益子の山あいに残る茅葺きの本殿
栃木県益子町上大羽。木立のなかの石段をおよそ百段のぼると、急勾配の茅葺き屋根をのせた小さな木造の社殿が現れる。綱神社の本殿である。正面が三間の三間社流造(さんげんしゃながれづくり)で、大正5年(1916年)に国の保護を受け、いまは重要文化財に指定されている。
派手な構えはない。見どころは、ふっくらと反った茅葺き屋根の線と、軒下に隠れるように施された素朴な彫刻にある。
流された武将が建てた社
創建は、宇都宮氏3代の当主・宇都宮朝綱(うつのみやともつな)にさかのぼる。朝綱は12世紀末にこのあたりを治めていたが、建久5年(1194年)、公田を横領した疑いをかけられ、四国の土佐国へ流された。土佐の賀茂明神に帰国を祈ったところ、ほどなく赦免されたと伝わる。
上大羽に戻った朝綱は、自らが開いた菩提寺・尾羽寺(おばでら)に隠居し、その近くに、土佐で祈った賀茂明神を勧請した。これが綱神社のはじまりで、建久6~7年(1195~96年)ごろのことという。社名の「綱」は朝綱の名に由来し、明治の改称までは綱明神と呼ばれていた。御祭神は味耜高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)と大国主命である。
創建にまつわる風習も残る。年の瀬に急いで神を祀ったという言い伝えから、この地では今も門松を立てない家が多い。
重要文化財に指定された理由
現在の社殿の年代について、国指定文化財等データベースは室町時代中期とする。一方、神社の由緒や日本遺産の記録では、大永年間(1521~1528年)の再建とし、それ以前、文明4年(1472年)にも改築があったと記す。いずれにしても、いま残るのは室町時代の建築である。
評価されたのは、木割と細部の造形である。柱上の組物は三斗組とし、両端を連三斗組とする。妻には懸魚(げぎょ)を下げ、向拝の手挾(たばさみ)や木鼻(きばな)は、後世の装飾過多な様式とは異なる、素朴で力強い彫り口を見せる。室町期の特色がよく出ている。
茅葺きの三間社流造という形式は県内では数が少なく、その点でも貴重とされる。いまは失われた宇都宮氏の氏寺・尾羽寺の、数少ない遺構の一つでもある。
見どころ
まず石段の下から見上げてほしい。分厚く反った茅葺きの屋根が、この建物の顔である。周囲の木々が移ろうたびに、見え方も変わっていく。
近づくと、正面には三間の向拝(こうはい)が張り出している。供物を捧げるための空間で、面取りした角柱が支える。身舎(もや)は円柱を土台の上に立て、内部の柱は十六角に削るという珍しい仕立てになっている。組物を見上げると、軒の高さをそろえるために升の高さを調整した工夫が読み取れる。
すぐ隣には、もう一棟の茅葺きの社殿が立つ。摂社・大倉神社の本殿で、こちらも重要文化財である。一間社流造の小さな建物で、大永7年(1527年)の建立と伝わり、のちにこの境内へ移されたという。社殿の近くには、朝綱お手植えと伝わる推定樹齢約800年の椎(しい)の木があり、益子町の天然記念物に指定されている。秋の例祭では、地元の子どもたちによる代々神楽(だいだいかぐら)が奉納される。
アクセスと周辺
綱神社があるのは、焼き物で知られる益子町の上大羽地区である。多くの人は車で訪れるか、真岡鐵道の益子駅からタクシーを使う。所要は15分ほど。尾羽の里交遊館に駐車場があり、そこから一の鳥居・二の鳥居を抜けて石段へ向かう。社殿は外からの拝観で、参道を歩くこと自体が見どころになっている。
両社殿の茅葺きは近年傷みが進み、地元では修理委員会が組織されて修復の準備が進められている。屋根の工事は2027年ごろの着手が見込まれている。工事の前後で社殿周辺の立ち入りが変わる場合があるため、訪問前に最新の状況を確かめておくとよい。
周囲は、ゆっくり歩くと面白い。数百メートルの距離に、尾羽寺の流れをくむ地蔵院がある。宇都宮氏の菩提寺で、その本堂も綱神社本殿と同じ大正5年(1916年)の同じ日に重要文化財へ指定された。一族の墓所も近い。少し足を延ばせば、高館山の中腹に西明寺があり、天文7年(1538年)建立の三重塔や同時期の楼門が国の重要文化財として残る。「笑い閻魔」でも知られる寺だ。益子の中心部に並ぶ窯元や店を巡れば、それだけで半日が過ぎる。
Q&A
- 社殿の中に入れますか。
- 中には入れません。綱神社本殿は外からの拝観で、内部は通常公開されていません。石段をのぼり、本殿や隣の大倉神社本殿の周囲を歩いて見学できます。
- どうやって行けばよいですか。
- いちばん簡単なのは、真岡鐵道・益子駅からタクシーで約15分です。JR宇都宮駅西口からは関東バスの益子行きで約70分、「益子駅前」下車後にタクシーが使えます。車では、北関東自動車道の桜川筑西ICまたは真岡ICからおよそ25~30分です。駐車場は尾羽の里交遊館にあります。
- すぐ隣の建物は何ですか。
- 摂社・大倉神社の本殿で、こちらも別の重要文化財です。一間社流造の茅葺き社殿で、大永7年(1527年)の建立と伝わり、綱神社の境内へ摂社として移されました。二棟の茅葺き本殿を並べて見られるのが、ここを訪ねる魅力の一つです。
- お祭りのときに見られるものはありますか。
- 秋の例祭で、地元の子どもたちによる代々神楽が奉納されます。地域で受け継がれてきた神楽です。日程は年によって変わるため、それに合わせて訪ねたい場合は事前に確認してください。
- 建物はいつのものですか。
- 資料によって異なります。国指定文化財等データベースは室町時代中期とし、神社の由緒や日本遺産の記載では、文明4年(1472年)の改築を経て大永年間(1521~1528年)に再建されたとします。いずれの資料も室町時代の建築である点では一致しています。
基本データ
| 名称 | 綱神社本殿(つなじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県芳賀郡益子町大字上大羽2350 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 00672 |
| 指定年月日 | 大正5年(1916年)5月24日(戦前の制度による指定。昭和25年〔1950年〕の文化財保護法施行にともない重要文化財へ移行) |
| 時代 | 室町時代中期(国指定文化財等データベース)。現社殿は神社由緒により大永年間(1521~1528年)の再建とされる |
| 構造・形式 | 三間社流造、茅葺/1棟 |
| 所有者 | 綱神社 |
| アクセス | 真岡鐵道・益子駅からタクシーで約15分。駐車場は尾羽の里交遊館 |
| 拝観 | 無料・外観拝観 |
参考文献
- 文化遺産オンライン 綱神社本殿
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188233
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/393
- 益子町の文化財 綱神社本殿
- https://www.town.mashiko.lg.jp/cultural_property.php?mode=detail&code=28
- 日本遺産ポータルサイト 綱神社(摂社大倉神社含む)
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4859/
- とちぎ旅ネット 綱神社
- https://www.tochigiji.or.jp/spot/4282/
最終更新日: 2026.06.04