浅黄綾威鎧〈兜、大袖付〉とは:端正な姿に鎌倉時代後期の特色が著しい大鎧

浅黄綾威鎧〈兜、大袖付〉(あさぎあやおどしよろい〈かぶと、おおそでつき〉)は、広島県廿日市市宮島町の厳島神社が所有する鎌倉時代の大鎧で、昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、兜と大袖が付き、員数は1領、高さ76.5センチメートル、兜の鉢の高さ11.5センチメートル、大袖の高さ38.0センチメートルで、所有者は厳島神社である。

文化庁の記録では、大正12年(1923年)3月28日に当時の制度で指定されている。

浅黄綾威鎧〈兜、大袖付〉の仕立て

文化庁によると、黒漆塗りの鉄と革の小札を浅黄の綾で威しているが、綾は失われ、浅黄の布を三つに畳んだ芯だけが残る。菱縫の赤糸はほぼ完存する。弦走の韋は牡丹地に不動明王と二童子を染めたもので、各金具廻りは向獅子牡丹文の染韋を用いる。

兜は鉄地黒漆塗りの三十二枚張の円鉢で、四方白の鍍銀とし、眉庇に鍬形台を打って鍬形を挿す。しころは5段、大袖は7段である。

浅黄綾威鎧〈兜、大袖付〉の見どころ

文化庁は、鎌倉時代前期のものと比べて、小札が細く精緻になり、胴の裾開きが上下同幅か裾絞りの傾向を示すこと、兜の星が小さく密になることなど、豪壮さに代わって端正な形姿となった鎌倉時代後期の特色が著しいとしている。

文化庁によると、長側と大袖の板は普通4段と6段であるのに、5段と7段に仕立ててあり「着長」の名にふさわしい。威糸と金物の色彩が壮麗な趣を加えた、当代の典型を示す一領である。

浅黄綾威鎧〈兜、大袖付〉の見学方法

鎧は厳島神社が所有しており、常時公開されているわけではない。公開の予定は厳島神社の案内で確かめたい。

Q&A

Q浅黄綾威鎧はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定されました。
Q浅黄綾威鎧の特徴は?
A小札が細く精緻になり、端正な形姿となった鎌倉時代後期の特色が著しい鎧です。
Q浅黄綾威鎧の大きさは?
A高さ76.5センチメートル、大袖の高さ38.0センチメートルです。
Q「着長」とは?
A長側と大袖を通常より1段ずつ多い5段と7段に仕立てた長い鎧で、この鎧がそれにあたります。
Q浅黄綾威鎧の所有者は?
A厳島神社です。

基本情報

名称浅黄綾威鎧〈兜、大袖付〉(あさぎあやおどしよろい〈かぶと、おおそでつき〉)
所在地広島県廿日市市宮島町(厳島神社)
指定区分国宝(工芸品)
指定年昭和26年(1951年)6月9日指定(大正12年(1923年)3月28日旧制度指定)
員数1領
寸法高さ76.5センチメートル、兜鉢高11.5センチメートル、大袖高38.0センチメートル
所有者厳島神社
公開状況常時公開ではない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「浅黄綾威鎧〈兜、大袖付〉」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/325
文化遺産オンライン「浅黄綾威鎧」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/149911

最終更新日: 2026.09.29