潜戸とは
潜戸は、門の大扉の脇や扉のなかに設ける小さな通用口である。大扉は車や荷を通すときだけ開き、日常の出入りは潜戸で足りる。
構造及び形式等欄に定型で記される。京都府の真宗本廟東本願寺には「三間一戸薬医門、本瓦葺、両脇袖塀附属、潜戸付」と記録された門がある。潜戸付という語が、門の仕様の一部として並ぶ。
京都府の神光院山門は江戸後期の建築で、「一間薬医門、切妻造本瓦葺。五平の太い本柱頂部に女梁を組み、厚めの冠木を渡し…」と解説され、和歌山県の平松家住宅長屋門は「中央南寄りに門を開き、ケヤキ1枚板の板戸を両開きに吊り、北脇に潜戸を吊る」と解説されている。大扉の北脇に潜戸を吊る構成である。
石造の門にも設けられる。岩手県の佐藤家住宅正門及び石塀は大正末期の築造で、「正門は花崗岩製の本柱2本と潜戸用の控柱1本からなり、扉は変更されている」と解説されている。潜戸のために柱を1本増やしている。
脇戸との書き分け
記録には脇戸という語も現れる。愛媛県の松山城筒井門は昭和46年の復元で、「石垣に挟まれる脇戸付櫓門で、上階は西続櫓と東続櫓に接続する」と解説されている。同じ松山城の筋鉄門は「一間一戸脇戸付」と記される。
潜戸と脇戸はいずれも大扉の脇に設ける小さな戸を指す。城郭の記録では脇戸、寺社や民家の記録では潜戸が使われる傾向があるが、厳密な使い分けではない。引用するときは記録の語をそのまま用いたい。
露地の門にも用いられる。愛知県の神谷家住宅中潜門は昭和前期の建築で、「間口1.7メートルの一間腕木門、切妻造銅板葺で、潜戸片引きとする」と解説されている。中潜門という名自体が、露地の途中に設ける潜り門を指す。
現地では大扉の脇を見るとよい。人ひとりが通れる幅の小さな戸が別に吊られていれば潜戸である。敷居が高く、またいで入る構えになっていることが多い。
参考文献
- 文化庁 文化財の紹介 登録有形文化財(建造物)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
- 国指定文化財等データベース(文化庁)真宗本廟東本願寺/長屋門、建築面積230.02㎡、2階建、入母屋造
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00005517
- 国指定文化財等データベース(文化庁)平松家住宅長屋門/外壁は腰を簓子下見板張とし、土壁に武者窓を穿つ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009203
- 国指定文化財等データベース(文化庁)佐藤家住宅正門及び石塀/花崗岩江戸切の下部と凝灰岩ビシャン叩きの上部
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003030
- 国指定文化財等データベース(文化庁)松山城筒井門/石垣に挟まれる脇戸付櫓門、正面廻りには狭間を開く
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014299
- 国指定文化財等データベース(文化庁)神谷家住宅中潜門/良質な露地空間を演出する
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009290
最終更新: 2026.09.10