荻野吟子の生家から移された門

光恩寺長屋門は、群馬県邑楽郡千代田町赤岩の光恩寺にある江戸時代末期の長屋門で、平成11年(1999年)2月17日に国の登録有形文化財となった。日本で初めて公許の女性医師となった荻野吟子の生家の門として知られ、寺では「荻野吟子生家長屋門」と呼んでいる。

もとは利根川の対岸、俵瀬村(現在の埼玉県熊谷市俵瀬)で名主を務めた荻野家の門だった。文化庁の解説によれば、檀家の斡旋によって旧妻沼町の荻野家から明治20年(1887年)ごろに移築された。寺の説明では、吟子が東京の本郷で医院を開いたころに実家の建物を整理することになり、荻野家の近所に住んでいた光恩寺の檀家が間を取り持ったという。

建物は木造平屋建で、屋根は寄棟造の瓦葺、壁は真壁造りとする。建築面積は83平方メートル。文化庁は飾り気の少ない素朴な長屋門と説明している。いまは寺の庫裏へ通じる通用門として使われており、山門とは別の出入口にあたる。

登録の理由と価値

光恩寺長屋門は、登録基準のうち「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に当てはまるとして登録された。登録番号は10-0035。同じ日に登録された庫裏・客殿・石蔵の3棟が「造形の規範」の基準によるのに対し、この門だけは景観への寄与を理由としている。庫裏へ向かう入口に構え、寺の奥向きの手前を締めているという位置が、評価の軸になっていると読める。

もう一つの価値は来歴にある。荻野吟子は嘉永4年(1851年)、俵瀬村の名主荻野綾三郎の五女として生まれた。明治6年(1873年)11月、医師を志してこの門を出て上京し、東京女子師範学校と私立医学校の好寿医院で学んだ。明治18年(1885年)、前年に女性の受験が初めて認められた医術開業試験に合格し、公許の女性医師の第一号となった。

寺の公式サイトによれば、生家の建物で現存するのはこの長屋門だけである。吟子が生まれ育った家の姿を、実物の建物として確かめられるただ一つの手がかりということになる。保存修理も行われ、工事報告書が平成15年(2003年)3月に刊行された。

見どころ

門の前に立つと、寄棟の瓦屋根が四方へ下り、壁面には柱の線がそのまま見える。真壁の造りは壁を柱の間に納めるので、骨組みの割付けが外から読み取れる。寺の本堂や山門のような彫刻や組物はない。村の名主の屋敷門として建てられた建物であることは、この飾り気の少なさに表れている。

通路の先に目を向けると、奥に庫裏の大きな妻が見える。光恩寺長屋門をくぐった先が寺の生活の場であることが、この位置関係から分かる。門と庫裏はともに外から移されてきた建物で、並んで見ると江戸時代末期の農村の住まいの構えが寺の中に再現されているようにも見える。

門をくぐること自体にも意味が与えられている。吟子がこの門を出て医師への道を歩み始めたことから、寺では「受験合格の門」と呼び、毎年1月1日から4日まで門を開いて参拝者に通り抜けてもらっている。吟子にちなむ合格祈願の絵馬も授与している。

見学方法

光恩寺長屋門の外観は、寺の拝観時間内であれば境内から見られる。門を通り抜けられるのは原則として1月1日から4日までで、それ以外の日に通り抜けを希望する場合は、事前に寺(電話0276-86-2157)へ問い合わせる。門の内部の部屋を公開するという案内はない。

撮影の可否について寺の案内に記載はない。正月の開門期間は受験生の参拝が多いので、門の前で撮るなら人の流れを妨げない位置を選びたい。境内への行き方と拝観時間は光恩寺のページにまとめてある。

Q&A

Q光恩寺長屋門はなぜ「荻野吟子生家長屋門」と呼ばれるのですか?
A日本で初めて公許の女性医師となった荻野吟子の生家、埼玉県熊谷市俵瀬の荻野家の門を移築した建物だからです。吟子は明治6年(1873年)にこの門を出て上京し、明治18年(1885年)に医術開業試験に合格しました。
Q光恩寺長屋門はいつ建てられ、いつ光恩寺に移されたのですか?
A建築は江戸時代末期です。文化庁の解説では明治20年(1887年)ごろに檀家の斡旋で荻野家から移築されました。寺の公式サイトには明治16年(1883年)の本堂造営と同じころに移したとする記述もあり、年代は資料によって異なります。
Q光恩寺長屋門をくぐることはできますか?
A寺は毎年1月1日から4日まで門を「受験合格の門」として開き、参拝者が通り抜けられるようにしています。ほかの日に通り抜けたい場合は、事前に光恩寺(0276-86-2157)へ問い合わせてください。外観は拝観時間内に境内から見られます。
Q光恩寺長屋門はいつ登録有形文化財になったのですか?
A平成11年(1999年)2月17日に登録されました。登録番号は10-0035で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準によります。同じ日に光恩寺の庫裏・客殿・石蔵も登録されています。
Q荻野吟子の生家で残っている建物は光恩寺長屋門だけですか?
A寺の公式サイトによれば、生家の建物で現存するのはこの長屋門だけです。吟子の生家をしのぶことのできる唯一の建物として、寺が保存修理を行ってきました。

基本情報

名称光恩寺長屋門(荻野吟子生家長屋門)
所在地群馬県邑楽郡千代田町大字赤岩甲1041
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成11年(1999年)2月17日登録
員数1棟
寸法建築面積83平方メートル
所有者光恩寺
公開状況外観は境内から見学可。通り抜けは1月1日〜4日(ほかは要問い合わせ)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)|光恩寺長屋門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001036
文化遺産オンライン|光恩寺長屋門
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177256
赤岩山 光恩寺 公式ホームページ|荻野吟子女史・受験合格の門
https://www.akaiwasan-kouonji.or.jp/pray_for_success.html
赤岩山 光恩寺 公式ホームページ|文化財・寺宝
https://www.akaiwasan-kouonji.or.jp/treasure.html
赤岩山 光恩寺 公式ホームページ|由緒
https://www.akaiwasan-kouonji.or.jp/
全国文化財総覧|登録有形文化財光恩寺長屋門保存修理工事報告書
https://sitereports.nabunken.go.jp/133633

最終更新日: 2026.09.25