桑谷第一号砂防堰堤 — 飛騨の山中にひっそりと佇む大正期の石積み砂防遺産

岐阜県北部、飛騨市宮川町の深い山あいにひっそりと佇む桑谷第一号砂防堰堤(くわたにだいいちごうさぼうえんてい)は、大正10年(1921年)に竣工した、人力のみで築き上げられた美しい石積みの砂防堰堤です。神通川水系宮川の支流である桑谷に位置し、ふもとの集落を土砂災害から守る要として、今もなお現役で機能しています。平成31年(2019年)3月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、岐阜県内に20基ある登録砂防施設の一つとして、近代日本の砂防史を物語る貴重な土木遺産となっています。

砂防堰堤とは何か

「砂防」とは、土砂の流出を防ぐことを意味します。日本は地質が新しく、急峻な地形と多雨の気候から、世界でも有数の土砂災害多発国です。大雨や地震をきっかけに、山地から大量の土砂や巨石、流木が一気に下流へと流れ下る「土石流」は、古くから流域の人々の生命と財産を脅かしてきました。砂防堰堤はこうした土砂を上流側で受け止め、流れの勢いを弱める役割を担う構造物です。現代の砂防堰堤は鉄筋コンクリート造が主流ですが、明治末期から大正・昭和初期にかけては、石を一つひとつ積み上げる伝統的な工法で築かれていました。桑谷第一号砂防堰堤は、その黎明期を伝える貴重な遺産です。

大正3年の大水害が砂防事業の出発点

桑谷の堰堤群が築かれることになった背景には、痛ましい大水害の歴史があります。大正3年(1914年)8月13日、当時の吉城郡坂下村(現在の飛騨市宮川町)一帯は記録的な豪雨に見舞われました。塩屋大谷、打保上の谷、打保下の谷、戸谷大谷、桑野大谷、小豆沢大谷、小豆沢滝谷、洞谷といった八つの渓流から、大量の土砂が一気に流出。これらの土砂が宮川を堰き止め、村は一面が湖と化しました。死者36名、流失家屋49戸、全壊7戸、半壊2戸、浸水73戸、田畑流失74.3ヘクタールという、地域にとって極めて深刻な被害でした。

この大災害を契機として、大正8年(1919年)7月から昭和5年(1930年)9月にかけて、宮川流域では国直轄の砂防事業が実施されました。これは神通川水系で行われた最初の砂防事業であり、桑谷第一号砂防堰堤も、この大規模な事業の一環として大正10年に完成しました。

なぜ国の登録有形文化財に指定されたのか

桑谷第一号砂防堰堤は、平成31年(2019年)3月29日付で国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。指定の理由はいくつかあります。第一に、機械化の進んだ現代では再現することが極めて困難な、石材をすべて人力のみで積み上げる工法で築かれていることです。第二に、本堰堤は「練石積(ねりいしづみ)」という、石と石の間にモルタル等を充填して接合する高度な石工技術によって築かれており、職人の卓越した技量が遺されている点が挙げられます。第三に、近隣の桑谷第二号・第五号・第六号・第十号砂防堰堤とともに、大正期の砂防堰堤群がほぼ完全な姿で残存しており、日本が山地災害と向き合ってきた歴史の重要な一章を今に伝えていることです。

見どころと構造の特徴

堤長は約29メートル、堤高は約6.4メートル。現代の大型砂防堰堤と比べれば決して大きくはありませんが、山深い渓谷に人力のみでこれだけの規模の構造物を築いた事実を考えれば、その技術力と労力の大きさが偲ばれます。堰堤の表面は、選び抜かれた石材を一つひとつ丁寧に加工し、隣り合う石にぴたりと収まるよう積み上げられた練石積みで仕上げられており、その精緻な石積みの美しさは、山岳景観の中で静かな存在感を放っています。

本堰堤の正面(下流側)には、副堰堤と呼ばれる小ぶりな堰堤が一体的に附属しています。これは本堰堤を越流した水や土砂の衝撃を吸収し、本体の基礎部が洗掘されるのを防ぐ役割を担うもので、本堰堤と副堰堤が織りなすカスケード状の水流が、緑豊かな渓谷の風景に彩りを添えています。なお、本堰堤は同じ桑谷の上流に位置する第五号砂防堰堤の90メートル下流にあたります。

見学に関するご案内

桑谷第一号砂防堰堤は、観光施設として整備された場所ではないことを、まずお伝えしておかなければなりません。深い山中の急峻な渓谷に位置し、現役の防災施設として岐阜県が管理しているもので、来訪者向けの案内施設や駐車場、遊歩道などは設けられていません。入場料が無いのも、そもそも観光客の受け入れを前提としていないためです。豪雨時には堰堤が本来の機能を発揮する場となるため、極めて危険な場所となります。

土木遺産や近代石積み技術、砂防史にご関心のある方が見学を希望される場合には、事前に岐阜県砂防課または飛騨市文化振興課にご相談されることを強くお勧めします。現地は山岳地帯であり、熊の生息地でもあるため、登山に準じた装備、熊鈴の携行、そして雨天時や雨後の立ち入りを避けることが必要です。

周辺の見どころ

桑谷第一号砂防堰堤そのものは秘境的な存在ですが、飛騨市内には海外からの旅行者にも親しみやすい観光地が数多くあります。白壁土蔵と鯉の泳ぐ瀬戸川で知られる飛騨古川の町並みは、アニメ映画「君の名は。」の舞台のひとつとしても国際的に有名になりました。古川祭で用いられる豪華絢爛な屋台は、ユネスコ無形文化遺産にも登録されており、飛騨古川まつり会館で見学することができます。また、「飛騨の小京都」と称される高山市の古い町並みや朝市も、すぐ近くで楽しめます。

砂防に特化した見学先としては、岐阜県南部の海津市にある「さぼう遊学館」が便利です。重要文化財の羽根谷砂防堰堤2基に隣接して整備された無料の学習施設で、事前予約をすれば専門家による解説を受けることもできます。桑谷の堰堤群を訪ねる前に、日本の砂防史と石積み技術の基礎を学んでおく場所として最適です。

Q&A

Q桑谷第一号砂防堰堤は一般に公開されていますか。
A観光施設としての公開はされておりません。山深い渓谷にある現役の防災施設で、見学を希望される場合は事前に岐阜県砂防課または飛騨市文化振興課へお問い合わせください。
Qいつ建設された堰堤ですか。
A大正10年(1921年)に竣工しました。竣工から1世紀以上を経た現在も現役で機能しており、平成31年(2019年)3月に国の登録有形文化財に登録されています。
Q砂防堰堤と普通のダムは何が違いますか。
A通常のダムは水を貯めて利水や発電に活用しますが、砂防堰堤の目的は土砂や流木の流出を抑え、下流の集落を土砂災害から守ることです。普段は水も土砂も下流に流れますが、土石流発生時に巨石や流木を堰き止める役割を果たします。
Q機械を使わずにどうやって建設したのですか。
A石材の運搬、加工、積み上げのすべてを人力で行いました。熟練した石工の職人が「練石積」と呼ばれる技法で、石をぴたりと組み合わせモルタル等で接合しました。多数の作業員と高度な技術によってのみ実現できた工事です。
Q他に見るべき近隣の登録砂防堰堤はありますか。
A桑谷砂防堰堤群には第一号のほか、第二号・第五号・第六号・第十号があり、いずれも同日に登録されました。隣接する小豆沢砂防堰堤群や六郎谷砂防堰堤群(神岡町)も同時期の貴重な砂防遺産です。砂防史全体を学ぶには、海津市の「さぼう遊学館」のご利用をお勧めします。

基本情報

名称 桑谷第一号砂防堰堤(くわたにだいいちごうさぼうえんてい)
指定 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成31年(2019年)3月29日
竣工年 大正10年(1921年)
所在地 岐阜県飛騨市宮川町桑野
構造 練石積堰堤、堤長約29メートル、堤高約6.4メートル、副堰堤附属
水系 神通川水系宮川支流・桑谷
所有 岐阜県
見学について 一般公開はされていません。事前に岐阜県砂防課または飛騨市文化振興課にお問い合わせください。

参考文献

登録有形文化財 — 岐阜県公式ホームページ(砂防課)
https://www.pref.gifu.lg.jp/shakai-kiban/kasen/sabo/11653/bunkazai.html
登録有形文化財(建造物) — 岐阜県公式ホームページ(文化伝承課)
https://pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/17768/index_61057.html
降雨・降雪による災害 — 国土交通省 北陸地方整備局 神通川水系砂防事務所
https://www.hrr.mlit.go.jp/jintsu/outline/saigai/rain.html
宮川流域の災害 — 国土交通省 北陸地方整備局 神通川水系砂防事務所
https://www.hrr.mlit.go.jp/jintsu/outline/saigai/omo_saigai/miyakawa.html
桑谷第六号砂防堰堤 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/413265
文化財 — 飛騨市公式ウェブサイト(文化振興課)
https://www.city.hida.gifu.jp/site/bunka/list181.html

最終更新日: 2026.05.14