出桁造とは
出桁造は、梁を壁面より前へ持ち出し、その先に桁を渡して軒を深く出す構法である。柱を立てずに軒を張り出せるため、通りに面した正面が広く使える。
町家の正面に用いられる。静岡県の靏谷家住宅主屋は明治17年頃の建築で、「通りに東面して建つ店舗兼用住宅。木造二階建、桁行8.8メートル梁間13.3メートル、切妻造鉄板葺。下階正面に出格子を設け、軒は上下階とも出桁造とする。内部は前後に三分され、前列を土間、後列に座敷二室を並べる」と解説されている。上下階とも出桁造とすることで、正面全体が張り出す。
長屋門にも用いられる。大阪府の山野家住宅長屋門は明治期の建築で、「入母屋造、桟瓦葺、桁行18間の長大な建物で、正面側の軒を出桁造とし、垂木とともに漆喰で塗り込める。堅牢で上質な造りであるとともに、表には高く下見板張を張り、2箇所の出格子窓、虫籠窓などが配され変化に富んだ外観を造る」と解説されている。
軒裏を漆喰で塗り込めるのは防火のためである。出桁造は軒が深いぶん木部が露出しやすいため、塗屋造と組み合わせて用いられることが多い。
外観の格式を示す
茨城県の富田家住宅主屋は明治前期の建築で、「入母屋造桟瓦葺、軒を豪壮な出桁造とする」と解説されている。豪壮という評価が、この構法の視覚的な効果を示している。深い軒は影を落とし、正面を重く見せる。
京都府の山田家住宅長屋門は江戸後期の建築で、「外壁は武者窓や与力窓を構え、腰を簓子下見板張とし、軒は出桁造で漆喰塗とする。重厚な表構えをつくる大型の長屋門」と解説されている。ここでも重厚という語が使われている。
同じ効果を狙う語にせがいがある。東京都の進開屋は昭和初期の建築で、「2階は軒をせがい、窓に透かし板の高欄を付けて整える」と解説されている。せがい造は出桁造とほぼ同じ構法を指す。
現地では軒の下を見上げるとよい。壁面より手前に梁の木口が並び、その上に桁が渡っていれば出桁造である。軒裏まで漆喰で覆われていれば、防火を兼ねた仕上げにあたる。
参考文献
- 文化庁 文化財の紹介 登録有形文化財(建造物)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
- 国指定文化財等データベース(文化庁)靏谷家住宅主屋/下階正面に出格子を設け、軒は上下階とも出桁造とする
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009286
- 国指定文化財等データベース(文化庁)山野家住宅長屋門/正面側の軒を出桁造とし、垂木とともに漆喰で塗り込める
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003118
- 国指定文化財等データベース(文化庁)富田家住宅主屋/笠間藩主家紋の釘隠や筬欄間など格式高い書院座敷
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014319
- 国指定文化財等データベース(文化庁)山田家住宅長屋門/外壁は武者窓や与力窓を構え、腰を簓子下見板張とする
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008145
- 国指定文化財等データベース(文化庁)進開屋/2階は軒をせがい、窓に透かし板の高欄を付ける
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003198
最終更新: 2026.09.10