茅葺の禅宗様仏堂

明鏡寺観音堂は、岐阜県加茂郡八百津町伊岐津志にある室町時代後期の仏堂で、昭和52年(1977年)6月27日に国の重要文化財に指定された。

建物は西向き。方三間、一辺およそ5.4メートルの小堂で、屋根は寄棟造の茅葺である。禅宗様の仏堂に茅葺という取り合わせは珍しい。禅宗様の堂は瓦葺か柿葺が通例で、この組み合わせ自体がこの建物を訪ねる理由の一つになる。

明鏡寺は臨済宗妙心寺派。山号は霊光山。文和2年/正平8年(1353年)、鎌倉建長寺十四世の頑石曇生が、鎌倉幕府六代将軍宗尊親王の菩提を弔うために開基し、玉堂曇球を開山としたと伝わる。当初は建長寺派であったが、慶長10年(1605年)に妙心寺派へ改めた。応仁の乱以後は戦禍を受けて荒廃し、一時は住持も絶えたが、寛永年間に大仙寺の愚堂東寔が中興した。

年代については注意が必要である。寺伝と地元の資料は、観音堂を貞治7年(1368年)の建立と伝える。しかし文化庁の国指定文化財等データベースはこれを採らず、年代を15世紀末、西暦の範囲を1401年から1500年としている。現地の案内や観光資料には1368年が記されているため、両方の数字が流通していることを承知しておきたい。

唐様に和様が混じる

文化庁の解説はこの建物を、小規模な三間仏堂でおおむね禅宗様の手法によるが、細部には和様を組み合わせた特異な手法がみられる、と記す。この混交こそが指定の核心であり、主要部材がよく残っていること、細部意匠が優れていることが併せて評価されている。

禅宗様(唐様)の指標は、知っていれば見つけやすい。柱の上部は粽に絞られ、下部には礎盤を置く。欄間には浪連子がはまる。内部の組物は出組の詰組で、柱の上だけでなく柱間にも連続して詰められる。外部は柱上を出三斗とし、中備に平三斗を置く。

それに対し、軒は一軒疎垂木である。これは和様の手法。寄棟造という屋根形式も同様である。同規模の禅宗様仏堂は、通常もっと違った表情をしている。

平成5年(1993年)10月から行われた解体修理は外観を大きく変えている。何が復原されたかを知っておくと、建物の読み方が変わる。柱に残る小穴と、内法貫にみる方立の痕跡から、正面(西側)三間はもともと唐戸であったと推測された。修理では後補の蔀戸を撤去し、各間に方立・小脇板・藁座を復して、中央間を桟唐戸の両開、両脇間を桟唐戸の片開とした。正面と両側面の三方には切目縁も復されている。

現地で確かめたい細部

北側にまわってほしい。かつての総丹塗の痕跡が残っているのは北面だけである。風蝕の程度が小さかったためで、礎盤も北側に残る。庇に守られた部分に赤が残っているのを見ると、この堂が丹塗であった頃の姿が想像しやすくなる。

南北の側面は、前一間を桟唐戸の片開とし、中央間に花頭窓を開く。上辺を花形に切り取った窓で、禅宗建築とともに日本に入った形式である。八百津町の解説は、この花頭窓の曲線を室町中期の特色と説明している。残る面はすべて縦羽目板張。

縁と柱の取り合いにも目を落としたい。切目縁の上に礎盤を置く。これは珍しい例として修理報告に挙げられている。

内部では、来迎柱の背後に張り出していた後補の仏壇構えを撤去して来迎柱を復し、須弥壇にも勾欄が復された。床は拭板敷床をあらわし、天井は中央部を鏡天井、側廻りを化粧屋根裏とする。

本尊は木造聖観世音菩薩立像で、貞治7年の作、岐阜県指定重要文化財。ほかに室町時代の十六善神図が八百津町の指定文化財となっている。

可児御嵩インターチェンジから県道83号線をやおつトンネル経由で車約8分。境内入口に寺号標がなく、山門も道路から奥まっているため、入口を通り過ぎやすい。境内には自由に入ることができ、観音堂の外観は見学・撮影ができる。内部は常時公開されていないので、拝観を希望する場合は事前に寺へ問い合わせたい。八百津町は外交官杉原千畝の出身地としても知られ、町内には記念館がある。

Q&A

Q明鏡寺観音堂は拝観できますか。内部は公開されていますか。
A境内には自由に入ることができ、観音堂の外観は無料で見学・撮影ができます。内部は常時公開されていません。堂内の拝観を希望する場合は、事前に寺へ問い合わせてください。
Q明鏡寺観音堂はいつ建てられたのですか。
A文化庁の国指定文化財等データベースは15世紀末(西暦1401年から1500年)としています。一方、寺伝や現地の案内は貞治7年(1368年)の建立と伝えます。両者は一致しておらず、国のデータベースは伝承の年代を採用していません。
Q明鏡寺観音堂の建築はどこが珍しいのですか。
A小規模な三間仏堂に禅宗様(唐様)を用いながら、細部に和様を組み合わせている点と、禅宗様には珍しい茅葺である点です。粽、礎盤、浪連子、内部の詰組といった唐様の要素と、一軒疎垂木や寄棟造という和様の要素が同居しています。
Q明鏡寺観音堂の修理では何が復原されたのですか。
A平成5年(1993年)10月からの解体修理で、正面の後補の蔀戸を撤去し、方立・小脇板・藁座を復したうえで中央間を桟唐戸両開、両脇間を桟唐戸片開としました。正面と両側面の切目縁も復されています。内部では仏壇構えを撤去して来迎柱を復し、須弥壇に勾欄を戻しました。
Q明鏡寺観音堂へのアクセス方法を教えてください。
A可児御嵩インターチェンジから県道83号線をやおつトンネル経由で車約8分です。八百津町南部の伊岐津志、山際の集落に位置します。境内入口に寺号標がなく山門も道路から奥まっているため、入口を見落としやすい点に注意してください。

基本情報

名称明鏡寺観音堂(めいきょうじかんのんどう)
所在地岐阜県加茂郡八百津町伊岐津志
指定区分重要文化財(指定番号 02036)
指定年昭和52年(1977年)6月27日
員数1棟
寸法桁行三間、梁間三間(一辺約5.4メートル)、一重、寄棟造、背面左右脇壇付、茅葺
所有者明鏡寺
公開状況境内自由。外観の見学・撮影可。内部は常時非公開のため事前連絡が必要

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「明鏡寺観音堂」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1094
岐阜県公式ホームページ 文化伝承課「明鏡寺観音堂」
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/354504.html
八百津町ホームページ「明鏡寺観音堂(国指定重要文化財)」
https://www.town.yaotsu.lg.jp/1523.htm
文化遺産オンライン「明鏡寺観音堂」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/121904

最終更新日: 2026.08.06