敷地に残る最も大きな建物

渡辺家住宅南蔵は、福島県須賀川市梅田字岩瀬にある土蔵造2階建の蔵で、明治初期の建築とされ、平成17年(2005年)11月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は07-0079である。

建築面積は53平方メートル。同じ敷地の東蔵の倍以上、北蔵と比べればさらに開きがある。桁行4間半・梁間2間半、切妻造・桟瓦葺の総二階で、かつての主屋の南西側に東を向いて建つ。出入口は妻面ではなく平側に開く平入で、東面に差し掛けた下屋庇の下に引戸が構えられている。

この引戸が、建物の性格を先に教えてくれる。東蔵に付く観音開きの土扉は重く、開け閉てに手間がかかる。頻繁に出し入れする蔵には、軽く動く戸が付く。

文化庁のデータベースは、この蔵を「規模の大きな置屋根の土蔵」という点で評価している。

置屋根という構え

置屋根とは、土蔵の壁体の上に屋根を載せず、別に小屋組を組んでその上に瓦を葺く形式をいう。まず土の壁を築き上げ、それをまたぐように木造の屋根架構を渡し、壁と屋根のあいだに隙間を残す。

この工夫は、蔵が大きくなるほど効いてくる。土は重く、乾きにくい。広い面積の土壁に瓦屋根の重量まで負わせれば、凍結を繰り返す土地では壁体に無理がかかる。屋根を切り離してしまえば、壁は自らの重さだけを支えればよい。雨は土に触れることなく流れ落ち、壁のなかに入り込んだ湿気は、壁の天端の隙間から抜けていく。

角に立つと、その隙間が見える。漆喰の天端と軒裏とのあいだに走る、細く暗い影の線。これだけの規模の蔵になると、その線は建物の全長にわたって長く伸び、架構上たまたま空いた隙間ではなく、意図して設けられた空間として目に映る。

中塗仕上げ、板張、袴腰

土壁は何層にも塗り重ねてつくられる。小舞下地の上に荒壁を付け、むら直しをし、中塗を掛け、最後に望むなら白漆喰の上塗りを施す。南蔵はこの中塗の段階で止めてある。外壁の色は、土そのものの色である。

仕上げていないことと、守っていないことは別である。南蔵は、上塗りの代わりを別の手段で補っている。正面以外の各面には下部に板を張り、跳ね返る雨や吹き溜まる雪から土を隔てている。基礎の周囲には袴腰が廻る。袴の裾のように外へ広がる形で、壁の足元に水がしみ込むのを避ける工夫である。妻面には1階と2階の双方に窓が開き、2階に光と風の通り道を与えている。

なぜ上塗りが施されなかったのかは、記録に残っていない。すぐ近くに海鼠壁と白漆喰の東蔵が建っていることを思えば、この素っ気なさは目を引く。二棟の役割と、人目に触れる度合いの違いを考えれば理解できるようにも思われるが、これは資料に書かれていることではなく、あくまで一つの見方として置いておきたい。

四棟の登録と、失われた主屋

渡辺家は代々、旧成田村の庄屋を務めた家である。その屋敷の四棟が、平成17年(2005年)11月10日に一括して登録有形文化財となり、告示は同年12月5日に出された。主屋と、東蔵・南蔵・北蔵の三棟である。

平成25年(2013年)1月、主屋が焼失した。須賀川市はこの事実を文化財ガイドに記しており、文化庁の焼失等による登録抹消一覧にも、渡辺家住宅主屋が平成27年(2015年)4月16日付で抹消されたと記録されている。三棟の蔵に被害はなく、登録は続いている。いま敷地を訪れると、家財を納めた蔵だけがあって、その家財を使っていた家がない、という不揃いな眺めに出会うことになる。

南蔵は、いまや敷地で最も大きな建物である。そのために建てられたわけではない。

見学にあたって

南蔵は個人の所有で、公開されていない。須賀川市の文化財ページも所有者を個人と記している。見学施設はなく、公開日も拝観料もなく、内部に入ることはできない。見られるのは公道からの外観だけであり、それ以上を試みるべき場所ではない。

所在する梅田は市域の西寄りで、JR東北本線須賀川駅からは西へ13キロほど離れている。この一帯は路線バスの本数が乏しく、移動は車かタクシーに頼ることになる。須賀川駅へは郡山駅から普通列車で10分あまり。公道からの撮影は差し支えないが、敷地内に足を踏み入れないこと、所有者へ直接連絡を取らないことは守りたい。建物についての問い合わせは、須賀川市文化振興課の文化財係(0248-94-2152)が受け付けている。

三棟は同じ敷地に並んで建つので、一度の訪問で見比べられる。同じ土蔵という技術で、三つの規模、三つの仕上げ、三つの役割。並べて眺めたときに、それぞれの意味がはっきりしてくる。

Q&A

Q渡辺家住宅南蔵は見学できますか。内部は公開されていますか。
A渡辺家住宅南蔵は個人所有の建物で、公開されていません。公開日や見学時間の設定はなく、拝観料もなく、内部に立ち入ることもできません。見学は公道からの外観に限られます。建物に関するお問い合わせは、所有者ではなく須賀川市文化振興課の文化財係(電話0248-94-2152)までお寄せください。
Q渡辺家住宅南蔵はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか。
A文化庁のデータベースは建築年代を明治初期としており、単一の建築年は記載されていません。登録有形文化財(建造物)としての登録年月日は平成17年(2005年)11月10日、告示は同年12月5日、登録番号は07-0079です。員数は1棟、建築面積は53平方メートルと記録されています。
Q渡辺家住宅南蔵の置屋根とは何ですか。
A置屋根は、土蔵の壁体に屋根を直接載せず、別に組んだ小屋組の上に瓦を葺く形式です。南蔵では、雨が土壁に触れないこと、壁の天端に空いた隙間から湿気が抜けること、壁が屋根の重量を負わないことの三点が利点になります。文化庁のデータベースは、規模の大きな置屋根の土蔵である点にこの建物の価値を認めています。
Q渡辺家住宅南蔵の外壁が白くないのはなぜですか。
A南蔵の外壁は中塗の段階で仕上げられており、白漆喰の上塗りが施されていないため、土そのものの色が現れています。その代わりに、正面以外の各面は下部を板張とし、基礎の周囲には袴腰を廻して、雨や雪から壁の足元を守っています。上塗りを省いた理由は資料に記されていません。
Q渡辺家住宅南蔵へは須賀川駅からどう行けばよいですか。
A所在地は福島県須賀川市梅田字岩瀬85で、JR東北本線の須賀川駅から西へおよそ13キロです。路線バスの便が限られるため、車またはタクシーの利用が現実的です。須賀川駅へは郡山駅から東北本線の普通列車で10分あまりで着きます。
Q渡辺家住宅南蔵は、東蔵や北蔵とどう違いますか。
A南蔵は建築面積53平方メートルと三棟で最も大きく、総二階なのもこの蔵だけです。東蔵は明治23年(1890年)の建築で、建築面積22平方メートルの平屋建、海鼠壁と白漆喰で仕上げられています。北蔵は江戸末期の建築で、建築面積20平方メートルほど、鉄板葺の窓のない味噌蔵です。

基本情報

名称渡辺家住宅南蔵(わたなべけじゅうたくみなみぐら)
所在地福島県須賀川市梅田字岩瀬85
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号07-0079
指定年平成17年(2005年)11月10日登録/同年12月5日告示
員数1棟
寸法建築面積53平方メートル、桁行4間半・梁間2間半、土蔵造2階建、切妻造・桟瓦葺
所有者個人
公開状況非公開。見学は公道からの外観のみ

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「渡辺家住宅南蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004907
須賀川市「渡辺家住宅南蔵」
https://www.city.sukagawa.fukushima.jp/bunka_sports/bunka_geijyutsu/1013435/bunkazai/1-3/1008663.html
文化庁「焼失等による登録抹消」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/massho/shoshitsu.html
文化庁 国指定文化財等データベース「渡辺家住宅東蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004906
文化庁 国指定文化財等データベース「渡辺家住宅北蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004908
須賀川市 文化財ガイドメニュー
https://www.city.sukagawa.fukushima.jp/bunka_sports/bunka_geijyutsu/1013435/bunkazai/index.html

最終更新日: 2026.08.26