東山温泉の谷に建つ木造の宿
向瀧は、福島県会津若松市東山町湯本にある温泉旅館の建物群で、明治30年代(1897年から1906年)から昭和10年頃(1935年)にかけて建てられた4棟が平成8年(1996年)12月20日に登録有形文化財となった。所有は株式会社向瀧である。
読みは「むかいたき」。4棟には福島県の登録番号07-0001から07-0004が振られている。登録制度が始まった年の登録であり、同社は自らを登録第1号と案内している。
敷地は湯川沿いの傾斜地にある。道路に面して玄関が建ち、そこから中庭を囲むように客室棟が続き、奥にはなれが独立して建つ。高低差のある土地に棟を重ねたため、館内の移動はそのまま階段と廊下の上り下りになる。
保養所から旅館へ
向瀧の前身は、江戸時代に「きつね湯」の名で親しまれた温泉の保養所である。会津藩が指定した保養所を引き継ぎ、明治6年(1873年)から平田家が旅館として営業を始めた。
建物は一度に建ったものではない。明治30年代(1897年から1906年)に客室棟(花月の間、梅の間他)、大正初年(1912年から1925年)に玄関とはなれ、昭和10年頃(1935年)に客室棟(会議室、菊の間他)が加わっている。およそ40年かけて、谷に沿って棟が増えていった。
登録の基準も棟で分かれる。玄関は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、残る3棟は「造形の規範となっているもの」による。通りから見える建物と、中に入って初めて分かる建物とで、評価された点が違う。
庭園は建物とは別に、国の登録記念物(名勝地関係)となっている。
東京の棟梁と会津の職人
向瀧の建物を見るときの手がかりは、誰が建てたかである。はなれは玄関と同時に建てられ、工事は会津若松の棟梁 本間辰五郎が手がけた。トコと違棚を備えた書院造風の続き間座敷をもち、文化庁はこの棟を「向瀧に残る各建物の規範となった建物」と記す。
客室棟(花月の間、梅の間他)は、東京から棟梁を呼んでつくったと伝わる。建具は地元の職人 矢仲喜代八の手による。同じ建物のなかで、東京の大工の仕事と会津の建具職人の仕事が隣り合っている。
客室棟(会議室、菊の間他)は木造3階建で、建築面積は360平方メートル。数寄屋風の客間と洋風の会議室が同じ棟に収まる。昭和10年頃という年代を考えれば、和と洋を一棟に混ぜる感覚は当時の旅館建築の流行に沿うものだった。
玄関は建築面積636平方メートルと4棟で最も大きい。道路に面した大きな入母屋造の屋根と、2階の大広間に特徴がある。浴場「きつね湯」もこの棟にある。
見学と行き方
向瀧は営業中の旅館である。建物の内部は宿泊客のための空間であり、見学だけを目的とした立ち入りはできない。日帰り入浴や館内案内の扱いは時期によって変わるため、訪ねる前に公式サイトで確かめてほしい。
外観は東山温泉の通りから見える。道路に面した玄関の屋根と、その奥に重なる客室棟の屋根の連なりが、通りから読める部分である。撮影は公道からであれば制限はないが、宿泊客の出入りには配慮したい。
所在地は福島県会津若松市東山町大字湯本字川向200。JR会津若松駅からまちなか周遊バスで東山温泉へ向かうのが分かりやすい。車の場合は磐越自動車道の会津若松インターチェンジから東山温泉方面へ進む。
この情報は2026年9月17日に確認した。
参考文献
- 国指定文化財等データベース 向瀧玄関(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000021
- 国指定文化財等データベース 向瀧はなれ(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000022
- 国指定文化財等データベース 向瀧客室棟(花月の間、梅の間他)(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000023
- 国指定文化財等データベース 向瀧客室棟(会議室、菊の間他)(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000024
- 国 登録有形文化財(会津東山温泉 向瀧)
- https://www.mukaitaki.com/cultural_assets/
最終更新日: 2026.09.17
基本情報
| 名称 | 向瀧 |
|---|---|
| 所在地 | 福島県会津若松市東山町大字湯本字川向200 |
| 所有者 | 株式会社向瀧 |
| 指定 | 登録有形文化財 4件 |
| 座標 | 37.47806, 139.96078 |