中山道赤坂宿に残る旧家の屋敷

矢橋家住宅は、岐阜県大垣市赤坂町の旧中山道沿いに残る屋敷で、文化2年(1805年)の隠居から明治初め頃の茶室・西蔵まで8棟が、平成9年(1997年)7月15日にそろって国の登録有形文化財に登録された。

赤坂は中山道の宿場町で、江戸時代後半の天保14年(1843年)には宿内に292軒の町家が並んでいた。文久元年(1861年)、皇女和宮が降嫁の道中でこの宿に泊まる際には、迎える準備として家々の建て替えや新築が相次ぎ、「お嫁入り普請」と呼ばれている。矢橋家住宅は、その宿場の中心部にあたる街道の南側に、道へ北面して建つ。大垣市は、宿場の中心部の空気を今に伝える屋敷としてこれを景観遺産(第62号)に選び、「中山道赤坂宿の町並み」の景観を支える建物の一つにも数えている。

敷地の北西には金生山(きんしょうざん)がそびえる。石灰岩と大理石の山で、赤坂では明治34年(1901年)に矢橋亮吉を名義人とする矢橋大理石商店が創業し、この山の石を建築材として送り出した。矢橋の名は、宿場の町並みだけでなく、赤坂の石の産業史にも刻まれている。

60年あまりをかけて育った屋敷構え

8棟は一度に建ったものではない。文化庁の記録に沿って年代順に並べると、矢橋家住宅がどう広がっていったかが見えてくる。

  • 文化2年(1805年)隠居(竹雪廬)。屋敷内で最も古い建物で、敷地の西端に街道へ面して建つ
  • 天保4年(1833年)主屋。街道に面した平入の大型町家で、建築面積は284平方メートル
  • 天保年間(1830年から1844年)東蔵と中蔵。主屋と同じ頃の建築と考えられている
  • 嘉永年間(1848年から1854年)書院(紅於亭)と表門。書院は主屋の西に続く座敷棟で、表門は同じ頃の建築と推定される
  • 明治初め頃(1868年頃)茶室と西蔵。茶室は書院の南東に付き、西蔵は3棟の土蔵で最も大きい

通りに立つと、西から隠居、表門、主屋の順に街道沿いの顔が並ぶ。表門は主屋と隠居のあいだに開き、その奥で書院の式台玄関に通じる。書院は主屋の西に接して2間続きの座敷をつくり、さらに南東へ茶室が延びる。主屋の奥(南側)には中蔵が主屋に向かって口を開け、東蔵・西蔵とともに3棟の土蔵が屋敷の後ろを固める。

黒漆喰の軒裏と格子の町家を正面に据え、奥へ座敷・茶室・蔵を重ねていく構成は、街道の大店が代を重ねて整えた屋敷によく見られる形である。文化庁は表門・東蔵の説明で、これらが「大規模な屋敷構え」の特徴をよく示す要素だと評価している。1棟ずつの価値に加えて、8棟が揃って残ることが矢橋家住宅の意味である。

8棟の登録とその基準

矢橋家住宅の8棟は、平成9年(1997年)7月15日付で、第4回の登録として一括で登録された。登録番号は岐阜県を示す21に続く0002から0009で、登録有形文化財の制度が平成8年(1996年)に始まってまもない時期に、県内で最も早く登録された建造物群の一つにあたる。

適用された基準は2つに分かれる。主屋・表門・茶室と3棟の土蔵には「造形の規範となっているもの」が、隠居(竹雪廬)と書院(紅於亭)には「再現することが容易でないもの」が当てられた。前者は地方の大型町家とその付属屋の型をよく示すこと、後者は材料や仕上げ、職人の技能の質が高く、同じものを今つくり直すのが難しいことを理由にしている。

文化庁のデータベースでは8棟とも所有者の欄が空欄で、所有者名は公表されていない。

見学とアクセス

矢橋家住宅は一般公開されていない。大垣市も景観遺産の案内で非公開であることを明記しており、内部の見学や敷地への立ち入りはできない。見られるのは、旧中山道の路上から眺める街道沿いの外観である。

通りから確かめられるのは、主屋・表門・隠居(竹雪廬)の正面にほぼ限られる。書院・茶室・3棟の土蔵は主屋や塀の奥にあり、外から姿を追うのは難しい。非公開の屋敷なので、撮影は公道からにとどめ、門の内側をのぞき込んだり、敷地の前に長く立ち止まったりしないよう気をつけたい。

最寄り駅はJR東海道本線の支線(美濃赤坂線)の終点、美濃赤坂駅である。大垣駅から2駅で、駅を出て北へ進み、旧中山道に出たあたりが赤坂宿の中心部になる。矢橋家住宅までは歩いて5分ほど。美濃赤坂線は列車の本数が少ないため、出かける前に時刻表を確かめておくとよい。

参考文献

矢橋家住宅主屋(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000241
矢橋家住宅隠居(竹雪廬)(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000242
矢橋家住宅書院(紅於亭)(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000243
矢橋家住宅表門(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000244
矢橋家住宅茶室(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000245
矢橋家住宅東蔵(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000246
矢橋家住宅中蔵(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000247
矢橋家住宅西蔵(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000248
[62] 矢橋家住宅(大垣市公式ホームページ)
https://www.city.ogaki.lg.jp/0000019629.html
[78] 中山道赤坂宿の町並み(大垣市公式ホームページ)
https://www.city.ogaki.lg.jp/0000043892.html
登録有形文化財(建造物)(岐阜県公式ホームページ)
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/12417.html
登録有形文化財(建造物)(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
矢橋大理石の歩み(矢橋大理石株式会社)
https://www.yabashi-marble.co.jp/company/history/

最終更新日: 2026.09.24

基本情報

名称矢橋家住宅
所在地岐阜県大垣市赤坂町226
指定登録有形文化財 8件
座標35.39032, 136.58156