街路の角に立つ米蔵
旧吉川家住宅(生野まちづくり工房井筒屋)米蔵は、兵庫県朝来市生野町口銀谷640に建つ明治5年(1872年)建築の土蔵造平屋建の蔵で、平成17年(2005年)11月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建築面積は19平方メートル。それでこの建物の全部である。
位置は敷地の北西隅、屋敷と道が接するところ。文化庁の解説はその立地に触れ、街路景観を整えていると書く。口銀谷を歩く人は、主屋の入口にたどり着く前に、まずこの蔵の壁の前を通ることになる。
構造は土蔵造。木の骨組みのまわりに土を厚く塗り重ね、仕上げに漆喰をかける。その各面を縦板張で覆い、壁の頂部には鉢巻を廻す。屋根は切妻造の桟瓦葺で、置屋根式。土蔵の躯体に直接載せず、独立した小屋組を上に置く形式で、熱や火はまず屋根で受け止められる。1階は東面中央に扉口、2階は妻面に板庇付の小窓を開く。
文化庁のデータは構造を「土蔵造平屋建」と記録する一方、解説文は1階と2階の開口に言及している。中に入ると事情が見える。内部は高い一室で、床を張って二層に分けてはいない。
銀を掘る町の、米の話
鉱山町と食糧の関係はやや込み入っている。生野の谷が生み出したのは金属であって田の実りではない。掘り、吹き分け、差配し、商う人々の腹は外から入る米で満たされた。この規模の家に入ってくる米は資本であり、資本には堅牢な収め場所が要る。
吉川家は代官所から採掘権を与えられた山師であり、「井筒屋」の屋号で郷宿を営んだ。郷宿は公用で代官所に出頭する人のための宿である。生野には6軒あった。宿の主人は訴訟人の依頼で訴状を書き、手続きを進めた。弁護士の前身とも言える存在だったと説明されることが多い。
米蔵の年代は、ちょうど時代の継ぎ目にあたる。主屋は幕末に近い天保3年(1832年)。米蔵はそれから40年後の明治5年である。明治元年に生野鉱山は新政府の直轄となり、フランス人技師を招いて日本の近代鉱山第1号として整備が始まっていた。やがて姫路へ抜ける鉱石の輸送路「銀の馬車道」も開かれる。家の外の世界は変わりつつあった。それでも工法は変わっていない。明治5年になっても、商家は厚い土の壁の奥に米を収めた。
平成11年(1999年)、吉川家は土地建物一式を旧生野町に寄贈する。改修を経て平成15年(2003年)に「生野まちづくり工房井筒屋」として開館し、現在は地元住民が運営、所有者は朝来市である。
登録の理由
登録は第47回。登録年月日は平成17年(2005年)11月10日、告示は同年12月5日、登録番号は28-0212。登録基準は、内蔵と同じく「造形の規範となっているもの」が適用された。
評価の柱は二つある。ひとつは造りそのもの。小ぶりな置屋根式土蔵で、縦板張と鉢巻がよく残る。かつてこの地方にありふれていた形式が、今では大きく数を減らしている。もうひとつは立つ場所である。建物の位置そのものを評価する解説は珍しい。
同じ敷地では主屋・離れ・内蔵・米蔵・土蔵・西塀の6棟が登録されている。比較すると性格の違いがはっきりする。内蔵は天保14年(1843年)の木造2階建で主屋の北西隅に接続し、1階は納戸、2階は床付の座敷。あちらは家の内側を向いた蔵で、こちらは道を向いた蔵である。
口銀谷地区には8軒の登録有形文化財がある。平成26年(2014年)3月18日には周辺一帯が「生野鉱山及び鉱山町の文化的景観」として国の重要文化的景観に選定された。兵庫県初、現役の鉱業都市としては全国初の選定である。
見どころ
井筒屋は蔵のひとつを「蔵ギャラリー」として運用し、その寸法を公表している。幅4.4メートル、奥行3.7メートル、梁までの高さ2メートル、天井までは約4メートル。入口は幅1.2メートル、高さ1.7メートル。この数値は、建築面積19平方メートルの内部に高い一室を造るという米蔵の登録内容とよく符合する。展示は月替わりで、出展者を公募しているため、訪れる月によって中身は変わる。
入る前に屋根を見上げたい。置屋根は土蔵の躯体との間に隙間を持たせて架けられている。それを知ってから軒先を見ると、屋根が帽子ではなく蓋に見えてくる。
次に壁。各面を縦板張が覆い、灰褐色に枯れている。頂部の鉢巻だけが白く帯を描く。板は傷めば張り替えられるが、土壁の塗り直しはそうはいかない。手入れの考え方が外観に出ている。
すぐ隣の主屋も見ておきたい。赤みの強い生野瓦、鳥の子色の土塀、竹製の大阪出格子。館内では地元メンバー手作りの菓子や生野紅茶を出す喫茶コーナーがあり、季節によっては麹を使った飲み物も並ぶ。石臼で碾茶を挽いて自分で点てられる席もある。
入館は無料。開館時間は午前9時から午後5時。休館は月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始。無料駐車場があり、事前予約で町並みガイドの斡旋も受けられる。
最寄りはJR播但線の生野駅。そこから約1キロ、歩いて10分ほどの距離である。生野駅には特急が停車し、姫路から約1時間、竹田城跡へ向かう乗換駅の和田山からは約30分。車なら播但連絡道路の生野ランプから約2分である。館内の撮影可否は公表されておらず、展示品によっては制限もあるため、受付で確認してから撮るとよい。
Q&A
- 旧吉川家住宅(井筒屋)米蔵は見学できますか。料金はかかりますか。
- 見学できます。生野まちづくり工房井筒屋の一部として公開されており、開館は午前9時から午後5時、入館料は無料です。月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始は休館です。
- 旧吉川家住宅米蔵は現在どのように使われていますか。
- 井筒屋は蔵のひとつを蔵ギャラリーとして使っており、公表されている室内寸法(幅4.4メートル、奥行3.7メートル、天井まで約4メートル)は米蔵の登録内容とよく符合します。展示は月単位で入れ替わるため、内容は訪問時期によって変わります。
- 旧吉川家住宅米蔵の「置屋根式」とは何ですか。
- 土蔵の躯体に屋根を直接載せず、独立した小屋組を上に置く形式です。躯体との間に隙間ができるため熱や火が内部に伝わりにくく、屋根が傷んでも土壁に手を入れずに修理できます。
- 旧吉川家住宅(井筒屋)へのアクセスを教えてください。
- JR播但線生野駅から約1キロ、口銀谷の町並みを抜けて徒歩約10分です。生野駅には特急が停車し、姫路から約1時間、和田山から約30分。車の場合は播但連絡道路の生野ランプから約2分で、無料駐車場があります。
- 旧吉川家住宅で登録有形文化財になっているのは米蔵だけですか。
- いいえ。同じ敷地で6棟が登録されています。天保3年(1832年)の主屋、離れ、天保14年(1843年)の内蔵、明治5年(1872年)のこの米蔵、独立して建つ土蔵、そして西塀です。口銀谷地区全体では8軒が登録されています。
基本データ
| 名称 | 旧吉川家住宅(生野まちづくり工房井筒屋)米蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県朝来市生野町口銀谷640 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 28-0212 登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成17年(2005年)11月10日登録/同年12月5日告示(第47回) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積19平方メートル/明治5年(1872年)建築 |
| 所有者 | 朝来市 |
| 公開状況 | 生野まちづくり工房井筒屋として公開。午前9時から午後5時、入館無料。月曜日(祝日の場合は翌日)および年末年始は休館。無料駐車場あり |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 旧吉川家住宅(生野まちづくり工房井筒屋)米蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005018
- 文化遺産オンライン 旧吉川家住宅(生野まちづくり工房井筒屋)米蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/140788
- 朝来市 生野まちづくり工房 井筒屋
- https://www.city.asago.hyogo.jp/soshiki/24/5600.html
- 生野まちづくり工房井筒屋 館内図・蔵ギャラリー案内
- https://www.izutsu-ya.com/insidemap.html
- 朝来市観光協会生野支部 生野まちづくり工房井筒屋(旧吉川邸)
- https://www.ikuno-kankou.jp/silverarea/izutsuya/
- 朝来市教育委員会 重要文化的景観「生野鉱山及び鉱山町の重要文化的景観」
- https://www.city.asago.hyogo.jp/site/kyoiku/1589.html
最終更新日: 2026.08.26