旧北岡田家住宅離れとは

旧北岡田家住宅離れ(きゅうきたおかだけじゅうたくはなれ)は、岐阜県揖斐郡大野町大字相羽字村通にある明治前期(1868年から1882年)建築の木造平屋建の座敷棟で、平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財となった。主屋の西側に接続して建ち、建築面積は90平方メートルある。

旧北岡田家住宅に残る6棟のなかで、この離れがもっとも古い。文化庁の解説は、屋敷地内で濃尾地震より前に遡る唯一の遺構としている。明治24年(1891年)の濃尾地震は岐阜県西部に大きな被害を与えた。主屋も蔵も納屋もすべてこの地震のあとに建っており、離れだけがそれ以前の屋敷の姿を伝えている。

「造形の規範」としての登録

旧北岡田家住宅離れの登録番号は21-0265。注目したいのは登録基準で、同じ日に登録された5棟がいずれも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であるのに対し、離れだけは「造形の規範となっているもの」として登録された。

文化庁の解説は、離れのつくりを瀟洒で端正と評している。規模の大きさや景観への寄与ではなく、座敷の意匠そのものが評価の対象になった建物である。

茶室と2つの座敷

旧北岡田家住宅離れは東西に棟を通した切妻造の桟瓦葺で、西・南・北の三面に下屋をめぐらせる。主屋とつながる東の端には4畳半の茶室があり、そこから西へ2室が並ぶ。

西端の座敷は、奥行きのある付書院を備えた格式の高い部屋である。南側には開放的な板の間が設けられ、座敷から庭へと視線が抜ける。

大野町によれば、屋敷の庭園は式台玄関脇の門から離れの南・西・北を巡って渡り廊下まで続く。旧北岡田家住宅離れは、三方を庭に囲まれた位置にある。

戦後の改修

旧北岡田家住宅離れは、昭和24年(1949年)と昭和35年(1960年)に改修を受けている。文化庁のデータベースは改修の年だけを記し、どこをどう改めたかまでは載せていない。明治前期の骨格に戦後の手が加わった建物として見るのが正確だろう。

旧北岡田家住宅離れの見方

旧北岡田家住宅離れは敷地の内側にあり、塀の外からは見えない。大野町の公開日に敷地に入れば、庭園から離れの南面と西面を眺めることができる。

大野町が公開案内に挙げる開放場所は「主屋1階、庭園ほか」で、離れの室内まで入れるかどうかは明記されていない。茶室や付書院を間近に見たい場合は、事前に大野あけぼのミュージアム(電話0585-36-1888)へ問い合わせておきたい。

Q&A

Q旧北岡田家住宅離れはいつ建てられましたか。
A明治前期(1868年から1882年)の建築です。昭和24年(1949年)と昭和35年(1960年)に改修されています。
Q旧北岡田家住宅離れが屋敷でいちばん古いというのは本当ですか。
Aはい。文化庁の解説は、屋敷地内で明治24年(1891年)の濃尾地震以前に遡る唯一の建物としています。
Q旧北岡田家住宅離れの登録基準は何ですか。
A「造形の規範となっているもの」です。旧北岡田家住宅の6棟でこの基準によるのは離れだけです。
Q旧北岡田家住宅離れにはどんな部屋がありますか。
A東端に4畳半の茶室、その西に2室が並びます。西端の座敷には奥行きのある付書院があり、南側に板の間が付きます。
Q旧北岡田家住宅離れの室内は見学できますか。
A大野町の公開案内は開放場所を「主屋1階、庭園ほか」としており、離れの室内公開は明記されていません。公開日に庭園から外観を見ることはできます。

基本データ

名称旧北岡田家住宅離れ(きゅうきたおかだけじゅうたくはなれ)
所在地岐阜県揖斐郡大野町大字相羽字村通282-1他
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 21-0265
指定年平成30年(2018年)11月2日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積90平方メートル
所有者大野町
公開状況大野町の公開日に庭園から外観を見学可。室内公開は要確認

参考文献

国指定文化財等データベース 旧北岡田家住宅離れ(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012540
文化遺産オンライン 旧北岡田家住宅離れ
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/413455
旧北岡田家住宅と旧岡田酒店(大野町)
https://www.town-ono.jp/0000000494.html
令和8年度 旧北岡田家住宅の公開とイベント(大野町)
https://www.town-ono.jp/0000001629.html

最終更新日: 2026.09.27