龍角寺古墳群・岩屋古墳——古墳時代終末期最大の方墳が眠る台地
印旛沼の北東岸、標高三十メートル余の台地の南端に、三段に積まれた巨大な四角錐がある。一辺はおよそ七十八メートル、高さ十三・二メートル。岩屋古墳——古墳時代終末期(七世紀)に築かれた方墳としては全国最大の規模を誇り、古墳時代全体を通しても、奈良県橿原市の桝山古墳に次ぐ第二位の方墳である。
この古墳が中心となる龍角寺古墳群は、千葉県印旛郡栄町と成田市にまたがって分布する、総数百十五基の古墳の総称である。築造は六世紀の古墳時代後期から七世紀の終末期まで、ほぼ一世紀半におよぶ。古墳時代から律令国家へ——日本社会が大きく姿を変えていくその境目に、この台地に眠る人々は立ち会っていた。
岩屋古墳の南斜面には、二基の横穴式石室が並んで口を開けている。少なくとも天正十九年(一五九一)には既に開口していたことが古文書に記され、本格的な発掘調査も未だ行われていないため、副葬品の出土は一点もない。それでも墳丘と石室の構築そのものが、七世紀の在地豪族の力量と、中央政権との結びつきを語り続けている。
古墳時代の最終局面に築かれた古墳群
龍角寺古墳群は、印旛郡栄町酒直・龍角寺から成田市大竹にかけて、印旛沼を望む下総台地の上に展開する。確認されている百十五基の内訳は、前方後円墳三十七基、円墳七十一基、方墳六基。他の同時期の群集墳と比べて前方後円墳の比率が際立って高く、地域の首長層がかなり遅くまで前方後円墳を築き続けたことがわかる。
古墳の配置にも明瞭な秩序がある。台地の縁辺、印旛沼を見下ろす斜面に並ぶのは、六世紀の小~中規模な円墳や前方後円墳。中央部、現在の千葉県立房総のむら風土記の丘資料館の周辺には、やや規模の大きな円墳や前方後円墳がまとまる。そして台地のやや奥、北東寄りの一角に集中するのが、七世紀の方墳群——岩屋古墳もそのひとつである。
築造の順序は、石材の選択からも辿れる。岩屋古墳の直前に造られたとされる浅間山古墳(千葉県内最後の前方後円墳)と、岩屋古墳の天井石の一部には、筑波山系で産出する雲母片岩が使われている。ところが岩屋古墳以降に築かれたみそ岩屋古墳など他の方墳には、この片岩は用いられず、印旛沼周辺の貝化石を含む軟質砂岩のみが使われる。同じ氏族が代を重ねながら、入手できる石材や工法を少しずつ変えていった様子が、墓室の壁から読み取れる。
なぜ史跡に指定されたのか
岩屋古墳が単独で国の史跡に指定されたのは、昭和十六年(一九四一)一月二十七日のこと。雄大な方墳としての規模と、二基並ぶ切石積横穴式石室の構造的な独自性が指定の根拠だった。以来七十年近く、岩屋古墳は「単体」の史跡として保護されてきた。
平成二十一年(二〇〇九)二月十二日、追加指定によって状況は大きく変わる。古墳群本体および周辺地形を含む九十三基が「龍角寺古墳群・岩屋古墳」の名称で一括指定され、保護範囲は約四十四万五千平方メートルに広がった。これは千葉県内の国指定史跡として最大の面積である。
追加指定の背景には、近年明らかになった歴史的文脈がある。平城宮跡から出土した木簡により、奈良時代の埴生郡司を務めていたのが大生部氏であったことが判明した。龍角寺の創建や古墳群の造営を担った印波国造も、この大生部一族の流れを汲む可能性が高い。古墳群の北西には、白鳳期(七世紀後半)に創建された龍角寺と、律令制下の埴生郡衙跡が広がる。墳丘、寺院、官衙——三つの遺跡群がひとつの氏族の歩みを浮かび上がらせる、その全体像を残すための再指定だった。
歩いて確かめる古墳群の見どころ
岩屋古墳(一〇五号墳)
南側から近づくと、まず三段に築かれた墳丘が、林の奥に階段ピラミッドのような輪郭を見せる。下段の南面中央に、東西の石室がおよそ九メートルの間隔で並ぶ。東石室は奥行き約七メートル、幅約二メートル、高さ三・五メートル。西石室はそれよりやや小ぶりで、奥行き約四~五メートルである。現在内部を見学できるのは東室のみ。
石材を近くで観察すると、貝の化石が点々と混ざる軟質砂岩であることがわかる。これは印旛沼周辺の狭い範囲にだけ露頭する「木下貝層」から切り出されたもので、長さ六十~百センチ、幅三十センチほどに切り揃え、煉瓦のように互い違いに積み上げてある。柔らかい石材だからこそ可能になった、緻密な切石積みの石室——七世紀の畿内の終末期古墳に通じる技術が、関東の縁辺にも届いていたことを示している。
一〇一号墳——埴輪に囲まれた円墳
岩屋古墳から南へ少し歩くと、成田市域に入り、二重周溝をめぐらせた直径約二十五メートルの円墳に出る。発掘調査では武人や馬を象った形象埴輪が多数出土し、現在は築造当時の姿が地上に復元されている。墳丘の縁を巡る円筒埴輪の列、造り出し部に並ぶ人物・動物の埴輪——古墳が完成した直後の景色を、これほど具体的に想像できる場所は珍しい。すぐ南には、重要文化財の旧学習院初等科正堂が建っている。
浅間山古墳(一一一号墳)
古墳群の最大の前方後円墳が浅間山古墳である。全長七十八メートル、七世紀前半の築造で、千葉県内で最後に造られた前方後円墳とされる。横穴式石室からは、金銅製・銀製の冠飾、金銅製の飾馬具など、被葬者の地位の高さをうかがわせる豪華な副葬品が出土している(千葉県指定文化財)。房総のむらの中心施設からはやや離れた林の中にあり、案内表示を辿る必要があるが、墳丘の規模と石室の重厚さは、足を運ぶ価値が十分にある。
周辺の見どころ
指定範囲の七割以上は、千葉県立房総のむらの敷地内にある。風土記の丘エリアでは、復元竪穴住居や房総風土記の丘資料館で県内各地の考古資料を見学できるほか、ふるさとの技体験エリアでは江戸時代末期から明治初期にかけての商家・武家屋敷・農家が建ち並び、そば打ちや藍染、わら細工など四百種類以上の体験ができる。
一〇一号墳の近くには、明治三十二年に建てられた旧学習院初等科正堂(重要文化財)が移築保存されている。古墳群の北方、徒歩圏内にある龍角寺には、七世紀末から八世紀初頭に遡るとされる薬師如来坐像(重要文化財)が伝わり、東日本最古級の金銅仏として知られる。古墳と寺院、そして体験博物館を組み合わせれば、印旛沼東岸の一日散策が成立する。
Q&A
- 石室の中に入って見学できますか
- 岩屋古墳の東石室は、入口から内部の様子を見学できます。保存状態によって立ち入り制限がかかる場合もあるため、現地の案内表示に従ってください。西石室は通常公開していません。
- 副葬品など出土品は展示されていますか
- 岩屋古墳自体からは、十六世紀末には既に石室が開口していたため、副葬品は一点も出土していません。一方、一〇一号墳の形象埴輪や浅間山古墳の冠飾・馬具などは、房総のむら内の風土記の丘資料館で見ることができます。
- 岩屋古墳はどのくらいの規模ですか
- 方墳としては、奈良県橿原市の桝山古墳に次いで全国第二位の規模です。古墳時代終末期(七世紀)の方墳に限れば全国最大で、同時期の用明天皇陵や推古天皇陵をも上回るとされます。
- 入場料はかかりますか
- 岩屋古墳および古墳群内の散策路は無料で見学できます。風土記の丘資料館や復元町並みなどを含む房総のむらの有料エリアは、一般入場料三百円です。
- いつ訪ねるのが良いですか
- 古墳群の南に隣接する坂田ヶ池公園は桜の名所で、春は墳丘の周囲も淡い色に染まります。秋は雑木林の紅葉が美しく、墳丘の輪郭がはっきり浮かび上がる冬も、古墳の形を観察するには良い季節です。
基本情報
| 名称 | 龍角寺古墳群・岩屋古墳(りゅうかくじこふんぐん・いわやこふん) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡(岩屋古墳:昭和十六年一月二十七日指定/平成二十一年二月十二日 追加指定・名称変更) |
| 所在地 | 千葉県印旛郡栄町、成田市大竹 |
| 岩屋古墳所在地 | 千葉県印旛郡栄町龍角寺字池下一六〇一ほか |
| 築造時期 | 六世紀~七世紀(古墳時代後期~終末期)/岩屋古墳は七世紀前半~中頃と推定 |
| 古墳の総数 | 百十五基(前方後円墳三十七基、円墳七十一基、方墳六基)/うち九十三基が国指定 |
| 岩屋古墳の規模 | 方墳・三段築成。一辺約七十八メートル、高さ十三・二メートル。外側周溝部を含めて一辺約一〇九メートル |
| 指定面積 | 約四十四万五千平方メートル(千葉県内の国指定史跡として最大) |
| 管理団体 | 栄町(昭和十六年八月十六日指定) |
| アクセス | JR成田線 安食駅から千葉交通バス龍角寺台車庫行きで約十分、「房総のむら」下車徒歩五~十分。車の場合、東関東自動車道 成田ICから約二十~三十分。 |
| 見学時間・料金 | 岩屋古墳:通年無料。房総のむら:午前九時~午後四時三十分、月曜休館(祝日の場合は翌日休館)、一般入場料三百円。 |
参考文献
- 文化遺産オンライン「龍角寺古墳群・岩屋古墳」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/205013
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/643
- 栄町公式ホームページ「国指定文化財」
- https://www.town.sakae.chiba.jp/page/page000777.html
- 千葉県「龍角寺古墳群・岩屋古墳」
- https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n411-017.html
- 成田市「【国指定史跡】龍角寺古墳群・岩屋古墳」
- https://www.city.narita.chiba.jp/shisei/page0152_00061.html
- 印旛郡市文化財センター「国指定史跡 岩屋古墳現地説明会資料」
- https://www.inba.or.jp/sp/genti/iwayasp.html
最終更新日: 2026.05.17