街なかに立つ明治の煉瓦門

旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀は、茨城県龍ケ崎市上町にある明治後期の煉瓦造の門と塀で、平成30年(2018年)5月10日に国の登録有形文化財に登録された。員数は1棟である。

門の間口は3.7メートル。中央に一対の門柱が立ち、その左右にやや低い脇門の門柱が一対そえられる。中央の門柱は高さ3.8メートルあり、前に立つとかなり見上げることになる。門の両側には高さ2.2メートルの塀が延び、現在の総延長は10メートルである。

文化庁の国指定文化財等データベースは、建設時期を明治後期、西暦では1898年から1912年の間としている。龍ケ崎市の資料は、実業家の諸岡良佐(もろおかりょうすけ)が明治43年(1910年)頃に自邸とともに建てたものと伝えている。

ただし、いま門が立っている場所は、それが建てられた場所ではない。旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀は、平成27年(2015年)に上町の現在地へ移された門塀である。

登録有形文化財になった理由

旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀の登録番号は第08-0303号。適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」である。国土の景観への寄与や再現の困難さではなく、意匠のまとまりが評価された一件にあたる。

煉瓦は明治の日本が近代化を測る物差しのひとつだった。官庁や工場、駅舎といった公共の建物から始まった煉瓦造は、やがて地方都市の個人の屋敷にも及ぶ。県南の商業地であった龍ケ崎で、町長も務めた人物の屋敷が煉瓦の門構えを持ったことは、その広がりが茨城の在地社会にどこまで届いたかを示す物差しになる。

登録有形文化財の制度は、所有者が届出をしながら使い続けることを前提とする。旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀は、そのしくみに乗る前に一度解体され、9年の保管を経て組み直された。文化財として登録されたのは、組み直されたあとの姿である。

門柱と塀を近くで見る

旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀でまず目が留まるのは、門柱の上部を水平に一周する帯状の凸部である。煉瓦を数段だけ外へずらして積み、影の線を一本つくっている。装飾はこれだけだが、直方体の柱に横方向の区切りが入るだけで、柱の見え方が変わる。

柱の天端には、柱頭飾を思わせる張出しが載る。石造建築の柱頭を煉瓦で置き換えたような形で、上に向かってわずかに広がる。西洋建築の語彙を、地元の職人が手に入る材料で消化した跡と読める部分である。

中央の門柱と脇門の門柱では高さが違う。一対の主柱が3.8メートル、脇柱はそれより低く、両側の塀は2.2メートル。門の正面に立って左右を見渡すと、高い柱から低い柱、そして塀へと、高さが三段階で落ちていく。

塀の総延長は現在10メートルだが、龍ケ崎市の資料によれば、もとの塀は35メートルを超えていたという。いま見えているのは、かつての表構えの一部にすぎない。残された10メートルの向こうに、その長さを想像しながら歩くと見え方が変わる。

門は八坂神社の脇、中央公園に隣接する市有地に立っている。周囲は住宅と商店がまじる旧市街で、塀の背後には公園の樹木が見える。門をくぐった先に屋敷はなく、門と塀だけが残る。門の向こうが抜けているという、移築された門塀にしか生じない光景である。

諸岡良佐と、解体から移築までの9年

旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀を建てた諸岡良佐は、龍ケ崎の近代を語るときに外せない人物である。龍ケ崎市によれば、第11代の龍ケ崎町長を務め、龍ケ崎銀行の頭取、そして龍崎鉄道株式会社の第6代社長の職にあった。龍崎鉄道は、現在の関東鉄道竜ヶ崎線の前身にあたる。

その邸宅は、明治43年(1910年)に竜ケ崎駅の近くへ新築された。鉄道の会社を率いた人物が、自らの線路の駅前に屋敷を構えたことになる。煉瓦の門と長い塀は、その表構えとして設けられた。

平成18年(2006年)、諸岡家の意向により邸宅の解体が予定された。門と塀も失われるところだったが、これを惜しんだ市民が「赤レンガ保存実行委員会」を立ち上げて保存に動いた。委員の寄付と賛同者の募金に、東日本鉄道文化財団の助成と龍ケ崎市の「市民協働提案事業」の助成金が加わり、一時保管されていた煉瓦は平成27年(2015年)に現在地へ移築された。解体から数えて9年の時間がかかっている。

移築先に選ばれたのは、駅前ではなく旧市街の一角だった。かつて屋敷の前を人が行き来したように、いまも門の前を市民が通る場所である。

見学とアクセス

旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀は屋外に立ち、公園に隣接する市有地にあるため、時間の制限なく見学できる。拝観料や入場料はかからない。門の内側に建物はないので、公開日や公開時期を待つ必要もない。

撮影の制限は設けられていない。門柱の帯状の凸部と柱頭風の張出しは、正面よりも斜めから見たほうが陰影が出る。晴れた日の朝夕は、赤い煉瓦の色が濃く出る時間帯である。

公共交通で向かう場合は、JR常磐線の龍ケ崎市駅で関東鉄道竜ヶ崎線に乗り換える。乗り換え駅は関東鉄道側では佐貫駅という名で、そこから終点の竜ヶ崎駅までは4.5キロメートル、7分ほどである。竜ヶ崎駅からは南へ徒歩10分ほどで、上町の八坂神社脇に着く。

門の周囲に見学者用の駐車場は用意されていない。車で訪れる場合は、周辺の公共施設や有料駐車場を利用することになる。文化財に関する問い合わせは、龍ケ崎市教育委員会文化・生涯学習課(電話 0297-64-1111)が受け付けている。

Q&A

Q旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀は自由に見学できますか。料金はかかりますか。
A屋外の市有地に立っているため、時間の制限なく自由に見学でき、料金もかかりません。門の内側に建物はなく、外から全体を見ることができます。
Q旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀へは竜ヶ崎駅からどのくらいですか。
A関東鉄道竜ヶ崎線の竜ヶ崎駅から南へ徒歩10分ほどです。JR常磐線からは龍ケ崎市駅で竜ヶ崎線(関東鉄道側の駅名は佐貫駅)に乗り換え、終点まで7分ほどかかります。
Q旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀は写真撮影ができますか。
A撮影の制限は設けられていません。門柱上部の帯状の凸部と柱頭飾風の張出しは、斜めから光が当たる時間帯のほうが立体感が出ます。周囲は住宅地なので、近隣の住居が写り込まないよう配慮してください。
Q旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀は建てられたときからこの場所にあるのですか。
Aいいえ。もとは竜ケ崎駅の近くにあった諸岡家の邸宅の表構えでした。平成18年(2006年)の邸宅解体にともなって外され、一時保管を経て平成27年(2015年)に上町の現在地へ移築されています。
Q旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀はどのくらいの大きさですか。
A門の間口は3.7メートル、中央の門柱は高さ3.8メートルです。両側の塀は高さ2.2メートルで、現在の総延長は10メートル。もとの塀は35メートルを超えていたと龍ケ崎市は伝えています。

基本情報

名称旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀
所在地茨城県龍ケ崎市上町4274-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1棟
寸法門 間口3.7メートル、門柱高さ3.8メートル/塀 総延長10メートル、高さ2.2メートル
所有者龍ケ崎市
公開状況屋外に常時公開、見学無料

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012280
茨城県教育委員会 いばらきの文化財「旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀」
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-5896/
龍ケ崎市「旧諸岡家住宅煉瓦門及び塀」
https://www.city.ryugasaki.ibaraki.jp/kanko/bunka/bunkazai/rengamonhei.html
龍ケ崎市「龍ケ崎の文化財」
https://www.city.ryugasaki.ibaraki.jp/kanko/bunka/bunkazai/index.html

最終更新日: 2026.09.08