箟家住宅とは
箟家住宅(やのけじゅうたく)は、兵庫県伊丹市御願塚三丁目にある旧家の屋敷で、天保9年(1838年)の主屋を中心に大正後期までに整えられた10件の建造物が、令和6年(2024年)3月6日に登録有形文化財となった。令和5年(2023年)11月24日の文化審議会の答申では兵庫県内の24件が登録を認められ、そのうち10件をこの屋敷1か所が占めた。伊丹市にとっては、市内で2件目の国の登録有形文化財である。
屋敷の南約340メートルには、兵庫県指定史跡の御願塚古墳がある。5世紀ごろに築かれたと推定される帆立貝式の古墳で、周濠に水をたたえたまま住宅地のなかに残る。箟家住宅は、この古墳の北に位置する旧家として文化庁の解説に記されている。
所有は個人で、いまも住まいとして使われている。
御願塚村と箟家住宅
箟家住宅が建つ一帯は、江戸時代には御願塚村という農村だった。市立伊丹ミュージアムの紹介によれば、江戸中期の村高はおよそ804石で、そのうち約181石が武蔵国忍藩の阿部氏、約512石が旗本の岡野氏、残りを2家の旗本木村氏が分けて治めていた。1つの村を4人の領主が分け持つ、相給(あいきゅう)と呼ばれる形である。
田畑をうるおしたのは、武庫川から水を引いて昆陽村などを経由する昆陽井(こやゆ)という用水路で、水の配分をめぐって上流の村と交渉を重ねたことが記録に残る。箟家住宅の衣装蔵は、敷地の北西で御願塚用水の護岸の上に建つ。屋敷と水路が接するこの配置は、村の農業と水の関係を建物の側から示している。
明治22年(1889年)、御願塚村は周囲の9か村と合併して稲野村の大字となった。大正10年(1921年)には阪神急行電鉄伊丹線に猪名野停留所(現在の阪急稲野駅)が設けられ、村の南部で住宅地の開発が始まる。箟家住宅の長屋門や土蔵群がそろった明治後期から大正期は、ちょうど農村が郊外住宅地へ変わりはじめる時期にあたる。
敷地の構成と建てられた順序
箟家住宅の敷地はほぼ方形で、伊丹市の解説はその構成を次のように整理している。敷地の北寄りに主屋が南を向いて建ち、北辺には西から衣装蔵・格子の間・穀物蔵・炭納屋が一列に並ぶ。東辺には納屋、南東隅に米蔵、南面の中央に長屋門。これらの建物のあいだを北東塀と南西塀がつなぎ、道に面して敷地の外周を閉じる。建物と塀で四周を囲い込む、屋敷構えの典型的な型である。
建築年代は70年余りにわたる。最も古いのは天保9年(1838年)の主屋で、弘化2年(1845年)と大正12年(1923年)に増築、昭和61年(1986年)に改修を受けた。明治後期(1898年から1912年)には格子の間・穀物蔵・炭納屋・納屋・米蔵・南西塀がそろい、明治38年(1905年)に長屋門が建つ。衣装蔵は大正7年(1918年)の建築で、同じころ格子の間・穀物蔵・炭納屋にも手が入った。北東塀は大正後期(1919年から1926年)の建設で、長屋門の改修も同じ時期である。
- 主屋(天保9年、弘化2年・大正12年増築/登録番号 28-0797)
- 衣装蔵(大正7年/登録番号 28-0798)
- 格子の間(明治後期、大正7年頃改修/登録番号 28-0799)
- 穀物蔵(明治後期、大正7年頃改修/登録番号 28-0800)
- 炭納屋(明治後期、大正7年頃改修/登録番号 28-0801)
- 納屋(明治後期/登録番号 28-0802)
- 米蔵(明治後期/登録番号 28-0803)
- 長屋門(明治38年、大正後期改修/登録番号 28-0804)
- 北東塀(大正後期/登録番号 28-0805)
- 南西塀(明治後期/登録番号 28-0806)
10件の登録基準はいずれも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。1棟ごとの意匠の優劣ではなく、蔵・納屋・門・塀が一体となって集落の景観をつくっていることが評価の軸になっている。主屋だけを見ても箟家住宅の価値は半分しか分からない、ということでもある。
見学とアクセス
箟家住宅は個人の住宅で、敷地内と建物の内部は公開されていない。伊丹市の文化財紹介ページにも、見学の受け付けや公開日の案内は掲載されていない(2026年9月26日確認)。訪れる場合に見られるのは、敷地の外、公道から眺める外観に限られる。
外から読み取りやすいのは北辺と南面である。北辺では4棟の蔵と納屋が軒を連ね、南面では長屋門と南西塀が屋敷の正面をつくる。北東塀と南西塀は、伊丹市の解説でも道に面して建つとされる。敷地中央の主屋は塀と長屋門の内側にあり、外からは屋根の一部が見える程度と考えたほうがよい。
撮影の可否について、所有者や伊丹市による案内は見当たらなかった。生活が営まれている住まいなので、門の内側や窓に向けてカメラを構えるのは控え、道路の反対側から全体を眺めたい。
最寄り駅は阪急伊丹線の稲野駅で、箟家住宅は駅の北西、直線でおよそ500メートルの位置にある。徒歩で10分弱が目安になる。JR宝塚線の猪名寺駅からは直線で約1キロメートル。見学者向けの駐車場の案内はない。途中にある御願塚古墳の周濠を回ってから北へ歩くと、屋敷のある旧村の区画に入る。
参考文献
- 国指定文化財等データベース 箟家住宅主屋(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014883
- 国指定文化財等データベース 箟家住宅衣装蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014884
- 国指定文化財等データベース 箟家住宅長屋門(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014890
- 文化遺産オンライン 箟家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/598063
- 箟家住宅(伊丹市)
- https://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/TOSHIKATSURYOKU/BUNKA/bunnkazai/SINAI_BUNKAZAI/kunitourokubunkazai/37196.html
- 御願塚古墳(伊丹市)
- https://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/TOSHIKATSURYOKU/BUNKA/bunnkazai/SINAI_BUNKAZAI/KEN_SITEI/1386845655251.html
- 御願塚 四人の殿様と村の暮らし(市立伊丹ミュージアム I/M ONLINE)
- https://itami-im.jp/imonline/history/village/gogazuka/
最終更新日: 2026.09.26
基本情報
| 名称 | 箟家住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県伊丹市御願塚三丁目955 |
| 所有者 | 個人 |
| 指定 | 登録有形文化財 10件 |
| 座標 | 34.76893, 135.41339 |