主屋の北東に建つ、米を守るための蔵
井上家住宅穀蔵(いのうえけじゅうたくこくぐら)は、兵庫県佐用郡佐用町福吉字前田233にある江戸末期の土蔵で、令和6年(2024年)3月6日に国の登録有形文化財となった。
建つのは主屋の北東、敷地の東寄りである。石積の基礎の上に土蔵造2階建、切妻造妻入の桟瓦葺。南面の西寄りに戸口を開く。建築面積は24平方メートル。主屋の座敷ひと間より、わずかに広い程度の規模にすぎない。
外壁を見ると、あるはずのものがない。白い漆喰が塗られていないのである。仕上げは中塗で止められ、土の色がそのまま面に出る。
三つの蔵に読み取れる序列
井上家の敷地には登録された蔵が三つある。並べて比べると、この家が何を守ろうとしていたかが分かりやすい。穀蔵が約24平方メートル、中蔵が約20平方メートル、帳面蔵が約9平方メートル。面積だけを見れば、重要度の順にそのまま並んでいるように思える。
ところが仕上げは逆を向いている。三つのうち最も小さい帳面蔵は、外壁を軒まで塗り込めた漆喰塗とし、南面の戸口を鳥居形に構え、片開きの掛子塗戸を吊り、窓をひとつも設けていない。対して穀蔵の外壁は中塗仕上で、二階の東面に窓が1箇所開く。
登録の記載そのものが理由を説明しているわけではないが、読み方はさほど難しくない。米は翌年の収穫で取り戻せる。大庄屋の帳簿はそうはいかない。火と湿気は土蔵にとって共通の敵であり、井上家は失えば二度と戻らないものの側に手間を割いたのだろう。
もっとも、穀蔵が粗末につくられているという話ではない。一階の内壁は縦板張とされ、これは材と手間のかかる仕上げである。国のデータベースも「丁寧なつくりの土蔵」と評している。内部は各階1室の板敷。小屋組は登梁形式で、桁から棟へ向かって梁を斜めに掛け上げる。構造を軽くしつつ二階の空間を確保する組み方である。
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は28-0814、第106回の登録にあたる。年代は江戸末期、西暦でおよそ1830年から1868年の幅で記録されている。
公道からでも読み取れること
土蔵は閉じるためにつくられた建物である。主屋が建具を引いて開き、深い軒で日射を受け流すのに対し、蔵の設計思想はその反対を向く。木の軸組に厚く土を塗り込めて熱の伝わりを遅らせ、石積の基礎で床を地面の湿気から持ち上げ、開口は通風と出入りに要る最小限にとどめる。
ここでの最小限が、戸口ひとつと窓ひとつだった。窓は二階の東面にある。朝の光と風を通し、午後の西日は入れない。装飾の余地はどこにもない。
桟瓦葺の屋根も、別の意味で目を留めたい。桟瓦は平瓦と丸瓦を組み合わせる本瓦葺に対し、一枚の瓦に両者の機能をまとめた形式で、軽く、葺くのも安上がりだった。江戸後期以降、農村部にも急速に広がっている。主屋を茅で葺いたまま蔵を瓦にするという選択は、この家にとって矛盾ではなく合理だった。
穀蔵は個人住宅の敷地内にあり、公開されていない。公開日も拝観の受付窓口も設けられておらず、公表資料の範囲ではその予定も確認できない。位置が主屋の背後、北東側にあたるため、公道のどの地点に立つかによって見える範囲は変わる。公道からの外観撮影は差し支えないが、敷地内への立ち入りはご遠慮いただきたい。
最寄りは約4.4キロメートルの佐用駅で、JR姫新線に加えて智頭急行智頭線が乗り入れ、京都・大阪と鳥取を結ぶ特急スーパーはくとが停車する。JR姫新線の上月駅は約3.3キロメートルとより近いが、普通列車の本数は多くない。この谷筋を訪ねる人の多くは車で入っている。
Q&A
- 井上家住宅穀蔵は見学できますか。
- 見学できません。井上家住宅穀蔵は個人住宅の敷地内にあり、公開日も拝観料も内部への立ち入りも設定されていません。登録有形文化財の制度は所有者に公開を求めるものではないためです。
- 井上家住宅穀蔵はいつ建てられたのですか。
- 国指定文化財等データベースは年代を「江戸末期」とし、西暦では1830年から1868年の幅で記載しています。建築年を一年に絞る記録は公表されていません。同じ敷地の主屋が嘉永6年(1853年)と特定されているため、蔵はこれに近い時期か、やや先行する可能性があります。
- 井上家住宅穀蔵はどのような構造ですか。
- 石積基礎の上に建つ土蔵造2階建で、切妻造妻入の桟瓦葺、建築面積は24平方メートルです。外壁は漆喰を掛けず中塗仕上で止め、南面西寄りに戸口、二階東面に窓を1箇所設けます。内部は各階1室の板敷で、一階の内壁は縦板張。小屋組は登梁形式です。
- 井上家住宅穀蔵への行き方を教えてください。
- 所在地は兵庫県佐用郡佐用町福吉字前田233です。JR姫新線の上月駅から約3.3キロメートル(車で約5分)、佐用駅から約4.4キロメートル(車で約7分)。姫新線の普通列車は本数が限られるため、佐用駅からタクシーを使うかレンタカーを手配するほうが確実です。
- 井上家住宅穀蔵は「指定」ではなく「登録」なのはなぜですか。
- 登録有形文化財は、重要文化財などの指定制度に比べて規制のゆるやかな仕組みで、歴史的景観への寄与を評価する枠組みです。外観の大きな変更や移築の際に届出が必要となる一方、所有者は建物を使い続けられます。穀蔵は主屋・中蔵・帳面蔵・門と合わせた5棟が28-0813から28-0817の連番で一括登録されました。
基本データ
| 名称 | 井上家住宅穀蔵(いのうえけじゅうたくこくぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県佐用郡佐用町福吉字前田233 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 28-0814 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)3月6日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積24平方メートル |
| 所有者 | 個人(国のデータベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開。個人住宅の敷地内、主屋の北東に所在 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「井上家住宅穀蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014900
- 文化遺産オンライン「井上家住宅穀蔵」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/602900
- 文化遺産オンライン「井上家住宅帳面蔵」(同一敷地)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/583482
- 西播磨ビンテージ建物図鑑「井上家住宅」
- https://vintage-nishiharima.jp/?p=72
- 兵庫県議会文教常任委員会資料「文化財の保存と活用」(令和6年2月)
- https://web.pref.hyogo.lg.jp/gikai/iinkai/index/joniniinkai/bunkyo/documents/06-2bunshiryo060213.pdf
最終更新日: 2026.08.26