箟家住宅納屋とは

箟家住宅納屋(やのけじゅうたくなや)は、兵庫県伊丹市御願塚三丁目にある明治後期(1898年から1912年)の木造平屋建の納屋で、令和6年(2024年)3月6日に登録有形文化財となった。屋敷の東辺に南北に長く建ち、建築面積は99平方メートル。主屋に次いで大きい建物である。

屋根は切妻造の桟瓦葺で、長い側面に入口を設ける平入の形式。1つの屋根の下が4つの部屋に仕切られており、北から順に漬物小屋、納屋、やぎ小屋、便所が並ぶ。

漬物を仕込み、道具や収穫物を置き、家畜を飼い、用を足す。暮らしを支える雑多な機能が、東辺の1棟に一列に収められている。

登録の理由と価値

箟家住宅納屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、敷地の東辺の景観をつくる納屋と位置づけている。

99平方メートルの細長い平屋が東辺をほぼ占めることで、屋敷の東側は建物の壁で閉じられる。北東隅では北東塀が炭納屋とのあいだをつなぎ、南では米蔵が角を固める。納屋は、北辺の蔵の列と南東の米蔵とのあいだを受け持つ長い壁の役を果たしている。

4室の内訳は、この屋敷の暮らしぶりを具体的に伝える。とくに「やぎ小屋」は、登録された10件のなかで唯一、生き物のための空間である。屋敷のなかで山羊を飼っていたことが、部屋の名として残っている。明治後期の旧家の附属屋に、漬物・家畜・便所が同居していたことは、いま住宅地となった御願塚がかつて農村だったことの証しでもある。

見どころ

半間ごとの柱と一間ごとの梁

箟家住宅納屋の骨組みは、規則正しい寸法の繰り返しでできている。側面の柱の列には半間(およそ0.9メートル)ごとに柱を立て、梁は一間(およそ1.8メートル)ごとに架ける。柱2本に梁1本の割合になり、細かい柱の並びが長い側面にリズムをつくる。

西面の出桁と犬走

屋敷の内側を向く西面では、梁の先を柱の外へ大きく張り出し、その上に桁を載せて軒を深く出している。出桁と呼ばれる架け方で、軒の出を大きくとれる。深い軒の下は、雨をよけて作業ができる犬走になっている。漬物の仕込みや道具の手入れのような仕事が、この軒下で行われたと考えられる。

内と外で異なる2つの面

文化庁の解説が出桁と犬走を記すのは、屋敷の内側を向く西面だけである。敷地の外周にあたる東面は、屋敷を囲う壁の一部として外に向き合う。内側では作業のための軒下を用意し、外側では敷地を区切る。1棟の表と裏で、求められた役割が分かれている。

見学方法

箟家住宅納屋は個人の敷地内にあり、内部は公開されていない(2026年9月26日確認)。出桁と犬走のある西面は屋敷の内側を向いているため、外からは見られない。

外から見る手がかりになるのは、敷地の外周にあたる東面である。文化庁のデータベースの写真も東側から撮られており、99平方メートルの長い平屋が屋敷の東辺を区切る姿が分かる。北には北東塀、南には米蔵が続き、外周の構成は途切れない。道路からどこまで見通せるかは、現地で確かめてほしい。

撮影を禁じる掲示は確認できなかった。住まいの一部であることに配慮して、短時間の見学にとどめたい。

Q&A

Q箟家住宅納屋はいつ建てられましたか。
A明治後期、1898年から1912年の間の建築です。
Q箟家住宅納屋の内部はどのように分かれていますか。
A4室に仕切られ、北から漬物小屋、納屋、やぎ小屋、便所の順に並びます。
Q箟家住宅納屋の大きさはどのくらいですか。
A建築面積99平方メートルで、箟家住宅の登録建造物のなかでは主屋に次いで大きい建物です。
Q箟家住宅納屋の西面の軒はなぜ深いのですか。
A梁の先を張り出して出桁とし、軒を深く出しているためです。軒下は作業用の犬走になっています。
Q箟家住宅納屋は見学できますか。
A内部は非公開です。外から見る手がかりになるのは、敷地の外周にあたる東面です。

基本データ

名称箟家住宅納屋(やのけじゅうたくなや)
所在地兵庫県伊丹市御願塚3丁目955
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 28-0802
指定年令和6年(2024年)3月6日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積99平方メートル
所有者個人
公開状況非公開。外観は東側から

参考文献

最終更新日: 2026.09.26