寒水の掛踊 ― 岐阜の山あいで三百年踊り継がれてきた風流の太鼓踊
岐阜県郡上市明宝寒水(かのみず)。深い山ひだに抱かれたこの小さな集落で、毎年9月の二日間だけ、太鼓と鉦(かね)の響き、笛の音、そしてシナイと呼ばれる丈の高い花飾りが色鮮やかに村中を彩ります。「寒水の掛踊(かのみずのかけおどり)」 ― 約300年にわたり寒水の人々が祭礼で奉納し続けてきた風流の太鼓踊です。令和3年(2021年)に国の重要無形民俗文化財に指定され、翌令和4年(2022年)には「風流踊」のひとつとしてユネスコ無形文化遺産にも登録されました。
何より驚かされるのは、この芸能が小さな山里の集落によって、毎年休まず奉納され続けているという点です。約100人の住民が31もの役柄に扮し、お盆明けから毎晩練習を重ねて当日に臨みます。観光のために整えられた舞台ではなく、地域そのものが営む生きた民俗芸能 ― それが、はるばる訪ねる価値のある寒水の掛踊の本質です。
寒水の掛踊とは
寒水の掛踊は、寒水の氏神である寒水白山神社の例祭で奉納される風流の太鼓踊です。毎年9月第2日曜日とその前日(土曜日)の二日間にわたって行われ、1日目を「試楽(しんがく)」、2日目を「本楽(ほんがく)」と呼びますが、両日とも内容は同じく一日に三度踊りが奉納されます。
踊りの中心となるのは、4人の拍子打ち(ひょうしうち)です。3人は胸の前に締太鼓を、1人は手に鉦を持ち、いずれも背中に「シナイ」と呼ばれる花飾りを背負います。シナイは、長さ3.6メートルほどの割竹8本を桶状の台に挿して固定し、色紙や造花で飾った巨大な装飾物で、踊り手の頭上高くまでそびえ立ちます。拍子打ちは太鼓と鉦を打ち鳴らしつつ躍動的に踊り、踊りの後半には背負ったシナイを地面に打ち付けるような所作も見せます。
百人の役者と多彩な役柄
拍子打ちを中心に、その外側を取り囲むように大きな円陣を作るのが、寒水の人々が総出で扮する多種多様な役者たちです。悪魔払い(あくまばらい)、露払い(つゆはらい)、薙刀振(なぎなたふり)、音頭(おんど)、笛吹(ふえふき)、簓摺(ささらふり)、田打ち(たうち)、大黒舞(だいこくまい)、奴(やっこ)、地歌(じうた)、花笠を被った子どもたち、おかめ舞、神幟持(かみのぼりもち)、踊幟持(おどりのぼりもち)など、その数は31役、総勢約100人にのぼります。一つひとつに装束も所作も決められており、村全体で受け継がれてきた役割が、円陣のなかで一つの絵巻物のように展開していきます。
三度の踊りと「神様道」の行列
祭礼の両日とも、踊りは正午頃に寒水掛踊伝承館での「中桁前(なかげたまえ)の踊り」から始まります。これはかつて「中桁」という屋号の旧家の前庭で行われていた踊りで、令和6年以降は伝承館を会場としています。その後、役者たちは行列を作り、村の中を「神様道」と呼ばれる古くからの道を通って寒水白山神社へと向かいます。神社の境内では「お庭踊り」、続いて拝殿前で「拝殿前の踊り」が奉納され、合計三度の踊りで一日が締めくくられます。
三百年の歴史と「掛踊」の名の由来
寒水では「掛踊が伝わって約300年」と語り継がれています。文献に残る最古の記録は天明元年(1781年)の年記をもつ「当村氏神白山大権現祭礼之覚(写)」で、江戸時代後期にはすでにこの祭礼が定着していたことが分かります。
地元の伝承によれば、寒水の掛踊は宝永6年(1709年)、隣接する母袋(もたい)村(現在の郡上市大和町栗巣)から伝えられたとされています。当時、踊りそのものに加え、十一面観音や神社建立にまつわる棟札なども併せて伝来したと伝えられています。明治時代の末頃まで、毎年祭礼の日になると、母袋村から声自慢の人々が峠を越えて寒水を訪れ、輪に加わって寒水の人々と歌の掛け合いをしていたといいます。「掛踊」という名は、この「掛け合い」の歌に由来するとする説のほか、神への願掛けに由来するとする説もあり、いずれもこの芸能の性格 ― 共同体の交流と神への奉納 ― をよく物語っています。
風流の太鼓踊という大きな系譜
掛踊(嘉喜踊・賀喜踊とも書かれる)は、室町末期から近世初期にかけて流行した「風流踊」の流れをくむ太鼓踊です。きらびやかな装束や作り物で頭を飾った人々が、鉦や笛、太鼓に合わせて集団で踊るのが特徴で、誰でも参加できる民俗芸能として各地に広がりました。郡上市内には寒水を含めて11か所にカケ踊り(カキ踊り)が伝わるとされますが、現在も毎年定期的に奉納されているのは寒水のみで、しかもその規模は最も大きなものです。
なぜ重要無形民俗文化財に指定されたのか
寒水の掛踊は、令和3年(2021年)3月11日に国の重要無形民俗文化財に指定されました。これに先立つ昭和50年(1975年)には、文化財保護法の改正に伴って「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として選択されており、長年にわたって学術的な調査・記録が積み重ねられてきた末の指定でした。
指定にあたっては、踊りの隊形・音楽構成・歌唱の形式が、美濃地方をはじめ近畿圏に多く伝承される風流の太鼓踊の特色を良く伝えている点が高く評価されました。拍子打ちを中心に円陣を組む構成、「歌頭(かと)」「踊り歌」「打ち上げ」の三部構成からなる楽曲、そして音頭と地歌が同じ歌詞を交互に繰り返し歌う独特の歌唱形式は、まさに風流踊のもつ古い様式を今に伝えるものです。
同時に、趣向を凝らした演者の出で立ち、31にも及ぶ多彩な役柄、そして毎年定期的に大規模に演じられ続けていること ― これらは寒水ならではの独自性であり、地域的特色として明確に認められました。広く共有された伝統と、寒水だけがもつ固有の発展。この二つを兼ね備えた点が、寒水の掛踊が国の指定を受けるに至った最大の理由です。
さらに令和4年(2022年)11月30日、全国41件の風流踊で構成される「風流踊」が、ユネスコ無形文化遺産代表一覧表に記載されました。寒水の掛踊もその一つとして、世界に向けて保護されるべき人類の遺産として位置づけられています。
見どころ
はじめて訪れる方にとって、寒水の掛踊は情報量が多く、どこに注目してよいか戸惑うかもしれません。次の三つのポイントを心に留めておくと、いっそう深く楽しむことができます。
そびえ立つシナイ
3.6メートルにおよぶシナイは、遠くからでも一目で分かる視覚的な象徴です。毎年新たに割竹と色紙、手作りの造花で組み上げられ、4人の拍子打ちの背中で激しく揺れます。これだけの大きさの飾り物を背負いながら正確に拍子を打ち続ける拍子打ちの所作は、見るだけで心を奪われます。
「神様道」を進む百人の行列
中桁前の踊りを終えると、約100人の役者が一列の行列を組み、村の中を寒水白山神社まで練り歩きます。古くから受け継がれてきた「神様道」の道筋には、「しゃげり」「妙見拍子」「おかざき」「こしづめ」「十六拍子」「七つ拍子」「三つ拍子」の7曲が順に奏でられ、田園風景のなかを行列が静かに進む光景は、まさにこの祭礼を象徴する瞬間です。
クライマックスの「ニワハキ」
本楽(2日目)の拝殿前の踊りで「しずめ歌」に移ると、拍子打ちの背からシナイが取り外されます。そして拍子打ちはシナイを地面に擦りつけるようにして振り回し、装飾されていた造花を一斉に散らします ― これが「ニワハキ」と呼ばれる所作です。散った花を拾い集めるのは大黒舞や悪魔払いの役者たち。打ち上げの拍子で踊りが終わると、最後は役者と見物客が輪になり、「寒水輪島」「よいよい」「どじょ」などの民謡を踊って祭礼は幕を閉じます。観客もまた、踊りの一部となる瞬間です。
訪問のご案内
祭礼は毎年9月第2日曜日とその前日の土曜日に行われます。両日とも踊りは同じ三度の構成で奉納されますので、どちらか一日でも全体を体験することができます。両日とも正午頃に寒水掛踊伝承館で踊りが始まり、その後、行列を組んで寒水白山神社へ向かいます。
祭礼当日は、明宝振興事務所(明宝庁舎)から寒水白山神社まで無料シャトルバスが運行されます。およそ午前10時から午後5時半の間、1時間に2本ほど運行されており、所要時間は片道約10分です。寒水集落内の道は狭く、神社周辺の駐車スペースもごく限られているため、シャトルバスの利用が強く推奨されます。
アクセス
寒水は岐阜県北部の山あいに位置します。お車の場合は東海北陸自動車道の郡上八幡ICが最寄りで、ICからは明宝方面へ「せせらぎ街道」を経由しておよそ30分です。公共交通でお越しの場合は、長良川鉄道の郡上八幡駅で下車後、岐阜バスの明宝行きへ乗り換えます。明宝地区は山間部のためバスの本数が限られていますので、事前に時刻表をご確認いただくと安心です。
周辺のおすすめスポット
明宝地区は郡上の中でもとりわけ自然の美しい一帯です。掛踊の前後に時間を取って、ぜひ周辺もお楽しみください。
明宝温泉 湯星館
寒水から車で少し走った場所にある日帰り温泉施設です。泉質は珍しいアルカリ性単純弱放射能温泉で、肌触りがやわらかく、美肌の湯として親しまれています。露天風呂からは明宝の山々の景色が広がり、館内の食事処では地元名物の「鶏(けい)ちゃん」も味わえます。
せせらぎ街道
郡上八幡と飛騨高山をつなぐ全長約70キロの自然豊かな街道で、四季折々の景観で知られます。沿道には「道の駅 明宝」があり、岐阜を代表する特産品の明宝ハムや明宝トマトケチャップを購入できます。
郡上八幡の城下町
寒水から南へ車で約30分の郡上八幡は、清流と踊りの町。日本三大盆踊りの一つ「郡上おどり」(こちらも国の重要無形民俗文化財)で全国的に知られた歴史ある城下町です。掛踊の見学と合わせて訪れれば、郡上の二つの「風流踊」を一度に体感できます。
Q&A
- 寒水の掛踊はいつ行われますか?
- 毎年9月第2日曜日と、その前日の土曜日の二日間に開催されます。両日とも正午頃に寒水掛踊伝承館で踊りが始まり、その後、行列を組んで寒水白山神社へ向かい、合計三度の踊りが奉納されます。
- 村外の人も自由に見学できますか?
- どなたでも見学いただけます。寒水掛踊伝承館前や、寒水白山神社の境内で踊りをご覧いただけます。神事ですので、保存会や地元の方の案内を尊重し、撮影や立ち入りについては掲示や指示に従ってください。
- 「シナイ」とは何ですか?
- シナイは、長さ3.6メートルほどの割竹8本を桶状の台に挿し、色紙と造花で装飾した大きな飾り物です。4人の拍子打ちが背中に背負って踊り、踊りの後半には地面に打ち付けて造花を散らす所作が見どころとなります。寒水の掛踊を象徴する飾り物です。
- 「掛踊」という名前にはどんな由来がありますか?
- いくつかの説があります。よく知られているのは、かつて隣の母袋村との間で歌の「掛け合い」をしていたことに由来するという説です。また、神への「願掛け」のための踊りという説もあります。いずれの説も、この踊りが共同体の交流であり神への奉納でもあるという、芸能の本質を物語っています。
- 当日のアクセスはどうすればよいですか?
- 祭礼当日は、明宝振興事務所(明宝庁舎)から寒水白山神社まで無料シャトルバスが運行されます。およそ10時から17時半の間、1時間に2本ほど運行され、所要時間は約10分です。神社周辺の駐車場は限られていますので、シャトルバスのご利用をおすすめします。
基本情報
| 名称 | 寒水の掛踊(かのみずのかけおどり) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定重要無形民俗文化財(令和3年〔2021年〕3月11日指定)/ユネスコ無形文化遺産「風流踊」の一つとして令和4年〔2022年〕記載 |
| 奉納場所 | 寒水白山神社/寒水掛踊伝承館 |
| 所在地 | 岐阜県郡上市明宝寒水 |
| 開催日 | 毎年9月第2日曜日とその前日(土曜日) |
| 開始時間 | 両日とも正午頃に寒水掛踊伝承館で開始、午後に寒水白山神社で奉納 |
| 役者 | 31役、約100人(寒水掛踊保存会が中心となり地域住民が総出で参加) |
| 起源 | 宝永6年(1709年)に母袋村から伝来したと伝えられる/文献上の最古の記録は天明元年(1781年) |
| アクセス | 東海北陸自動車道・郡上八幡ICから車で約30分/祭礼当日は明宝庁舎から無料シャトルバスを運行 |
参考文献
- 文化遺産オンライン|寒水の掛踊
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/523617
- 明宝観光協会めいほう観光ナビ|寒水の掛踊
- https://www.gujomeiho.jp/about/culture/kanomizunokakeodori/
- TABITABI郡上|ユネスコ無形文化遺産に登録!風流踊「郡上踊」と「寒水の掛踊」
- https://tabitabigujo.com/intangible-cultural-heritage/
- TABITABI郡上|寒水の掛踊スポット情報
- https://tabitabigujo.com/spots/meiho/寒水の掛踊/
- 岐阜の旅ガイド|寒水の掛踊
- https://www.kankou-gifu.jp/event/detail_3877.html
- オマツリジャパン|寒水の掛踊 現地レポート
- https://omatsurijapan.com/blog/kanomizu-kakeodori/
- Wikipedia|寒水の掛踊
- https://ja.wikipedia.org/wiki/寒水の掛踊
最終更新日: 2026.05.14