
上流側の法勾配は4.5分で、高さ1に対し水平方向へ約0.45。下流側の2分に比べてはるかに寝ている。この寝た上流面があることで、堆積した土砂の重みが堤体を前へ押すだけでなく、下へ押さえつける向きにも働く。
事業史のなかの位置
荒川上流域が直轄砂防施工区域に編入されたのは昭和11年(1936年)。同年、土湯村に内務省の荒川砂防工場が置かれ、荒川第一堰堤の工事が始まった。完成は翌昭和12年(1937年)。昭和13年(1938年)には東鴉川で土石流が発生し、この支川への対策が急がれることになる。
戦後にかけて堰堤が次々に築かれ、昭和32年の第四堰堤がその段階を締めくくった。昭和35年(1960年)以降、東鴉川での工事の重心は床固工へ移る。第一床固堰堤に始まり、昭和38年、昭和40年、昭和45年と続き、昭和52年からは階段工が加わった。表面を石積とした背の高い独立堰堤は前の章に属する技術であり、東鴉川ではこれが最後の一基となった。
平成16年末の時点で、東鴉川には床固堰堤を含めて13基、荒川本川に13基、塩の川に5基、合わせて30基の砂防施設が完成している。そのうち文化財として登録されたのは流域全体で15基にとどまる。
登録番号は07-0107、第60回登録、告示は平成20年7月23日。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。前年の平成19年度には「荒川流域の治水・砂防事業」が土木学会選奨土木遺産に認定されており、東鴉川からは第一・第三・第四の三基が登録された。
行き方と、行くべきかどうか
先に正直なところを書いておく。登録された東鴉川の三基のうち、最も近づきにくいのがこの第四堰堤である。料金も受付も開放時間もないかわりに、見学者向けの整備された経路も公表されていない。到達には谷を長く遡る必要があり、気軽に訪ねるなら、土湯温泉の温泉街のなかで荒川との合流点近くに建つ第一堰堤の方が現実的だ。
いずれにせよ拠点は土湯温泉になる。福島駅東口から福島交通バスの土湯温泉行で約40〜45分、車なら東北自動車道の福島西インターチェンジから国道115号を約15分。日帰りの場合、温泉街には無料の共通駐車場が3か所ある。
上流へ向かう人への注意が二つ。荒川沿いでは2016年ごろからクマの目撃情報が続いており、県は音の出るものを携帯し複数人で行動するよう呼びかけている。もう一つは積雪で、この一帯の山道が歩けるのはおおむね4月上旬から11月中旬までである。
撮影の制限はない。歩かずに流域全体を把握したい場合は、福島市の荒川資料室に荒川水系の立体模型と、砂防堰堤や霞堤についてのパネル展示がある。開館は10時から16時、年末年始休館、駐車場は約30台。
Q&A
- 東鴉川第四堰堤はどこにありますか。他の堰堤とはどれくらい離れていますか?
- 福島県福島市土湯温泉町字猪倉山、東鴉川の上流部にあります。第三堰堤から3.2キロメートル上流で、その第三堰堤は温泉街近くの第一堰堤から475メートル上流にあたります。登録された三基のうち最も山奥に位置する堰堤です。
- 東鴉川第四堰堤は見学できますか。料金はかかりますか?
- 料金も受付も開放時間もありませんが、見学者向けの経路も公表されていません。到達には谷を長く遡る必要があり、冬季は積雪で近づけません。この堰堤群を手軽に見たい場合は、土湯温泉の温泉街にある第一堰堤をおすすめします。
- 東鴉川第四堰堤の設計上の特徴は何ですか?
- 袖部の下流法勾配を上部で直立させず、下部と連続させて2分のまま上まで通している点です。そのため下流側の面が折れ目のない一枚の斜面になります。文化庁の解説もこの造作に触れています。表面は石を斜めに据える谷積です。
- 東鴉川第四堰堤はいつ築かれ、いつ登録されたのですか?
- 昭和32年(1957年)の築造で、東鴉川に築かれた背の高い石積表面の砂防堰堤としては最後の一基にあたります。登録有形文化財となったのは平成20年(2008年)7月8日、登録番号07-0107、告示は同年7月23日です。
- 東鴉川第四堰堤と第三堰堤はどこが違いますか?
- 第三堰堤は表面が布積で堤長66メートル・堤高15メートル、昭和26年の県施工の堰堤と昭和29年の国による増築からなります。第四堰堤は昭和32年の一度の工事によるもので、堤長67メートル・堤高12メートル、表面は谷積、上流右岸に石積護岸を伴います。
基本情報
| 名称 | 東鴉川第四堰堤(ひがしからすがわだいよんえんてい) |
|---|---|
| 所在地 | 福島県福島市土湯温泉町字猪倉山 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 07-0107 |
| 指定年 | 平成20年(2008年)7月8日登録/同年7月23日告示(第60回登録) 築造は昭和32年(1957年) |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 重力式コンクリート造堰堤、堤長67メートル、堤高12メートル。上流法勾配4.5分、下流法勾配2分、表面谷積、上流右岸に石積護岸 |
| 所有者 | 文化庁データベースに記載なし(東鴉川の砂防施設は国が管理) |
| 公開状況 | 料金・見学制限はないが整備された見学経路の公表なし。上流部にあり現地に施設なし |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「東鴉川第四堰堤」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007176
- 文化庁 文化遺産オンライン「東鴉川第四堰堤」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/142938
- 国土交通省東北地方整備局福島河川国道事務所「砂防事業の歴史」
- https://www.thr.mlit.go.jp/fukushima/sabo/300/310.html
- 国土交通省東北地方整備局福島河川国道事務所「<荒川流域>の砂防事業」
- https://www.thr.mlit.go.jp/fukushima/sabo/100/110.html
- 福島県「荒川砂防堰堤群(土木遺産)」
- https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/infra/arakawa.html
- 土湯温泉観光協会「アクセス」
- https://www.tcy.jp/access/
最終更新日: 2026.08.26