武者窓とは
武者窓は、太い縦格子を入れた窓である。長屋門の外壁に設けられ、内側から外を見張れる構えをつくる。武家や上層の屋敷の表構えを示す要素として記録に現れる。
和歌山県の平松家住宅長屋門は江戸末期の建築で、「桁行18.7メートル梁間4メートル、入母屋造本瓦葺。中央南寄りに半間ひかえて門を開き、ケヤキ1枚板の板戸を両開きに吊り、北脇に潜戸を吊る。外壁は腰を簓子下見板張とし、土壁に武者窓を穿つ。木太く、重厚な構えを見せる長屋門」と解説されている。
愛知県の瀧川家住宅長屋門は宝暦13年の建築で、「西寄りに鏡柱を立て脇戸付の戸口を開き、両脇に大小2部屋を取り、西面に下屋を付す。部屋内部は改造されているが戸口廻り、正面の武者窓等の構えはよく残り、旗本代官屋敷としての家格を伝える」と解説されている。武者窓が家格の根拠として挙げられている。
京都府の山田家住宅長屋門は江戸後期の建築で、「外壁は武者窓や与力窓を構え、腰を簓子下見板張とし、軒は出桁造で漆喰塗とする。重厚な表構えをつくる大型の長屋門」と解説されている。
与力窓との書き分け
山田家住宅長屋門の解説が武者窓と与力窓を並べているように、両者は別の窓として記録される。与力窓は横格子を入れた窓を指し、縦格子の武者窓と向きが違う。大阪府の藤野家住宅東門及び長屋は明治7年の建築で、「外壁は漆喰塗大壁で与力窓を穿ち、腰竪板張とする」と解説されている。
どちらも門の外壁に設けられ、外を見張りながら内側を隠す働きをする。格子の向きで名が変わるため、記録の語をそのまま引くのが確実である。
現地では長屋門の外壁を見るとよい。太い格子が縦に並んだ窓が壁に開いていれば武者窓、横に並んでいれば与力窓である。
参考文献
- 文化庁 文化財の紹介 登録有形文化財(建造物)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
- 国指定文化財等データベース(文化庁)平松家住宅長屋門/外壁は腰を簓子下見板張とし、土壁に武者窓を穿つ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009203
- 国指定文化財等データベース(文化庁)瀧川家住宅長屋門/西寄りに鏡柱を立て脇戸付の戸口を開き、正面の武者窓等の構えが旗本代官屋敷の家格を伝える
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004580
- 国指定文化財等データベース(文化庁)山田家住宅長屋門/外壁は武者窓や与力窓を構え、腰を簓子下見板張とする
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008145
- 国指定文化財等データベース(文化庁)藤野家住宅東門及び長屋/外壁は漆喰塗大壁で与力窓を穿つ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009345
最終更新: 2026.09.02