諏訪神社の翁スギ媼スギ — 千二百年の時を寄り添い立つ、国指定天然記念物の夫婦杉

福島県のほぼ中央、阿武隈高地の懐に抱かれた小野町夏井。その鎮守の杜である諏訪神社の境内に、ひときわ気高くそびえる二本の巨杉があります。社殿に向かって右手が翁(じじ)スギ、左手が媼(ばば)スギ。樹高はいずれも約四八メートル、幹周りは九メートルを優に超え、根元では一・三七メートルほどの距離を保ちながら、まるで仲睦まじい老夫婦のように並び立っています。樹齢は一一〇〇年とも一二〇〇年とも伝えられ、一九三七年(昭和一二年)に国の天然記念物に指定された、日本でも類例のない御神木です。本記事では、この奇跡的な二本のスギの歴史と魅力、訪れる際の見どころを丁寧にご紹介いたします。

奈良時代の物語から始まる、二本の若杉

翁スギ媼スギの来歴は、八世紀末の奈良時代までさかのぼります。諏訪神社に伝わる由緒によれば、宝亀一一年(七八〇年)、陸奥国で蝦夷の族長伊治呰麻呂による反乱(宝亀の乱)が起こりました。この鎮圧のために朝廷から派遣されたのが、中納言・藤原継縄(ふじわらのつぐただ)公であったと伝えられています。

勿来関を越えて陸奥国に入った継縄公は、夏井のこの地に陣を構え、地元の豪族たちの加勢を得たうえで、社殿を設けて諏訪大明神を勧請しました。その折に自ら若杉二本を植え、戦勝を祈願したのち、東の敵地へと進軍したと伝えられています。今日、参拝者の前にそびえる二本の巨杉こそ、そのとき植えられた若杉が時を経て育ったものとされているのです。

もとよりこの伝承どおりの樹齢かどうかについては、植物学的にも穏やかな議論があります。一一〇〇年から一二〇〇年とする見方が一般的ですが、いずれにしても、これほどの巨樹が雄大に育ち、揃って健康な姿で残っていること自体が稀有な事実であることに変わりはありません。

なぜ国の天然記念物に指定されたのか

翁スギ媼スギが国の天然記念物に指定されたのは、一九三七年(昭和一二年)一二月二一日のことです。指定に先立ち、前年の一〇月一〇日に植物学者・三好学博士が現地を訪れ、寸法の計測と現地調査を行いました。三好博士は日本の天然記念物保護制度の創設に深く関わった人物であり、その厳密な調査結果が指定の根拠となりました。

指定理由として注目すべきは、単に「大きいから」ではない、ということです。翁スギ媼スギは一本一本がスギの巨樹として日本有数の規模を誇りますが、何より特筆すべきは、これほどの巨杉がほぼ同じ大きさ、同じ高さで相対して並び立ち、しかも両樹とも目立った損傷や衰弱がなく、樹勢が極めて旺盛であるという点にあります。指定当時の保存要目第一「名木・巨樹・老樹」に該当する事例として、極めて高く評価されました。

さらに特筆すべきは、その「ペア」としての希少性です。日本各地に「夫婦杉」「爺杉・婆杉」と呼ばれる古木は数多くありますが、国指定の天然記念物となった「爺」と名のつくスギは、本物件のほかに山形県鶴岡市の羽黒山の爺スギ、茨城県高萩市の安良川の爺スギの二件があるのみで、いずれも「婆」にあたるスギは現存しません。爺と婆の二本ともに健在なのは、全国で唯一、この諏訪神社の翁スギ媼スギだけなのです。

圧倒的な巨樹のサイズ

具体的な数値で見てみると、二本のスギの規模は次のとおりです。

  • 翁スギ(東側・社殿に向かって右):樹高四八・五メートル、目通り幹囲九・二メートル、根囲り約一〇・六メートル
  • 媼スギ(西側・社殿に向かって左):樹高四七・八メートル、目通り幹囲九・五メートル、根囲り約一〇・八五メートル
  • 両樹の根元の間隔:約一・三七メートル

二本の幹のあいだには注連縄が渡され、上方では樹冠が重なり合うようにつながっています。離れて見上げると、二本のスギが一つの大樹のように見える瞬間があり、訪れた多くの方が思わず息を呑む場所となっています。

参拝の見どころ — 夫婦円満と長命を願う御神木

県道四一号沿いの鳥居をくぐり、まっすぐ伸びるスギ並木の参道を進むと、やがて石段の左右に翁スギ媼スギが現れます。緩やかな斜面に立つため、足元では大きな根が地表に現れ、何百年もの歳月を物語っています。根の保護のため、現在は二本のスギの間を通ることはできませんが、石段の下から見上げる視点、社殿側から見下ろす視点、それぞれに表情が異なり、見る角度によって印象が大きく変わるのも魅力です。

境内には〆縄が渡された姿のほか、参道沿いの杉並木そのものも見応えがあります。樹齢一二〇〇年の御神木を前に、夫婦が共に達者で老いることを祈る方、長寿や良縁を願う方が今も数多く参拝に訪れます。「ふくしま緑の百景」にも選ばれており、福島県を代表する自然遺産のひとつといえるでしょう。

周辺の見どころ

翁スギ媼スギを起点に、小野町と周辺地域の見どころをあわせて巡れば、阿武隈高地の自然と文化を一日かけてじっくり味わうことができます。

夏井川千本桜

諏訪神社の南側を流れる夏井川沿いには、約一〇〇〇本の桜並木が続きます。春には全長五キロメートルにわたる桜のトンネルが出現し、福島県でも屈指の花見の名所として知られています。標高がやや高いため、見頃は四月下旬になることが多く、平地より少し遅い花見が楽しめます。

東堂山満福寺

大同二年(八〇七年)、奈良の高僧・徳一大師によって開山されたと伝えられる山中の古刹です。家畜繁栄・守護の御利益で古くから信仰を集めており、参道の階段は馬が登りやすいよう幅広く築かれているのが特徴。境内には数百体の昭和羅漢像が並び、独特の景観を見せています。

かぐや姫の里と「ふるさと文化の館」

小野町は、日本最古の物語のひとつ『竹取物語』のヒロイン、かぐや姫の生誕地という伝承を伝える土地のひとつです。町内には「かぐや姫の里」と呼ばれるスポットや、地域の歴史民俗を紹介する「ふるさと文化の館」があり、地元の文化に深く触れることができます。

Q&A

Q諏訪神社の翁スギ媼スギの樹齢はどれくらいですか?
A伝承では奈良時代末期の宝亀一一年(七八〇年)に植えられたとされ、約一二〇〇年の樹齢があると伝えられています。植物学的な推定でも一一〇〇年から一二〇〇年とされており、現存するスギの巨樹のなかでも極めて古い部類に属します。
Qこの夫婦杉は、ほかの古いスギの巨樹と何が違うのですか?
A国の天然記念物に指定されたスギのなかで、「爺(翁)」と「婆(媼)」の両方が現存しているのは、この一件のみです。ほかの二件は片方が失われており、巨杉の夫婦が揃って健康な姿で立ち続けている例として、全国でも唯一無二の存在です。
Q東京から諏訪神社へのアクセスを教えてください。
A東京から東北新幹線で郡山駅まで向かい、そこからJR磐越東線に乗り換えて夏井駅で下車します。郡山駅から夏井駅までは普通列車で約四〇分、夏井駅から諏訪神社までは徒歩で約五分です。車の場合、磐越自動車道・小野ICから約一五分で到着します。
Qいつ訪れるのがおすすめですか?
A巨杉はどの季節も見応えがありますが、四月下旬の桜の時期は近隣の夏井川千本桜とあわせて楽しめます。秋は周囲の山々の紅葉が美しく、冬は雪化粧した境内で深い静けさを味わえます。それぞれの季節ごとに異なる表情をお楽しみいただけます。
Q拝観料はかかりますか?二本の木の間は通れますか?
A拝観料は無料で、境内は年中開放されています。ただし、根の踏み固めによる悪影響を避けるため、現在は翁スギ媼スギの間を通ることは禁止されています。石段の下からの参拝、社殿側からの拝観をお願いいたします。

基本情報

名称 諏訪神社の翁スギ媼スギ(すわじんじゃのじじスギばばスギ)
指定区分 国指定天然記念物(一九三七年〔昭和一二年〕一二月二一日指定)
所在地 福島県田村郡小野町大字夏井 諏訪神社境内
樹種 スギ(Cryptomeria japonica)
推定樹齢 約一一〇〇〜一二〇〇年
翁スギ 樹高 四八・五メートル/目通り幹囲 九・二メートル/根囲り 約一〇・六メートル
媼スギ 樹高 四七・八メートル/目通り幹囲 九・五メートル/根囲り 約一〇・八五メートル
アクセス JR磐越東線 夏井駅から徒歩約五分/磐越自動車道 小野ICから車で約一五分
拝観 無料・境内自由

参考文献

諏訪神社の翁スギ媼スギ – 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/201126
諏訪神社の翁スギ媼スギ – 小野町ホームページ
https://www.town.ono.fukushima.jp/soshiki/7/meotosugi.html
諏訪神社の翁スギ媼スギ – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/諏訪神社の翁スギ媼スギ
諏訪神社の爺スギ媼スギ(小野町)– ふくしまの旅(福島県観光情報サイト)
https://www.tif.ne.jp/jp/spot/spot_disp.php?id=1309
立ち寄りたい「諏訪神社 翁スギ・媼スギ」 – NTT東日本 福島ぶらり
https://www.ntt-east.co.jp/fukushima/fbrari/027/02.html
歴史・文化にふれる – 小野町観光協会
https://onokankou.jimdofree.com/文化財-史跡/

最終更新日: 2026.05.12