ヤマモトロックマシン(旧山本鉄工所)便所棟―建築面積一八平方メートルの登録有形文化財

建築面積18平方メートル。第一工場の西方に並行して建つ、木造平屋建・鉄板葺の小さな建物である。昭和十四年(1939年)頃、工場で働く従業員のための便所として建てられ、平成二十八年(2016年)に工場群とともに国の登録有形文化財となった。

文化財の登録原簿に工場の便所が載ることは、そう多くない。この一棟が載っている理由は、建築の意匠にはほとんど関わらない。何が備えられていたか、である。

文化庁のデータベースは二点を挙げる。耐寒のためガラス窓を二重にしていること。そして、建設当初から水洗式であったこと。東城町は中国山地の中にあり、冬は長い。昭和十四年頃の山間の工場町で、このいずれもが当たり前のものではなかった。国の記録は、この建物を「当時、先端の技術を集め、衛生的に配慮して建てられたことを示す」と評している。

登録の理由と価値

便所棟の登録は平成二十八年(2016年)二月二十五日、登録番号34-0160、第八十三回登録による。同日に同社の七棟が登録され、さらに通りに面する旧本社事務所兼主屋が令和六年(2024年)十二月に加わった。

登録制度は平成八年(1996年)に始まった、指定より緩やかな保護の仕組みである。国宝や重要文化財の指定が、古く希少な建造物に見合う厳格な規制を伴うのに対し、登録は許可ではなく届出を基本とし、現に使われている近代の建物を主な対象とする。工場の便所が国の原簿に載りうるのは、この制度があってのことだ。従来の指定制度のもとでは、そもそも検討の俎上に上がらなかった。

ここで登録されているのは、一棟の建物というより、一つの経営のありようである。道を挟んだ南側には旧自治寮の建物群が残る。家族棟、桁行五九メートルの片廊下に十畳の居室が並ぶ独身棟、一階を食堂・二階を娯楽室とする棟。近くには青年学校が建ち、その二階には四学年分・六室の教室が設けられていた。庄原市によれば、この建物での養成工教育は昭和五十年代半ば頃まで続いたという。便所棟は、その同じ話の一部である。従業員のために教室と娯楽室を建てた会社は、工場の端に二重ガラスと水洗設備も用意していた。

見どころ

平面は単純で、見る前に知っておくとよい。西側に大便所、東側に小便所と手洗いを並べる。18平方メートルの建物では、この振り分けが設計のほとんどすべてである。

注目したいのは二重にされたガラス窓だ。昭和十四年頃、小さな附属屋にガラスを二枚重ねる工夫は、一月の東城で用を足す時間を耐えられるものにする以外に用途のない出費である。社史よりも雄弁に、雇う側の考え方を示す種類の判断といえる。

すぐ東に建つ第一工場は桁行七八メートル、中央を持ち上げた屋根の上にさらに越屋根を載せる。その隣で、この小屋はほとんど付け足しのように見える。だが付け足しではない。両者は昭和期を通じて続いた一連の建設計画の一部であり、しかもこの種の附属屋は、水回りの近代化に伴って真っ先に取り壊されてきた。残っていること自体が珍しい。

実際的な注意を一つ。敷地は私有地に建つ稼働中の工場で、随時の見学はできない。建物群の保存活用に関わる有志が会社と共に不定期の見学会を開き、年によっては十一月初旬の「お通り」に合わせて、この建物を含む内部が少額の入場料で公開されてきた。毎年の恒例ではないため、訪ねる前に庄原市の観光協会などへ確認したい。工場群の外観は公道から見えるが、便所棟は主要な工場の背後にあたるため、外からは見分けにくい。

Q&A

Qなぜ便所が文化財に登録されているのですか。
A備えられていた設備によります。国の記録は、耐寒のための二重ガラス窓と、建設当初からの水洗式という二点を挙げ、この建物を、工場が衛生と従業員の労働条件に配慮して整備されたことを示す遺構として位置づけています。
Qどのくらいの大きさですか。
A建築面積18平方メートル、木造平屋建、鉄板葺です。第一工場の1421平方メートルと比べれば、ここで登録された建物のなかでは群を抜いて小さい一棟にあたります。
Qいつ建てられたのですか。
A文化庁は「昭和14頃(1939頃)」と、確定年ではなく推定として記録しています。昭和十二年の第二工場に続く時期であり、株式会社山本鐵工所が設立された年にあたります。
Q内部を見ることはできますか。
A所有者の協力による不定期の見学会に限られます。工場は通常どおり操業しており、来訪者を受け入れる体制はありません。予告なく訪ねるのではなく、庄原市の観光協会などへ事前に確認してください。
Q東城で他に見るべきものはありますか。
A旧市街には城下町の町割りが残り、見通しを断つためのかぎ型の街路も見られます。明治二十四年上棟の三楽荘(旧保澤家住宅)は本館ほか五件が登録有形文化財で、同じ地区の角地に建ちます。帝釈峡の神龍湖に架かる神龍橋も車で足を延ばせる登録建造物です。

基本データ

名称ヤマモトロックマシン(旧山本鉄工所)便所棟
ふりがなやまもとろっくましん(きゅうやまもとてっこうしょ)べんじょとう
所在地広島県庄原市東城町東城字下町6-3他
指定区分登録有形文化財(建造物)/種別 産業2次・建築物
登録年月日平成28年(2016年)2月25日 登録番号34-0160 第83回登録
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
年代昭和14年頃(1939年頃)
構造及び形式木造平屋建、鉄板葺、建築面積18平方メートル
員数1棟
所有者ヤマモトロックマシン株式会社(営利法人)
公開状況非公開(稼働中の工場・私有地)。不定期の見学会のみ、事前確認が必要
交通中国自動車道 東城ICから車で約5分/JR芸備線 東城駅

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「ヤマモトロックマシン(旧山本鉄工所)便所棟」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010996
庄原市「登録文化財」
https://www.city.shobara.hiroshima.jp/main/education/shogaigakushu/cat02/02/post_192.html
ヤマモトロックマシン株式会社「会社案内・沿革」
https://yrm.co.jp/company-info/

最終更新日: 2026.07.22