二子塚古墳:ヤマトと吉備の物語を秘めた西日本最後期の前方後円墳

広島県東部、福山市駅家町の丘陵にひっそりと佇む二子塚古墳(ふたごづかこふん)は、日本の古墳時代の終焉を物語る貴重な史跡です。今からおよそ1400年前、6世紀末から7世紀初頭に築造されたこの古墳は、西日本において前方後円墳が造られなくなる時期に最後期に築かれた大型墳の一つに数えられます。墳丘の内部には2基の横穴式石室が眠り、後円部の石室は全長14.9メートルを誇る吉備地域屈指の規模です。そこには、瀬戸内海を舞台に繰り広げられた古代国家形成の政治的なドラマの痕跡が、確かに刻まれています。

2009年に国の史跡に指定された二子塚古墳は、観光地化されすぎていない静かな趣を保っています。森の中の小道をたどると、突然開ける墳丘の姿。説明板に目を通せば、目の前の小高い盛り土が、古代史の鍵を握る遺構であることに気づかされます。

歴史的背景

古墳時代(およそ3世紀から7世紀)は、日本各地に「古墳」と呼ばれる大規模な墳墓が築かれた時代です。なかでも前方後円墳は、上空から見ると鍵穴のような独特の形をしており、円形の後円部と台形状の前方部から構成されます。この形は単なる墓所ではなく、奈良・大阪を中心に勢力を伸ばしていたヤマト政権との結びつきを示す政治的シンボルでもありました。

しかし6世紀後半になると、巨大な前方後円墳の時代は終わりを迎えます。代わって小型の円墳が主流となり、政治体制も中央集権的な律令国家へと移行していきました。まさにこの過渡期に、それまで前方後円墳がほとんど築かれなかった備後地域に、二子塚古墳が突如として姿を現します。研究者を長く惹きつけてきたのは、この「なぜこの時期に、この場所に」という謎です。

2002年から2005年にかけて、福山市教育委員会による発掘調査が行われ、墳丘の全体規模と精緻な築造技術が明らかになりました。この調査は二子塚古墳の歴史的価値を改めて浮き彫りにし、貴重な副葬品の数々を世に送り出すことにもつながりました。

国史跡に指定された理由

二子塚古墳は1948年(昭和23年)に広島県史跡に指定され、2009年(平成21年)7月23日に国の史跡として格上げされました。その価値は、おもに次の三つの観点から評価されています。

西日本における前方後円墳の終焉を物語る

二子塚古墳は、西日本で築造された前方後円墳のなかでも、最も新しい時期に造られたものの一つです。6世紀末から7世紀初頭という築造年代は、約400年にわたって日本の景観を形作ってきた前方後円墳という葬制が、まさに歴史の幕を閉じようとしていた瞬間と重なります。

畿内地域との深いつながり

後円部石室に納められていた石棺は、地元備後で採れる石材ではなく、播磨(現在の兵庫県)産の竜山石(凝灰岩)を用いた組合せ式石棺でした。この竜山石は、畿内地域の有力な前方後円墳でも採用された石材です。石棺の材質に加えて、石室の構造や出土遺物にも畿内との関連が読み取れ、当時の備後とヤマト政権との結びつきが具体的にうかがえます。

ヤマト政権と吉備の政治関係を読み解く窓

古代の吉備(現在の岡山県と広島県東部)は、ヤマト政権にとって最も警戒すべき有力勢力の一つでした。その吉備の中心からやや離れた備後の地に、突如として大型の前方後円墳が築かれたことは、ヤマト政権が吉備周辺の有力豪族を取り込みながら勢力を広げていった過程を示すと考えられています。二子塚古墳は、古代国家形成期の政治地図を具体的に物語る、きわめて重要な遺跡なのです。

魅力・見どころ

優美な前方後円墳の墳丘

墳丘の全長は68メートルで、後期古墳としては広島県内最大級の規模を誇ります。後円部は直径41メートル、高さ6.5メートル、前方部は幅27メートル、高さ4メートル。周囲には幅1.6から4メートル、深さ最大1.8メートルほどの周溝が巡っており、それを含めた総長は73.4メートルにもなります。現在も森の中をゆっくり歩けば、その鍵穴形の輪郭をはっきり感じ取ることができます。

備後地方最長の大型石室

この古墳のハイライトといえば、後円部に開口する横穴式石室です。全長14.9メートルは吉備地域でも屈指の規模で、広島県内では最長を誇ります。玄室(遺体を納める部屋)は長さ6.8メートル、幅2.1から2.6メートル、高さ3.3メートル。そこへと続く羨道は長さ8.1メートルあり、両袖式と呼ばれる形式で築かれています。壁面は花崗岩を内側に傾けながら積み上げ、奥壁は一枚岩で塞がれているなど、堂々とした造りには圧倒されます。なお、後円部石室は通常は公開されておらず、内部の見学を希望される場合は事前に福山市文化財担当への申込が必要です。

2基の石室をもつ珍しい構造

二子塚古墳には、後円部だけでなく前方部にも横穴式石室があります。前方部の石室は後世にかなり破壊されているものの、長さ約12.6メートルと判明しています。1基の墳丘に大型石室を2基もつ例は珍しく、複数の有力者が葬られていた可能性をうかがわせます。

全国に類例のない金銅製双龍環頭柄頭

後円部石室から出土した副葬品の中でも、特に注目を集めるのが「金銅製双龍環頭柄頭(こんどうせいそうりゅうかんとうつかがしら)」です。これは大刀の柄に付けられた飾りで、立体的に表現された2頭の龍がそれぞれ玉をくわえ、背びれで結ばれた意匠は全国的にも類例がない独創的なものです。ほかにも須恵器・土師器、鉄製武器、馬具などが出土しており、被葬者の権勢の大きさを物語っています。

緻密に築かれた版築状の墳丘

発掘調査によって、墳丘は赤褐色・黒色・灰色・黄色という4種類の土を交互につき固める版築状盛土の技法で築かれていることが分かりました。さらに、内側の小円墳状の盛土を先に造り、それを段階的に拡張していく二段築成の手法も確認されています。大型の石室を支えるだけの強度を確保する、当時の高度な土木技術が見て取れます。

訪問の手引き

二子塚古墳は「福山古墳ロード」と呼ばれる散策コースに組み込まれており、地域のボランティアと福山市の協働により案内板や遊歩道が整備されています。墳丘そのものは日中であればいつでも自由に見学でき、入場料も不要です。石室への立ち入りのみ、事前申込制となっています。

墳丘へは林の中の上り坂を歩くため、歩きやすい靴でお越しください。新緑に包まれる春や、紅葉が古墳を彩る秋は、ことのほか趣のある景色を楽しめます。

周辺の見どころ

福山古墳ロード

二子塚古墳を含む散策路で、最明寺跡、池ノ内遺跡、宝塚古墳、最明寺、権現古墳、そして江戸時代の溜池である服部大池などを巡ることができます。半日ほどかけて歩けば、先史時代から古代、近世までの歴史が積み重なる備後の風景をたっぷりと味わえます。

広島県立歴史博物館

福山市中心部にある県立博物館では、備後地域から出土した遺物が多数展示されており、二子塚古墳に関連する資料も収蔵されています。古墳を訪れる前後に立ち寄れば、出土した金銅製双龍環頭柄頭などを間近で観察でき、理解がより深まります。

鞆の浦

福山駅からバスで約40〜45分の鞆の浦は、江戸時代の港町の面影を色濃く残す名所です。常夜灯や雁木、酒蔵や町家が並ぶ街並みは、スタジオジブリ映画「崖の上のポニョ」の構想の地としても知られています。

福山城

福山駅の正面にそびえる福山城は、戦後に再建された天守を博物館として活用しています。古墳めぐりと合わせて立ち寄りやすく、福山藩の歴史にも触れられる人気のスポットです。

Q&A

Q石室の中に入ることはできますか?
A後円部石室は保存上の理由から通常は公開されていません。内部の見学を希望される場合は、福山市文化財担当(電話:084-928-1278)への事前申込が必要です。墳丘の外観は自由に見学できます。
Q他の古墳と比べて、二子塚古墳はなにが特別ですか?
A西日本で前方後円墳が築かれなくなる時期に、それまで前方後円墳がほとんど見られなかった備後地域に突如として現れた最後期の大型墳である点が特筆されます。さらに県内最長の石室や畿内系の竜山石製石棺をもち、6世紀末〜7世紀初頭のヤマト政権と吉備の政治関係を解明するうえで重要な手がかりとなっています。
Q見学にはどれくらい時間がかかりますか?
A墳丘を中心に見学する場合は30分程度が目安です。福山古墳ロードを歩いて周辺の遺跡も巡る場合は、ゆっくり歩いて3〜4時間ほどを見ておくと安心です。
Q入場料はかかりますか?
Aいいえ、無料で見学できます。日中であれば年中いつでもご自由にどうぞ。
Q福山駅からの行き方は?
AJR福塩線で福山駅から駅家駅まで約25分、そこから徒歩約10分です。福山駅からタクシーを利用する方法もあります。

基本情報

名称 二子塚古墳(ふたごづかこふん)
所在地 広島県福山市駅家町中島・新山
指定区分 国指定史跡(2009年7月23日指定/1948年9月17日に広島県史跡指定)
形状 前方後円墳
築造時期 6世紀末から7世紀初頭
墳丘長 68メートル(周溝を含めた総長は73.4メートル)
後円部 直径41メートル、高さ6.5メートル
前方部 幅27メートル、高さ4メートル
後円部石室 両袖式横穴式石室、全長14.9メートル(玄室:長さ6.8m、幅2.1〜2.6m、高さ3.3m/羨道:長さ8.1m)
石棺 播磨産竜山石(凝灰岩)製の組合せ式石棺
主な出土品 金銅製双龍環頭柄頭、須恵器、土師器、鉄製武器、馬具など
管理団体 福山市
アクセス JR福塩線「駅家駅」から徒歩約10分
入場料 無料(石室見学は事前申込制)
問い合わせ 福山市文化財担当 電話:084-928-1278

参考文献

二子塚古墳 - 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/140424
二子塚古墳(ふたごづかこふん)- 福山市ホームページ
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64146.html
【国史跡】二子塚古墳 - 福山観光コンベンション協会
https://www.fukuyama-kanko.com/travel/tourist/detail.php?id=48
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003645
福山古墳ロードを歩こう
http://kofunroad.mokuren.ne.jp/

最終更新日: 2026.05.13