長遠寺(尼崎市寺町)── 元和9年の本堂と市内唯一の多宝塔
阪神尼崎駅から南西へ歩くと、寺町の通り沿いに白い亀腹をもつ小ぶりな多宝塔が見えてくる。日蓮宗の寺、大堯山長遠寺である。境内には国の重要文化財に指定された建物が二棟あり、本堂と多宝塔が昭和49年(1974)5月21日に同時に指定された。
読みは地元では「じょうおんじ」。国の文化財データベースには「ちょうおんじ」の読みも記載されている。尼崎城の城下町として整えられた寺町の一角に静かに建つ。
法花寺から長遠寺へ
寺伝『大堯山縁起』によれば、長遠寺は観応元年(1350)、永存院日恩によって七ツ松の地に創建されたと伝わる。のちに旧尼崎町の巽(たつみ)、現在の東本町あたりに再興され、当時は法花寺と呼ばれていた。
戦国末期にこの地にあったことは文書からも確かめられる。元亀3年(1572)の織田信長の禁制には「摂州尼崎内市場巽長遠寺」とあり、寺の所在と存在が当時すでに認められていたことがわかる。
現在地への移転は元和3年(1617)。尼崎城の築城にともない、町に散らばっていた寺院がまとめて移され、寺町という一画が生まれた。長遠寺もそのときこの地に移り、本堂と多宝塔がここで建て直された。以来、寺町を離れていない。
二棟がセットで残る価値
本堂と多宝塔が一括して扱われる理由は明快である。近世初頭の本堂と塔が、同じ境内に揃って残る例は多くない。長遠寺はその二棟を17世紀初めの一組として今に伝えており、その完結性こそが評価の核となっている。
いずれの建物も桃山時代の特徴をよく示す。彫刻や全体の比例にその時代の手が見え、棟札に記された建立年がやや下る場合でも、様式の上では桃山の気配を残している。
本堂 ── 日蓮宗らしい平面を木で組む
本堂は桁行五間、梁間六間。入母屋造で、屋根は格の高い本瓦葺。正面中央の一間には参拝者を迎える向拝が張り出す。
堂内には慶長3年(1598)と元和9年(1623)の二枚の棟札が残る。昭和56〜58年(1981〜83)の修理によって、現在の本堂は元和9年の建築であり、しかも移築ではなくこの地で建てられたことが確かめられた。
正面の三段の木階段を上ると、細部が目を引く。階段の両脇には擬宝珠柱を立てて登高欄をつけ、縁は四周にめぐらせて同じ擬宝珠高欄を置く。向拝柱は面取りした角柱、主屋の柱は円柱と使い分ける。内陣は堂中央の三間四方をあて、その両脇を脇陣とし、内陣の背面寄りに須弥壇を据えて上方に彩色を施す。この構成は日蓮宗寺院に特有のもので、復元された平面は中世から近世への過渡的な姿を示す点でも貴重とされる。
多宝塔 ── 向きを変えて建て直された塔
多宝塔は、下層が方形、上層が円形という日本独特の仏塔形式で、本来は法華経に説かれる多宝如来を安置する。長遠寺の多宝塔は尼崎市内で唯一のものである。
建立は慶長12年(1607)。当初は巽の旧境内に正面を西に向けて建てられた。元和3年(1617)の移転の際、塔も現在地へ移されたが、このとき正面を東に向けて建て直されている。この向きの変更は記録には残っておらず、阪神・淡路大震災後の保存修理で解体したときに初めて判明した。
下層は方三間で、周囲に擬宝珠高欄付きの縁をめぐらせる。縁の下には亀腹と呼ばれる四分円形の白漆喰の土壇が築かれ、これが多宝塔らしい輪郭を生む。上層は12本の円柱を円形に建てて屋根を支える。軒下の組物や蟇股に、桃山時代の特徴を読み取ることができる。
寺町を歩く ── 周辺とアクセス
長遠寺は尼崎市寺町10、阪神尼崎駅から南西へ約450メートルのところにある。周囲の寺町は、江戸初期に計画的につくられた寺院街がそのまま残る貴重な一画で、本興寺や大覚寺など近隣の寺も徒歩圏にある。午後のひとときで、いくつかの境内を歩いて回ることができる。
本堂と多宝塔は平成7年(1995)の阪神・淡路大震災で大きな被害を受け、3年をかけて修復された。近年これらの建物が詳しく調べられたのも、この修理がきっかけである。いずれも信仰の場として今も使われており、内部は常時公開されているわけではない。境内や、通りから目を引く多宝塔の外観は、常識的な時間帯であれば見学できる。建物の拝観や現在の状況については、事前に寺へ問い合わせるとよい。
2019年に再建された尼崎城や市立の歴史博物館も近い。これらを合わせて訪ねると、なぜこの一帯に寺が集まったのかがよく見えてくる。
Q&A
- 寺の名前は何と読みますか。
- 地元では「じょうおんじ」と読みます。国の文化財データベースには「ちょうおんじ」の読みも載っているため、両方の表記を見かけることがあります。
- どの建物が重要文化財ですか。
- 元和9年(1623)の本堂と、慶長12年(1607)の多宝塔です。両者は昭和49年(1974)に同時指定されました。鐘楼・客殿・庫裏は別に兵庫県指定の文化財となっています。
- 多宝塔の見どころは何ですか。
- 尼崎市内で唯一の多宝塔であること、移転の際に正面を東へ向けて建て直された珍しい塔であることです。白漆喰の亀腹と、上層に円形に並ぶ12本の柱が、この形式の典型を示します。
- 建物の中に入れますか。
- 信仰の場として使われているため、内部は通常一般には開放されていません。境内や多宝塔の外観は見学できます。拝観を希望する場合は事前に寺へご連絡ください。
- 行き方を教えてください。
- 阪神尼崎駅から南西へ約450メートル、寺町の一角にあります。入口近くの通りから多宝塔が見えます。
基本情報
| 名称 | 大堯山 長遠寺(日蓮宗) |
|---|---|
| 指定建造物 | 本堂(附 棟札2枚)/多宝塔(附 棟札5枚) |
| 指定区分 | 国指定重要文化財(建造物) 昭和49年(1974)5月21日指定 |
| 本堂 | 桁行五間・梁間六間、入母屋造、本瓦葺、向拝一間。元和9年(1623)建立 |
| 多宝塔 | 方三間・二層、本瓦葺。慶長12年(1607)建立、元和3年(1617)に東向きで再建 |
| 所在地 | 兵庫県尼崎市寺町10 |
| 所有者 | 長遠寺 |
| アクセス | 阪神尼崎駅から南西へ約450メートル |
| 備考 | 現役の寺院のため内部は常時公開ではない。阪神・淡路大震災(1995)後、3年をかけて修復。 |
参考文献
- 文化遺産オンライン「長遠寺本堂」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/201279
- 文化遺産オンライン「長遠寺多宝塔」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195010
- 国指定文化財等データベース「長遠寺本堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2352
- 尼崎市公式ホームページ「長遠寺本堂(附、棟札2枚)」
- https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028310/1028859.html
- 尼崎市公式ホームページ「長遠寺多宝塔(附、棟札5枚)」
- https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028310/1028860.html
- 尼崎市公式ホームページ 史跡・文化財散歩「長遠寺」
- https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028344/1028720.html
最終更新日: 2026.05.29