うすくち醤油が生まれた城下町、龍野

JR本竜野駅から西へ十五分ほど歩くと、道幅がしぼられ、軒が低くなり、塗込めの壁の奥から醤油の醸造の匂いが漂ってくる。兵庫県西部、西播磨に位置するたつの市の龍野である。令和元年(2019年)12月、その旧城下町の中心部が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。全国で119番目、西播磨では初めての選定となった。

保存地区の面積は約15.9ヘクタール。軒の低い町家が連なり、醤油醸造にかかわる重厚な土蔵、高い塀をめぐらせた屋敷型の住宅、洋風の建物などが点在する。古くから「播磨の小京都」と呼ばれてきた町並みである。

山城から商家の町へ

龍野は、揖保川が山地を抜けて扇状地に広がるあたりに開けた。背後にそびえる鶏籠山と的場山が自然の守りとなり、川は広い堀の役割を果たした。16世紀、赤松氏がこの高所に城を築く。やがて城は平山城として整えられ、斜面には武家屋敷、川に近い低地には町人地が形づくられていった。

寛文12年(1672年)、信州飯田から脇坂安政が龍野に転封となる。以後、脇坂氏は五万三千石の城下を約二百年にわたって治めた。藩は醤油醸造と手延素麺の生産を保護し、これらの産業が町の性格を決めていく。当時に引かれた町割りは、その後ほとんど動いていない。現在の町割りは、約四百年前に描かれた「龍野惣絵図」など複数の絵図に、すでにその原型をたどることができる。

龍野の名を高めた工夫

龍野はもともと酒造りの町だった。揖保川の水は軟らかく鉄分が少ない。酒造にも向く一面があったが、醸造中の酒が腐ることが多く、商品にならなかった。醸造家たちは別の道を探す。醤油づくりは16世紀末にはこの地で始まっており、天正15年(1587年)ごろの円尾孫右衛門、続く横山五郎兵衛らがその先駆けとされる。

転機は寛文6年(1666年)に訪れる。円尾孫右衛門が、もろみに甘酒を加えることで色の淡い醤油をつくり出した。これが「うすくち(淡口)醤油」である。一般の濃口醤油より色が淡く、塩分はやや高い。素材を黒く染めずに味を調えられることから、京・大阪の料理人に重んじられた。良質の播州小麦、近隣の山裾でとれる大豆、赤穂の塩、そしてかつて酒を腐らせた軟水。淡口醤油を生む条件が、この地にはそろっていた。

18世紀後半には龍野の醤油が京都市場に進出し、それまでの産地をしのいでいく。醤油づくりは今も町の核であり続ける。たつの市はうすくち醤油の生産量が日本一で、大手の一社であるヒガシマル醤油も、この地に本拠を置く。

保存地区が守るもの

龍野が国の選定を受けたのは、「伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの」という基準による。評価の根拠は二つが重なっている。江戸時代の町割りがよく残ること、そして18世紀中期から昭和初期まで、約二百五十年にわたって連続的に建てられた町家が現存することである。

主屋は敷地の間口いっぱいに建ち、切妻造で平入を基本とする。近世のものはツシ二階建に本瓦葺が多く、近代になると軽い桟瓦葺に変わり、明治中期以降は本二階建が増えた。内部は、通り土間が表から奥へ通り、その脇に三室を一列に並べる形が主体で、間口の大きい家では二列となる。外壁を厚く塗り込めた大壁造が、通りに落ち着いた表情を与えている。屋根の形や窓の構えを順に読んでいくと、建てられた年代の見当がつくほどである。

訪ねたい見どころ

まず立ち寄りたいのが、うすくち龍野醤油資料館である。昭和7年(1932年)に建てられた旧ヒガシマル醤油本社社屋を活用したもので、煉瓦造り風のルネッサンス様式の外観をもつこの建物自体が国の登録有形文化財となっている。全国初の醤油資料館として昭和54年(1979年)に開館し、江戸時代以来の醤油醸造用具や資料を約2400点展示する。これらは兵庫県の重要有形民俗文化財に指定されている。入館料が十円であることでも知られる。

資料館を出れば、あとは歩くこと自体が龍野の楽しみとなる。保存地区は八つの地区に分けることができ、それぞれが立地に由来する名と性格をもつ。揖保川河川敷の北側にあたる上川原は商家町の面影を残し、古民家を生かしたカフェや書店、美容室がまじる。南側の下川原は、かつて酒造、のちに醤油醸造でにぎわった町で、小ぶりな町家が軒を連ね、二階部分に伝統的な意匠をよくとどめている。格子窓や塗込めの妻壁を見上げると、古い町の静かな筋道が見えてくる。

龍野は、「赤とんぼ」の作詞者として知られる詩人・三木露風の故郷でもある。夕暮れの赤とんぼをうたったこの童謡の旋律が町のあちこちで流れ、この地が食だけでなく人の想像力をも育ててきたことを思い出させる。

龍野のまわり

たつの市は、平成17年(2005年)に龍野市など四つの市町が合併して現在の姿となった。醤油のほかに全国に知られるのが、揖保川沿いでつくられる手延素麺「揖保乃糸」である。淡口醤油との相性がよく、地区やその周辺の店では両方を扱うところが多い。地元の醤油で味つけした素麺の一杯は、昼の食事にちょうどよい。

白亜の城で名高い姫路は車で三十分ほど。にぎやかな観光拠点に対して、龍野は静かな半日を過ごすのにふさわしい。鉄道なら、JR姫新線で本竜野駅へ向かい、川の方角、西へ歩けばよい。

Q&A

Q龍野の保存地区では何が守られているのですか。
A旧城下町の中心部、約15.9ヘクタールが守られています。江戸時代の町割り、塗込めの町家が連なる町並み、醤油醸造の土蔵、屋敷型住宅や洋風建築などが含まれます。令和元年(2019年)12月に選定されました。
Qなぜ龍野は醤油と結びついているのですか。
A色の淡いうすくち醤油が寛文6年(1666年)にこの地で生まれたためです。軟水の揖保川、地元の小麦と大豆、近くの赤穂の塩がそろい、龍野は醸造の一大産地へと発展しました。今もうすくち醤油の生産量は日本一です。
Qどうやって行けばよいですか。
AJR姫新線の本竜野駅から西へ徒歩約15分です。車の場合は、姫路市の中心部から三十分ほどです。
Q町を歩くのに入場料はかかりますか。
Aいいえ。通りは公道で、いつでも自由に歩けます。各施設は個別の扱いで、たとえばうすくち龍野醤油資料館の入館料は十円です。多くの町家は今も住まいですので、見学は通りから行ってください。
Q町家のどこを見ればよいですか。
A屋根と壁に注目してください。古い家はツシ二階建で重厚な本瓦葺、新しい家は軽い桟瓦葺、明治期以降は本二階建が多くなります。厚く塗り込めた大壁造の外壁と格子窓が、この町並みの特徴です。

基本情報

名称たつの市龍野伝統的建造物群保存地区
所在地兵庫県たつの市龍野町
指定区分国の重要伝統的建造物群保存地区(令和元年〔2019年〕12月23日選定)
種別商家町・醸造町
選定基準伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの
保存地区の面積約15.9ヘクタール
建築年代町家は18世紀中期から昭和初期まで/町割りは江戸時代に由来
アクセスJR姫新線・本竜野駅から西へ徒歩約15分
公開状況通りは自由に散策可。各施設は個別の扱い

参考文献

たつの市龍野伝統的建造物群保存地区について(たつの市)
https://www.city.tatsuno.lg.jp/soshiki/1028/gyomu/dentoutekikenzoubutsugunhozonchiku/tatunoshitatunodentoutekikenzoubutugunhozontikunoshoukai/2541.html
国の重要伝統的建造物群保存地区 龍野の町並み(たつの市)
https://www.city.tatsuno.lg.jp/soshiki/1023/gyomu/2/6/3333.html
たつの市龍野 伝建地区詳細(全国伝統的建造物群保存地区協議会)
https://www.denken.gr.jp/archive/tatsuno-tatsuno/index.html
うすくち龍野醤油資料館(ヒガシマル醤油)
https://www.higashimaru.co.jp/enjoy/museum/
重要伝統的建造物群保存地区(たつの市観光サイト)
https://tatsuno-tourism.jp/special_contents/judenken_tokushu/

最終更新日: 2026.05.28