16棟が登録された、引野の農家

赤木家住宅は、兵庫県豊岡市引野972にある農家で、16棟が2006年(平成18年)3月2日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。主屋は1870年に建てられ、ほかの15棟は明治の範囲とされる。

16棟は、主屋、離れ(北涼館)、表門、番人小屋、中門及び塀、西門、西土蔵、西味噌蔵、西米蔵、西倉庫、西物置、東作業場、東籾蔵、石垣、塀一、塀二である。

文化庁は主屋を、農家建築として質、規模共に秀でる、と記す。ふりがなは、あかぎけじゅうたく、である。

西の辺に、蔵が隣から隣へ連なる

敷地の西側に、建物が途切れずに並んでいる。

文化庁は西土蔵を、敷地西側の北端に位置する、と記す。西味噌蔵は西土蔵の南側に接して建ち、西米蔵は西味噌蔵の南側に接して建ち、西倉庫は西米蔵の南側に接して建つ、とされる。

それぞれの位置が、北隣の棟から順に示される。西倉庫については、北面に壁を設けず、西米蔵の外壁を兼用する、とある。隣の蔵の壁を、自分の壁としている。

その南に西物置があり、西物置と西倉庫の間に西門が棟をやや低くして建つ、とされる。

小原屋原田商店では、塩蔵と新座敷の位置が文庫蔵という一つの蔵から示されていた。

本件は、基準が一つではなく、隣から隣へと受け渡される。西米蔵は敷地西側の土蔵群を構成し、西味噌蔵は連続した蔵の景観を作り出す、と記録は結ぶ。

表門の横に、番人小屋が建つ

門の脇に、見張りのための小さな建物がある。

文化庁は番人小屋を、表門の北側に位置し、桁行1間半、梁間1間の規模で、東側に格子窓を開く、と記す。建築面積は6.0平方メートルで、16棟のなかで最も小さい。

表門は、間口2間の腕木門で、柱を8寸角とし、鋲を3段に打った両開き板戸が取り付く、とされる。表側に5段の切り石段を設け、道路より高さ0.9メートル上に建つ、とある。

東籾蔵については、年貢米を収納する蔵として使われた、と記される。

大石家住宅と重田家住宅にも門はあったが、番人の小屋は記録にない。

本件は、門に番人の小屋を添え、年貢米を納める蔵をもつ。表門と番人小屋は、ともに屋敷の表構えを構成する、とされる。

塀が、番号で呼び分けられる

二つの塀に、場所でも用途でもなく数字の名が付いている。

塀一は、敷地東辺の番人小屋北側及び北辺に廻る桟瓦葺の屋根付きの木造塀で、延長68メートルとされる。

塀二は、敷地南辺と南西隅に廻る鉄板葺屋根付きの木造塀で、延長40メートルとされる。

瓦葺の塀一と鉄板葺の塀二とが、一と二で分けられる。大石家住宅では東北築地塀、東塀、南築地塀と、位置で呼ばれていた。

石垣は、敷地周囲を廻り延長202メートルで、員数の単位は所とされる。場所によって積み方が異なる、とある。

石垣、塀一、塀二、中門及び塀が、広い敷地の縁を囲むことになる。

見学

所在は兵庫県豊岡市引野972である。16棟とも同じ地番で記される。

主屋は建築面積278平方メートルで16棟のなかで最も大きく、番人小屋の6.0平方メートルのおよそ46倍になる。西土蔵は148平方メートル、東作業場は174平方メートルである。

同じ豊岡市の但東町には、同じく16棟が登録された大石家住宅がある。

宮崎県都農町にも同じ名の住宅があるが、別の文化財である。

所有者の記録がなく、公開の有無や条件は所有者の定めによる。訪問前に確認したい。

参考文献

文化遺産オンライン 赤木家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/190040
文化遺産オンライン 赤木家住宅西倉庫
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/151925
文化遺産オンライン 赤木家住宅番人小屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/196319
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.22

基本情報

名称赤木家住宅
所在地兵庫県豊岡市引野972
指定登録有形文化財 16件
座標35.49760, 134.81805