三木を支えた実業家が構えた明治の別邸

小河家住宅の主屋は、金物の町として知られる兵庫県三木市の旧市街に、南北へ細長く延びる敷地の中央やや南寄りに北面して建つ。敷地は二千二百平方メートルを超え、南半に建物群を、その周囲に庭園を配する構成をとる。造営したのは、地元の商家に生まれて三木町長を務め、三木銀行の設立にも関わった小河秀太郎である。明治の末期、日常の住まいとしてではなく客をもてなす別邸として建てられた。

建物は間口およそ十一間、奥行九間の規模で、木造平屋建、入母屋造、桟瓦葺とする。正面には式台玄関を構え、床を一段上げた板敷が来客の格式を示す。東端には十畳の客座敷を置き、南側には六畳の上段の間を張り出す。床を一段高めた上段の間は、最も上位の客を迎えるための座である。

登録の理由と評価

主屋は平成十八年(二〇〇六年)十一月二十九日、敷地内の他の建物とともに国の登録有形文化財となった。評価の中心は古さよりも仕事の質にある。用材は全国から集められ、建具は現在の加古川市域にあたる國包の職人の手になるとされる。文化庁の解説は材料・意匠・技術のいずれも優秀と記すが、短い記載が通例の登録簿にあって、この一語は軽くない。

昭和四年(一九二九年)には朝香宮鳩彦王を迎えるための改修が行われた。上段の間や貴人用の浴室、便所などはこのときの造作と伝わり、地方の別邸がいかに皇族の来訪に備えたかを今日に示している。全体として、明治末期の和風住宅建築が到達した水準を一棟のうちに収めている。

訪れて見るべきところ

式台で履物を脱いで上がると、内部は庭へ向かって段階的に開けていく。上段の間からは緩い斜面を利用した池泉回遊式の庭が見渡せ、低い軒、障子の連なり、その先の水と植栽という眺めは、座して見ることを前提に構成されている。かつては敷地の地下から汲み上げた水を庭へ流していたといい、その水音を覚えている来訪者もある。

障子や襖には近づいて目を留めたい。國包の職人が組んだ障子の桟は細やかで、木工に通じた人ほど足を止める。現在は三木市が管理し、入館は無料である。急いで通り過ぎる必要はない。

よくある質問

Q主屋はいつ建てられましたか。
A正確な年代は記録に残らないが、所有者の聞き取りから明治後期、二十世紀の初め頃と考えられている。
Q内部を見学できますか。
A木曜から日曜の10時から16時に公開され、入館は無料である。
Q上段の間とは何ですか。
A床を一段高くした座敷で、最も上位の客を迎える場である。ここでは昭和四年の朝香宮の来訪と結びつく。
Q誰が建てたのですか。
A三木の商家出身で町長を務め、三木銀行の設立にも関わった小河秀太郎が、客をもてなす別邸として構えた。

基本情報

指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成18年(2006年)11月29日
所在地兵庫県三木市本町3-6-24
管理三木市
アクセス神戸電鉄粟生線 三木駅から徒歩約7分
公開木曜〜日曜 10時〜16時、入館無料
構造木造平屋建、桟瓦葺、建築面積約284平方メートル、1棟

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁) — 小河家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/119077
三木市 — 旧小河家別邸
https://www.city.miki.lg.jp/soshiki/33/2987.html
三木市立みき歴史資料館 — 小河家住宅(国登録文化財)
https://www.city.miki.lg.jp/site/mikirekishishiryokan/4099.html

最終更新日: 2026.07.04