嘉永6年に建てられた大庄屋の住まい

井上家住宅主屋(いのうえけじゅうたくおもや)は、兵庫県佐用郡佐用町福吉にある嘉永6年(1853年)建築の民家で、令和6年(2024年)3月6日に国の登録有形文化財となった。

福吉の三叉路から南西へ入った位置に敷地があり、主屋はその中央付近に南面して建つ。屋根は東西に棟を通した寄棟造の茅葺で、現在は鉄板を仮に葺いて保護している。木造2階建、建築面積は267平方メートル。数字だけ並べても実感は湧かないが、敷地の外から屋根の端から端までを一度に視野へ収めようとすると、その大きさが分かる。

南面の西寄りには式台が突き出している。ふつうの農家がこれを備えることはない。

登録の理由と、5棟一括という判断

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は28-0813、第106回の登録にあたる。文化審議会の答申は令和5年11月24日で、翌春の3月6日に登録が告示された。

このとき登録されたのは主屋だけではない。同じ敷地の穀蔵、中蔵、帳面蔵、そして門を加えた5棟が、28-0813から28-0817まで連番でまとめて登録されている。最も価値の高い1棟を選び出すのではなく屋敷全体を対象にしたところに、この案件の性格が出ている。福吉に残っているのは、単独の建物ではなく屋敷構えそのものだからである。

登録有形文化財は、重要文化財などの「指定」に比べて規制がゆるやかな制度である。外観を大きく変える場合や移築の際に届出が必要となる一方、所有者は住み続けながら建物を守っていける。井上家住宅も、その形で使われ続けている。

井上家文書によれば、同家の祖は寛永5年(1628年)に没した井上正就で、徳川秀忠に近侍として仕えたのち老中となり、遠江横須賀5万2千石の城主になったと伝わる。その後胤にあたる正凭(まさより)が津山の森忠政に仕えたのち佐用に土着し、幕末まで大庄屋を務めたという。慶応元年(1865年)に大庄屋役の辞退を申し出て、親戚筋の石堂家を推挙したとも記される。これらはいずれも同家の文書に基づく伝承で、他の資料による裏付けは確認できていない。大庄屋時代の古文書類は「安志藩大庄屋井上家文書」として兵庫県立歴史博物館に寄贈されている。

道路から見て確かめたいところ

まず式台。江戸時代の民家において、式台を構えた玄関は好みの問題ではなかった。公用で訪れる役人を迎える家であることを、建物の側から示す装置である。村の中で誰もが設けられるものではない。

内部の構成もはっきりしている。東側3分の1ほどが土間で、頭上には梁組がそのまま現れる。その西に、前後2列に4室ずつ、合わせて8室の座敷が並ぶ。南北の列の境には廊下状の細長い部屋が通っていて、これを通り間と呼ぶ。西播磨で建物調査にあたる人々はこの平面を「横割り八間取り」と呼び、近隣の石堂家住宅も同じ形式を採ることを指摘している。石堂家もまた登録有形文化財である。

もうひとつ、台所側を眺めるときに知っておくとよい話がある。現在の台所にかかる大梁は、旧家屋の古材を転用したものと家の記録にあるという。事実であれば、嘉永6年よりさらに古い材が建物のどこかに生きていることになる。

茅葺の上に鉄板を仮葺きしている点は、登録の記載にも明記されている。茅葺民家の所有者は全国で同じ計算を強いられている。これだけの面積を葺き替えるには相応の人手と材料が要り、その手配が年々難しくなった。鉄板は時間を稼ぐ手段であり、表面が変わっても輪郭は残る。

井上家住宅主屋は個人の住宅であり、内部は公開されていない。公開日も拝観時間も拝観料も設定されていない。見学できるのは敷地に接する公道からの外観のみで、これが登録理由である「歴史的景観への寄与」を実感できる唯一の方法になる。敷地内に立ち入ったり、玄関に近づいたり、開口部から内部を撮影したりすることは控えていただきたい。公道からの外観撮影は差し支えないが、居住者の生活が続いている場所だという点は忘れずにいたい。

福吉まで足を延ばすなら、近接する上月には上月城跡が残る。佐用駅には智頭急行の特急も停まるので、姫路や大阪から日帰りで谷筋をたどることもできる。

Q&A

Q井上家住宅主屋の内部は見学できますか。
A見学できません。井上家住宅主屋は個人の住宅で、公開日・拝観時間・拝観料のいずれも設定されていません。登録有形文化財の制度は所有者に公開を義務づけていないためです。外観は敷地に接する公道から眺めることができます。
Q井上家住宅主屋への行き方を教えてください。
A所在地は兵庫県佐用郡佐用町福吉字前田233です。JR姫新線の上月駅から約3.3キロメートル(車で約5分)、佐用駅から約4.4キロメートル(車で約7分)。佐用駅にはJR姫新線のほか智頭急行智頭線が乗り入れ、特急スーパーはくとも停車します。姫新線の普通列車は時間帯によって3時間ほど間隔が開くため、佐用駅からのタクシーかレンタカーが現実的です。
Q井上家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A国指定文化財等データベースは建築年代を嘉永6年(1853年)、改修を昭和40年代と記載しています。登録有形文化財としての登録は令和6年(2024年)3月6日で、文化審議会の答申は令和5年11月24日でした。
Q井上家住宅主屋を写真に撮ってもよいですか。
A公道からの外観撮影であれば問題なく、許可の申請窓口も設けられていません。ただし敷地内への立ち入り、ドローンによる上空からの撮影、開口部越しに内部を写すことは避けてください。現に人が暮らしている住まいです。
Q井上家住宅では主屋のほかに何が登録されていますか。
A同じ令和6年3月6日付で、穀蔵(建築面積約24平方メートル)、中蔵(同約20平方メートル)、帳面蔵(同約9平方メートル)、門(間口4.1メートル)の4棟が登録されました。主屋と合わせて5棟がすべて福吉の同一敷地内にあります。

基本データ

名称井上家住宅主屋(いのうえけじゅうたくおもや)
所在地兵庫県佐用郡佐用町福吉字前田233
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 28-0813
指定年令和6年(2024年)3月6日登録
員数1棟
寸法木造2階建、茅葺(鉄板仮葺)、建築面積267平方メートル
所有者個人(国のデータベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。外観のみ隣接する公道から見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「井上家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014899
文化遺産オンライン「井上家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/609169
西播磨ビンテージ建物図鑑「井上家住宅」
https://vintage-nishiharima.jp/?p=72
兵庫県議会文教常任委員会資料「文化財の保存と活用」(令和6年2月)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/gikai/iinkai/index/joniniinkai/bunkyo/documents/06-2bunshiryo060213.pdf
佐用町「佐用の史跡や文化財」
https://www.town.sayo.lg.jp/cms-sypher/www/info/detail.jsp?id=11994

最終更新日: 2026.08.26