明治23年、庄屋屋敷の土間口の脇に建った蔵
渡辺家住宅東蔵は、福島県須賀川市梅田字岩瀬にある土蔵造平屋建の蔵で、明治23年(1890年)に建てられ、平成17年(2005年)11月10日に国の登録有形文化財(建造物)となった。登録番号は07-0078である。
渡辺家は代々、旧成田村の庄屋を務めた家である。年貢の記録、村方の書類、農具、家財。庄屋の屋敷には、燃えては困るものが集まる。梅田の敷地に土蔵が三棟も残っているのは、その事情の名残と見てよいだろう。
東蔵は三棟のうちで最も小さい。建築面積は22平方メートル、桁行3間・梁間2間。かつての主屋の土間出入口から見て南東側に、北を向いて建つ。切妻造・桟瓦葺で、出入口は妻面に開く妻入である。
ただし、この蔵の見どころは規模ではない。
登録の理由と、四棟という単位
登録有形文化財は、重要文化財の指定に比べれば規制のゆるやかな制度である。外観を大きく変えるときに届出を求める程度にとどめる代わりに、明治以降に建てられた膨大な数の建築を、まずは公の記録に載せることを狙う。登録には基準があり、東蔵が該当したのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という第一の基準だった。
登録されたのは東蔵だけではない。平成17年11月10日、この敷地の四棟が同時に登録され、告示は同年12月5日に出ている。主屋と、東蔵(07-0078)、南蔵(07-0079)、北蔵(07-0080)である。
文化庁のデータベースは、東蔵の解説の末尾で左官仕事の質の高さを挙げ、そこを見どころとして示している。同じ敷地の南蔵・北蔵の解説には、この種の評価は書かれていない。登録が拾い上げたのは、職人の手の跡だった。
平成25年の火災
平成25年(2013年)1月、主屋が焼失した。須賀川市は文化財ガイドのページでこの事実を記している。文化庁が公表する焼失等による登録抹消の一覧にも、渡辺家住宅主屋が平成27年(2015年)4月16日付で抹消されたと記録されている。登録から九年半後のことである。
三棟の蔵は残った。厚い土壁と、壁体から切り離した屋根。土蔵という構えは、屋敷のどこかで火が出たときに中身を守るための備えでもある。梅田の敷地では、その備えが現実に働いた。木造の主屋は失われ、そのために建てられた土の蔵が残っている。
左官の手を読む
北面の2間には下屋庇が差し掛けられ、その下に観音開きの土扉が構えられている。木の芯に土を何層も塗り重ねた扉で、閉めれば重く、熱を通しにくい。
壁は上下で表情が変わる。腰に廻るのが海鼠壁である。平瓦を斜めの格子状に張り、目地に漆喰を盛って半円形に仕上げる。この盛り上がった目地の形が名前の由来であり、同時に瓦の合わせ目から水が入るのを防ぐ役目も担う。腰から上は白い漆喰塗りとし、下部との対比をつくっている。
横に回ると、屋根が壁の上に載っていないことに気づく。置屋根である。土蔵の壁体とは別に小屋組を組み、その上に瓦を葺く。雨は土壁に触れずに流れ落ち、壁と屋根のあいだにできた隙間が湿気を逃がす。壁は屋根の重さを負わない。棟の端には鬼瓦が据えられている。
立ち止まって見たいのは、このあたりだろうか。
- 海鼠壁の目地の膨らみが、壁面全体でどれだけ均一に通っているか
- 壁の天端と軒裏とのあいだに空く隙間
- 小口から見た土扉の厚み
- 空を背にした鬼瓦の輪郭
見学にあたって
東蔵は個人の所有で、公開されていない。須賀川市の文化財ページも所有者を個人と記している。見学施設はなく、公開日も拝観料も設定されておらず、内部に入ることはできない。敷地は人の暮らしの場である。
できるのは公道からの外観の見学に限られる。梅田は須賀川市の西寄りにあり、JR東北本線の須賀川駅からおよそ13キロ。路線バスの便は限られるため、実際には車を使うことになる。撮影も公道からであれば差し支えないが、敷地内に立ち入らないこと、所有者に直接連絡を取らないことは守りたい。建物についての問い合わせは、須賀川市文化振興課の文化財係(0248-94-2152)が窓口となっている。
足を運ぶなら、三棟をまとめて眺めたい。海鼠壁と漆喰の東蔵、中塗仕上げのまま大きく構える南蔵、鉄板葺の小さな味噌蔵である北蔵。役割の違いが、そのまま外観の違いになっている。
Q&A
- 渡辺家住宅東蔵は見学できますか。内部は公開されていますか。
- 渡辺家住宅東蔵は個人所有の建物で、公開されていません。公開日や見学時間の設定はなく、拝観料もなく、内部に立ち入ることはできません。見学は公道からの外観に限られます。建物についての問い合わせは所有者にではなく、須賀川市文化振興課文化財係(0248-94-2152)へお願いします。
- 渡辺家住宅東蔵はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか。
- 建築は明治23年(1890年)です。登録有形文化財(建造物)としての登録年月日は平成17年(2005年)11月10日、告示は同年12月5日で、登録番号は07-0078です。員数は1棟、建築面積は22平方メートルと記録されています。
- 渡辺家住宅東蔵の海鼠壁とはどのようなものですか。
- 海鼠壁は、平瓦を斜めの格子状に張り、その目地に漆喰を半円形に盛り上げて仕上げる外壁の技法です。東蔵では外壁の腰の部分に廻され、その上は白い漆喰塗りとなっています。盛り上がった目地が瓦の合わせ目への浸水を防ぎ、その断面の形が名称の由来になっています。
- 渡辺家住宅東蔵へは須賀川駅からどう行けばよいですか。
- 所在地は福島県須賀川市梅田字岩瀬85で、JR東北本線の須賀川駅から西へおよそ13キロの位置にあります。この地域は路線バスの便が限られるため、車またはタクシーの利用が現実的です。須賀川駅へは郡山駅から東北本線の普通列車で10分あまりです。
- 渡辺家住宅の主屋はどうなりましたか。
- 主屋は平成25年(2013年)1月に焼失しました。主屋は三棟の蔵と同じ日に登録されていましたが、文化庁の焼失等による登録抹消一覧によれば、平成27年(2015年)4月16日付で登録が抹消されています。東蔵・南蔵・北蔵の三棟に被害はなく、登録は継続しています。
- 渡辺家住宅東蔵は、南蔵や北蔵とどう違いますか。
- 規模と仕上げが違います。東蔵は建築面積22平方メートルと三棟で最も小さく、海鼠壁と白漆喰で仕上げた唯一の蔵です。南蔵は土蔵造2階建で建築面積53平方メートル、外壁は中塗仕上げのままとされています。北蔵は江戸末期の建築で、鉄板葺の窓のない小さな味噌蔵です。
基本情報
| 名称 | 渡辺家住宅東蔵(わたなべけじゅうたくひがしぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 福島県須賀川市梅田字岩瀬85 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号07-0078 |
| 指定年 | 平成17年(2005年)11月10日登録/同年12月5日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積22平方メートル、桁行3間・梁間2間、土蔵造平屋建、切妻造・桟瓦葺 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開。見学は公道からの外観のみ |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「渡辺家住宅東蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004906
- 須賀川市「渡辺家住宅東蔵」
- https://www.city.sukagawa.fukushima.jp/bunka_sports/bunka_geijyutsu/1013435/bunkazai/1-3/4233.html
- 文化庁「焼失等による登録抹消」
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/massho/shoshitsu.html
- 文化遺産オンライン「渡辺家住宅東蔵」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/181126
- 文化庁 国指定文化財等データベース「渡辺家住宅南蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004907
- 文化庁 国指定文化財等データベース「渡辺家住宅北蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004908
最終更新日: 2026.08.26