戦時下に建った木造校舎
旧初原小学校一号棟は、茨城県久慈郡大子町初原にある昭和17年(1942年)建築の木造校舎で、平成30年(2018年)5月10日に登録有形文化財に登録された。木造平屋建、金属板葺、建築面積369平方メートル。旧初原小学校の敷地に現存する3棟のうち、いちばん古い建物である。
敷地は南へ下る斜面を背にして開かれている。北側に建物が東西へ並び、一号棟と二号棟、別棟の調理室、そして講堂が渡り廊下でつながる。校舎の背面には便所や物置などの附属棟が置かれた。正面の校庭は南に向かって開き、背後は山の緑が迫る。
旧初原小学校一号棟は切妻造の東西棟で、平面は片廊下式をとる。北側に廊下を1本通し、南側に教室を並べる形式である。木造校舎としては珍しくない構成だが、この建物では南面の開口の扱いに手が込んでいる。ガラス窓を立て、その上にさらにガラスの欄間を重ねて、教室の奥まで光を届かせる。教室の照明を電灯に頼れない時代の答えが、そのまま壁面に残っている。
建築年代の根拠は建物に残る墨書だと大子町は記録している。二号棟の昭和35年(1960年)と講堂の昭和29年(1954年)は閉校記念誌から確認されており、3棟それぞれ拠りどころが異なる。
学校の歴史はもっと古い。初原小学校は明治6年(1873年)10月に創立し、明治23年(1890年)に佐原尋常小学校初原分校、明治25年(1892年)に初原尋常小学校として独立した。大正15年(1926年)に再び佐原尋常高等小学校の分校となり、昭和31年(1956年)4月に大子町立初原小学校として独立している。一号棟が建った昭和17年(1942年)は分校であった時期にあたる。平成7年(1995年)3月に統合で閉校し、その後は地元の初原地区が管理を引き継いだ。
限られた用材で校舎を成立させる
旧初原小学校一号棟の登録基準は「造形の規範となっているもの」である。評価されたのは意匠の華やかさではない。木材が思うように手に入らない時期に、それでも校舎を建て切った構法のほうだった。
文化庁の解説が挙げるのは、軸部にも小屋組にも規格材を用い、トラスや添柱で効率よく構造耐力を確保している点である。太い材を一本使えば済むところを、細く短い規格材の組み合わせで代替する。小屋組にトラスを入れれば、梁の断面を絞っても屋根の荷重を受けられる。柱には添柱を寄り添わせ、断面の小さい材でも必要な強さに届かせる。設計と手間で材料の不足を埋めた建物、と言い換えてもいい。
登録は平成30年(2018年)5月10日付、登録番号は08-305である。同じ敷地の二号棟と講堂も同じ日に登録された。3棟がそろって残っていることで、戦中から戦後にかけて学校施設がどう変わっていったかを、ひとつの敷地の中で追える。
建物にはその後の手も入っている。昭和35年(1960年)と平成2年(1990年)の改修である。昭和35年(1960年)は、西側に二号棟が増築された年でもある。
旧初原小学校一号棟の見どころ
南面に立って見上げてほしい。ガラス窓の帯があり、その上にもう一段、細長いガラスの欄間が並ぶ。二段構えの開口が桁行いっぱいに続く様子は、写真で見るより実物のほうが強い印象を残す。曇りの日でも教室の奥が明るいのは、この上段が効いているからである。
北側の廊下に回ると、建物の性格が変わる。片廊下式では廊下側に大きな窓を取らないことが多く、南面の開放感とは対照的に落ち着いた空間になる。教室と廊下を隔てる建具、床板の摩耗、柱の足元。手を触れられる高さに、使われ続けた痕跡が残っている。
小屋組を見る機会があれば見逃さないほうがいい。規格材を組んだトラスは、社寺建築の豪快な梁組とは発想が違う。細い部材を三角形に組んで力を流す考え方で、近代の学校建築や工場建築が持ち込んだ技術である。旧初原小学校一号棟では、それが戦時の資材事情という具体的な制約に応える形で使われた。
屋根は金属板葺で、外壁は白い。背後の山の緑と重なると輪郭がはっきり浮かぶ。同じ敷地の講堂は瓦葺で外壁がモルタル塗、二号棟は2階建である。3棟を並べて眺めると、屋根材も階数も揃っていない。統一された計画のもとに建てられたのではなく、必要が生じるたびに継ぎ足されてきた学校の姿がそこにある。
校舎は今も使われている。祭りの太鼓の練習場所など、地元住民の活動の場になっていると大子町は伝えている。閉校から30年が経っても建物が傷まずに残っているのは、この使われ方によるところが大きい。
見学方法とアクセス
旧初原小学校一号棟は常設の公開施設ではない。閉校後は地元の初原地区が管理し、住民の活動に使われている建物であるため、開館時間や入場料といった案内は設けられていない。内部を見たい場合や撮影を希望する場合は、大子町教育委員会事務局生涯学習担当(電話0295-72-1148)に事前に相談してほしい。地域の行事と日程が重なることもある。
最寄り駅はJR水郡線の常陸大子駅で、そこから北西へ約7キロメートル、車で15分ほどの距離にある。駅前でタクシーを拾うか、レンタカーを使うのが確実である。大子町によれば、東京方面からは品川駅・東京駅・上野駅からJRを乗り継いで常陸大子駅まで2時間20分から2時間50分ほど、車なら常磐自動車道の那珂インターチェンジから国道118号を北上して約1時間かかる。
敷地に着けば、一号棟・二号棟・講堂の3棟がひと続きに並ぶ様子を外から見渡せる。渡り廊下でどうつながっているか、屋根の高さがどう違うかは、少し離れた位置から全体を眺めたほうがわかりやすい。校庭は南向きで、午前中のほうが南面のガラス面に光が当たる。
よくある質問
- 旧初原小学校一号棟はいつ建てられた建物ですか。
- 昭和17年(1942年)の建築です。建物に残る墨書がその根拠だと大子町は記録しています。その後、昭和35年(1960年)と平成2年(1990年)に改修が行われました。
- 旧初原小学校一号棟の内部は見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 常設公開はしておらず、開館時間や入場料の設定もありません。地元の初原地区が管理し、住民の活動に使われている建物です。内部の見学を希望する場合は、大子町教育委員会事務局生涯学習担当(電話0295-72-1148)へ事前に問い合わせてください。
- 旧初原小学校一号棟へのアクセス方法と、最寄り駅からの所要時間を教えてください。
- JR水郡線の常陸大子駅から北西へ約7キロメートル、車で15分ほどです。駅からの公共交通は限られるため、タクシーかレンタカーの利用が現実的です。所在地は茨城県久慈郡大子町初原960です。
- 旧初原小学校一号棟はなぜ登録有形文化財になったのですか。
- 登録基準は「造形の規範となっているもの」です。戦時中の限られた用材で校舎を建てるため、軸部と小屋組に規格材を用い、トラスや添柱で構造耐力を確保した点が評価されました。登録は平成30年(2018年)5月10日、登録番号は08-305です。
- 旧初原小学校一号棟と、同じ敷地の二号棟・講堂の違いは何ですか。
- 一号棟は昭和17年(1942年)の木造平屋建で建築面積369平方メートル、二号棟は昭和35年(1960年)に一号棟の西側へ増築された木造2階建で100平方メートル、講堂は昭和29年(1954年)の木造平屋建で103平方メートルです。3棟は渡り廊下でつながっています。
基本データ
| 名称 | 旧初原小学校一号棟 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県久慈郡大子町初原960 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成30年(2018年)5月10日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積369平方メートル |
| 所有者 | 大子町 |
| 公開状況 | 常設公開なし。地元住民が管理・使用しており、見学は事前連絡が必要 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「旧初原小学校一号棟」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012282
- 大子町「旧初原小学校」
- https://www.town.daigo.ibaraki.jp/page/page008105.html
- 文化庁「登録有形文化財(建造物)の登録について」(平成30年3月9日)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/r1392281_30.pdf
- 大子町「アクセス・公共交通機関のご案内」
- https://www.town.daigo.ibaraki.jp/page/page006661.html
最終更新日: 2026.09.07