旧田口家住宅 ― 飛騨の里に佇む江戸後期の重要文化財民家

岐阜県高山市の飛騨民俗村「飛騨の里」。その広大な敷地の中にひときわ堂々たる姿を見せるのが、国指定重要文化財「旧田口家住宅」です。文化5年(1808年)に建てられたこの大規模な農家住宅は、代々庄屋を務めた田口家の威厳と、飛騨地方の伝統的な建築技術を今に伝える貴重な存在です。もともと益田郡金山町(現・下呂市)にあったこの住宅は、昭和45年(1970年)に飛騨民俗村に移築され、現在は国内外の多くの来訪者にその歴史的な魅力を届けています。

田口家住宅の歴史と成り立ち

田口家は、飛騨南端にあたる益田郡金山町卯野原(現・下呂市金山町)の庄屋を代々務めていた農家です。文化5年(1808年)、当主の田口権左衛門によってこの住宅が建てられました。庄屋とは、江戸時代の村政を担う役職であり、年貢の取りまとめや村内の紛争調停など、地域社会の要としての役割を果たしていました。その立場にふさわしく、田口家住宅は一般の農家をはるかに凌ぐ規模と質を備えています。

この住宅が特筆すべき点の一つは、建設時の記録が非常に詳細に残されていることです。杣(そま=木こり)、木挽(こびき=製材職人)、大工などの日記帳をはじめ、出面表(出勤簿)その他数種の覚書きからなる「普請文書」7冊が現存しています。さらに珍しいことに、屋根の板を押さえるための置石にも墨書が残されており、建設年代を正確に特定できる貴重な資料となっています。

昭和45年(1970年)、過疎化や近代化の波で失われゆく飛騨の伝統的民家を保存するため、この住宅は高山市の飛騨民俗村に移築されました。昭和52年(1977年)6月27日、附(つけたり)の普請文書とともに国の重要文化財に指定されています。

なぜ重要文化財に指定されたのか

旧田口家住宅が重要文化財に指定された理由は、いくつかの重要な点に集約されます。

まず、その規模の大きさです。桁行(長手方向)約25.2メートル、梁間(短手方向)約13.3メートルという寸法は、飛騨地方に残る民家の中でも屈指の大きさを誇ります。加えて、建築の質が非常に高く、庄屋としての田口家の社会的地位と経済力を如実に物語っています。

次に、改変が極めて少ないことです。多くの歴史的建造物が時代とともに増改築を重ねる中、旧田口家住宅は建設当初の姿をよく留めており、江戸後期における岐阜県中部地域の民家建築の「基準作」(標準的な好例)と評価されています。切妻造・石置き板葺屋根(現在は鉄板葺)という形態は、合掌造りで有名な白川郷とは異なる、県中部民家の典型的な特徴を示しています。

さらに、先述の普請文書の存在が、建築史研究における資料的価値を高めています。当時の建築工程、職人の組織体制、資材の調達方法などが具体的に記録されており、江戸後期の山村における建築実態を解明する上で極めて貴重な文献となっています。

建築の見どころ

旧田口家住宅は、2階建ての切妻造で、四面に庇(ひさし)を持ち、南面には突出部が附属しています。もともとの屋根は「榑葺き(くれぶき)」と呼ばれる工法で、栗の木から割いた薄い板(榑)を並べ、その上に重い石を置いて固定していました。飛騨地方では瓦が高価であったため、豊富な木材資源を活かしたこの独特の屋根が広く用いられていました。現在は保存のため鉄板が葺かれていますが、建物全体のどっしりとした佇まいからは、往時の姿が偲ばれます。

内部に入ると、庄屋の家にふさわしい格式ある空間が広がります。広い土間(どま)には竹簀子(たけすのこ)張りの天井が施され、主要な居間である「オエ」の上部にも同様の仕上げが見られます。畳敷きの座敷や台所部は板張りで、実用性と格式を兼ね備えた造りです。建物前面には濡縁(ぬれえん)が設けられていますが、これは飛騨南部の比較的積雪が少ない地域ならではの特徴で、豪雪地帯の北部では見られない構造です。

2階部分は一部に中2階を設けた構造で、畳敷き部分と台所部の上は板張りとなっており、養蚕(ようさん=蚕の飼育)に使用されていました。養蚕は飛騨地方の農家にとって重要な副業であり、この2階空間はその歴史を今に伝えています。また、入口右側にある明治28年(1895年)6月の記載がある木製の郵便ポストも、近代日本の郵便制度の一端を示す興味深い存在です。

飛騨の里での見学体験

旧田口家住宅は、飛騨の里の敷地内で自由に見学することができます。飛騨の里は、五阿弥池(ごあみいけ)を中心に約13万平方メートルの敷地に、合掌造りや榑葺き屋根の民家など30棟以上を移築・復元した野外集落博物館です。国指定重要文化財4棟を含む建物群は、飛騨地方の多様な建築様式と暮らしの知恵を一堂に集めています。

村内の各民家では、毎朝囲炉裏(いろり)に火が入れられ、ほのかな木の香りが漂います。この煙は害虫やカビを防ぐ実用的な効果に加え、訪問者に懐かしい里山の雰囲気を味わわせてくれます。わら細工、さしこ、組みひもなどの伝統工芸の実演が日替わりで行われており、隣接する「飛騨高山思い出体験館」では、さるぼぼ作りや手焼きせんべいなど10種類以上の体験メニューを予約なしで楽しむことができます。

四季折々のイベントも魅力です。春は1,000体以上の土びな(土雛)が民家を彩り、秋は紅葉ライトアップが幻想的な夜の景色を演出します。冬には雪景色の中で合掌造りが美しく照らし出されるライトアップイベントが開催され、飛騨の里ならではの情景を堪能できます。

周辺の見どころ・観光情報

飛騨の里は、飛騨高山の歴史的な街並みからほど近い場所に位置しており、高山観光と組み合わせて訪れるのに最適です。

三町筋(さんまちすじ)は、江戸時代の商家や造り酒屋が軒を連ねる風情ある通りで、「飛騨の小京都」として知られています。高山陣屋は、全国で唯一現存する江戸時代の郡代・代官所として、飛騨の行政史を学ぶことができます。日下部民藝館吉島家住宅も、豪商建築の粋を尽くした名建築として見逃せません。

朝の散策には宮川朝市がおすすめです。地元の漬物や農産物、手工芸品が並び、飛騨の人々の温かさに触れることができます。時間に余裕があれば、ユネスコ世界遺産の白川郷、名湯下呂温泉、北アルプスの絶景を望む新穂高ロープウェイへの日帰り旅行も可能です。春の山王祭・秋の八幡祭からなる高山祭は、日本三大美祭の一つに数えられ、豪華絢爛な屋台とからくり人形の競演は圧巻です。

Q&A

Q旧田口家住宅はどのような建物ですか?
A文化5年(1808年)に庄屋・田口権左衛門によって建てられた、桁行約25メートル・梁間約13メートルの大規模な2階建て切妻造民家です。飛騨地方南部の典型的な榑葺き屋根(現在は鉄板葺)を持ち、建設時の普請文書7冊とともに国の重要文化財に指定されています。
Q飛騨の里へのアクセス方法を教えてください。
AJR高山駅から「さるぼぼバス」で約10分、「飛騨の里」バス停下車すぐです。バスは1時間に約2本運行しています。車の場合は中部縦貫自動車道の高山ICから約10分で、駐車場(300円)が完備されています。高山駅からは徒歩約30分でも訪れることができます。
Q外国語の案内はありますか?
Aはい、飛騨の里の敷地内には日本語と英語の解説パネルが設置されています。建築の特徴や歴史的背景、飛騨地方の暮らしについて英語で詳しく紹介されており、海外からの来訪者にも十分お楽しみいただけます。
Q見学にはどのくらい時間がかかりますか?
A飛騨の里全体をゆっくり見学する場合、1時間半~3時間程度が目安です。旧田口家住宅を含む主要な民家を丁寧に見て回ると2時間前後、隣接する思い出体験館での体験を加えると半日お楽しみいただけます。園内には休憩所やベンチが各所に設けられています。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A四季それぞれに魅力があります。春は土びなの展示と桜、夏は緑豊かな山里の風景と伝統工芸体験、秋(10月下旬~11月上旬)は紅葉と週末の夜間ライトアップ、冬は雪化粧の合掌造りのライトアップ(1月~2月)が楽しめます。ペットと一緒に入園できるのも嬉しいポイントです。

基本情報

名称 旧田口家住宅(旧所在 岐阜県益田郡金山町)
文化財指定 国指定重要文化財(昭和52年〈1977年〉6月27日指定)
建築年 文化5年(1808年)
旧所在地 岐阜県益田郡金山町(現・下呂市金山町)
現所在地 〒506-0055 岐阜県高山市上岡本町一丁目590番地 飛騨民俗村構内
所有者 高山市
構造・形式 2階建切妻造、四面庇付、南面突出部附属、鉄板葺(旧・石置き板葺)
規模 桁行約25.2m、梁間約13.3m
附指定 普請文書7冊、旧屋根置石2個
入館料(飛騨の里) 大人(高校生以上)700円、小・中学生200円
開館時間 8:30〜17:00(ライトアップ期間は夜間延長あり)
休館日 年中無休(12月30日〜1月2日を除く)
アクセス JR高山駅からさるぼぼバスで約10分「飛騨の里」下車すぐ/中部縦貫自動車道 高山ICから約10分
駐車場 あり(普通車300円)
お問い合わせ 飛騨民俗村 飛騨の里:TEL 0577-34-4711

参考文献

旧田口家住宅(旧所在 岐阜県益田郡金山町) — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/193700
旧田口家住宅[きゅうたぐちけじゅうたく] 附普請文書 — 岐阜県公式ホームページ
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/350842.html
飛騨民俗村 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A8%A8%E6%B0%91%E4%BF%97%E6%9D%91
岐阜県高山市 飛騨民俗村 — japan-geographic.tv
https://japan-geographic.tv/gifu/takayama-hida-minzokumura.html
飛騨民俗村 飛騨の里 — 全国観光資源台帳(公益財団法人日本交通公社)
https://tabi.jtb.or.jp/res/210029-
飛騨の里 公式サイト
https://hidanosato.com/
旧田口家住宅 — 個人サイト(chinke)
http://www7b.biglobe.ne.jp/~chinke/taguchike.html

最終更新日: 2026.03.22