真宗大谷派姫路船場別院本徳寺行在所:明治天皇ゆかりの御殿建築
兵庫県姫路市地内町に広がる真宗大谷派姫路船場別院本徳寺の境内西辺に、南面してひっそりと佇む行在所(あんざいしょ)。安政年間(1854〜1860年)に書院として建築されたこの建物は、明治18年(1885年)8月8日に明治天皇が姫路を訪れた際の宿泊所として使用されました。平成30年(2018年)11月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、端正な意匠と丁寧な造作が高く評価されています。江戸時代末期の寺院附属住宅建築の優品として、姫路の歴史を今に伝える貴重な存在です。
船場別院本徳寺の歴史
本徳寺の歴史は、明応元年(1492年)に本願寺第8世蓮如上人の命を受けた弟子たちが播磨国英賀の浦に道場を建立したことに始まります。天正8年(1580年)、羽柴秀吉の英賀城攻めに先立ち亀山の地へ移されました。慶長7年(1602年)に本願寺が東西に分立すると、姫路城主池田輝政のもとで西派に属することとなりました。
しかし、元和4年(1618年)に新たな姫路城主となった本多忠政は東本願寺の門徒であり、教如上人との深い親交から大谷派の再興を認めました。忠政から池田組屋敷跡の百間四方の敷地が寄進され、現在の地内町に東派本徳寺が再建されたのです。享保3年(1718年)には現在の十七間四面の壮大な本堂が建立され、以来、播磨地域における真宗大谷派の信仰の中心として重要な役割を果たしてきました。約6,600坪に及ぶ広大な境内は、その格式の高さを物語っています。
文化財指定の理由と建築的価値
行在所は、平成30年(2018年)11月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。木造平屋建で、桁行六間・梁間五間半の規模を持ち、入母屋造桟瓦葺の屋根を冠しています。四周には銅板葺の下屋が廻らされ、建築面積は約180平方メートルです。
最大の特徴は、内部の中心をなす「玉座の間」です。付書院に天袋と違棚を配した座敷飾は、従来の書院造の形式にとらわれない奇抜な構成を持ち、文化財としての評価においても特筆されています。建物全体にわたって端正な意匠と丁寧な造作が施されており、寺院に附属する住宅建築として格式の高さと洗練された美意識を示す優品と評されています。
見どころと建築の魅力
行在所の外観は、入母屋造の優美な屋根のラインと四周を廻る銅板葺の下屋が調和した、品格ある佇まいを見せています。境内西辺に南面して建つその姿は、本堂や大玄関といった主要伽藍とはまた異なる、住宅建築ならではの落ち着いた雰囲気を漂わせています。
内部の「玉座の間」は、明治天皇が実際に滞在された空間であり、付書院・天袋・違棚の組み合わせが独創的な座敷飾を構成しています。木材の選定から建具の細部に至るまで、別院という格式にふさわしい入念な仕事ぶりが見て取れます。昭和7年(1932年)の火災で一部が焼損しましたが、その後修復が行われ、往時の姿を今日に伝えています。平成31年(2019年)には文化庁から登録有形文化財のプレートが授与され、保存への新たな一歩が刻まれました。
明治天皇と行在所
明治18年(1885年)8月8日、明治天皇は山陽地方への行幸の途上、姫路に立ち寄り、この建物に逗留されました。「行在所」とは天皇が行幸の際に一時的に滞在する場所を意味し、この建物がその名で呼ばれるようになったのはこの出来事に由来します。本徳寺が天皇の宿所に選ばれたことは、当時の播磨地域における寺院の社会的地位の高さと、書院建築の質の高さを示すものです。
境内の見どころ
行在所だけでなく、本徳寺の境内には多くの見どころがあります。享保3年(1718年)に建立された本堂は、正面の柱十二間(約36メートル)、側面十一間(約35メートル)という播磨最大規模の真宗本堂で、内外陣境や内陣は黒漆と金箔で荘厳に飾られ、欄間や蟇股の彫刻は見事です。本堂・表門・大玄関・鐘楼堂は、平成18年(2006年)に姫路市の重要有形文化財に指定されています。
また、境内には幕末の勤王志士12名の墓石や西南戦争の記念碑が残されています。さらに、第一次世界大戦中にドイツ軍捕虜の収容所として使用された歴史があり、捕虜たちが故郷を偲んでセメントで造ったとされるドイツの城の模型「望郷塚」が現在も本堂西側にひっそりと残っています。
アクセス・拝観情報
本徳寺はJR・山陽電鉄姫路駅から徒歩約20分の場所にあります。駅から南西方向へ、かつての門前町である西二階町商店街を抜けると、遠くから本堂の大きな屋根が見えてきます。姫路城の南西に位置し、城下町の歴史的な雰囲気を味わいながら訪れることができます。
境内は一般に開放されていますが、行在所の内部見学については事前に寺務所へお問い合わせください。なお、現在は親鸞聖人750回御遠忌(2032年度)に向けた大規模な御修復事業が進行中であり、一部の建物が工事中の場合があります。
周辺の観光スポット
本徳寺の周辺には、姫路を代表する観光名所が点在しています。北東約1キロメートルには世界文化遺産・国宝の姫路城がそびえ、その西隣には池泉回遊式の日本庭園「好古園」が広がっています。姫路城の東側に位置する赤レンガ造りの姫路市立美術館も見どころの一つです。また、真宗の歴史に関心のある方は、山陽電鉄で訪れることができる亀山御坊本徳寺もおすすめです。新撰組ゆかりの刀傷が残る本堂や、華麗な天井画など、船場本徳寺とはまた違った魅力があります。
Q&A
- 本徳寺の行在所とは何ですか?
- 行在所は、安政年間(1854〜1860年)に書院として建築された木造平屋建の建物です。明治18年(1885年)8月8日に明治天皇が姫路を訪問された際の宿泊所として使用されたことから「行在所」と呼ばれています。平成30年(2018年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。
- 行在所の建築的な特徴は何ですか?
- 入母屋造桟瓦葺の屋根に四周を銅板葺の下屋で廻した木造平屋建の建物です。内部の「玉座の間」には、付書院に天袋と違棚を配した奇抜な座敷飾が施されており、端正な意匠と丁寧な造作で整えられた寺院附属の住宅建築として高く評価されています。
- 行在所の内部を見学できますか?
- 境内は一般に開放されていますが、行在所の内部見学については事前の問い合わせが必要です。寺務所(TEL: 079-292-0580、平日9:00〜16:00)にご連絡のうえ、ご確認ください。
- 本徳寺にはほかにどのような文化財がありますか?
- 享保3年(1718年)建立の本堂をはじめ、表門・大玄関・鐘楼堂が平成18年(2006年)に姫路市の重要有形文化財に指定されています。また、幕末の勤王志士の墓石、西南戦争の記念碑、第一次世界大戦時のドイツ兵捕虜が造った「望郷塚」なども境内に残されています。
- 最寄り駅からのアクセス方法を教えてください。
- JR・山陽電鉄姫路駅から徒歩約20分です。駅から南西方向へ向かい、西二階町商店街を通り抜けると本徳寺に到着します。本堂の大きな屋根が遠くからでも目印になります。
基本情報
| 名称 | 真宗大谷派姫路船場別院本徳寺行在所(しんしゅうおおたにはひめじせんばべついんほんとくじあんざいしょ) |
|---|---|
| 文化財区分 | 国登録有形文化財(建造物) 登録日:平成30年(2018年)11月2日 |
| 建築年代 | 安政年間(1854〜1860年)、江戸時代末期 |
| 構造 | 木造平屋建、入母屋造桟瓦葺、銅板葺下屋付、建築面積約180㎡ |
| 所在地 | 兵庫県姫路市地内町1-1 |
| 所有者 | 宗教法人真宗大谷派姫路船場別院本徳寺 |
| アクセス | JR・山陽電鉄姫路駅から徒歩約20分 |
| お問い合わせ | TEL: 079-292-0580(寺務所、平日9:00〜16:00) |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 真宗大谷派姫路船場別院本徳寺行在所
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/379977
- 真宗大谷派姫路船場別院本徳寺 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/真宗大谷派姫路船場別院本徳寺
- 行在所登録有形文化財指「プレート」完成 — 真宗大谷派姫路船場別院轉亀山本徳寺
- https://senbagobou.jp/
- 姫路船場別院本徳寺 — ひめのみち(姫路観光コンベンションビューロー)
- https://www.himeji-kanko.jp/spot/124/
- 本徳寺 破損状況報告 — 真宗大谷派(東本願寺)山陽教区
- https://sanyo-kyoku.jp/betsuin/senba/本徳寺-破損状況報告/
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012593
最終更新日: 2026.04.03