旧松波城庭園 ― 能登半島先端に眠る戦国の枯山水
日本海を望む能登半島のほぼ先端、石川県鳳珠郡能登町の小高い丘の上に、日本でもきわめて稀有な枯山水庭園の遺構があります。それが、平成24年(2012)に国の名勝に指定された「旧松波城庭園(きゅうまつなみじょうていえん)」です。寺院の白砂庭でも、観光地として整備された名園でもなく、戦国時代の落城とともに地中に封じ込められ、約450年の時を経てふたたび日の目を見つつある「考古学的庭園」――室町から戦国にかけての姿を、ほぼそのままに今へ伝える、たいへん貴重な史跡です。
松波の海を見下ろす城
松波城は、日本海に注ぐ松波川の左岸、標高30メートルほどの丘陵を利用して築かれた中世の平山城です。文明6年(1474)、能登国守護を務めた畠山義統(はたけやま よしむね)の三男・畠山義智(よしとも)が築城したと伝えられ、以後、松波畠山氏の居城として、奥能登一帯を6代・約100年にわたって治めました。畠山宗家の本拠であった七尾城の支城的役割を担い、5代当主・松波義龍の代に在地の有力豪族「松波氏」の名跡を継ぎ、家名を松波と称するようになります。
しかしその歴史は、天正5年(1577)に突然の終わりを迎えます。上杉謙信が七尾城を陥落させた後、その家臣・長沢光国の軍勢が松波城に攻め寄せ、6代当主・松波義親が自害して落城。城は廃され、丘の上は静かな雑木林に戻っていきました。皮肉なことに、この比較的短期間での焼亡と完全な放棄こそが、地中に眠る庭園を「ほぼ作庭当時のまま」現代に伝える最大の理由となったのです。
四世紀の眠りから目覚めた庭
庭園遺構が初めて注目されたのは、昭和37年(1962)のことでした。城跡南東部の斜面で不自然な石組が確認され、以後、断続的に調査が続けられます。本格的な全面発掘は平成28年度(2016)から開始され、その全容が次第に明らかになりました。城域の東南端、標高約15メートルの平坦地、面積約600平方メートルの敷地から、四阿(あずまや)と思われる建物跡と、その付属建物、そして建物の軒先に沿って延びる延長約8.7メートルの枯山水「流れ」の遺構が姿を現したのです。
多くの著名な日本庭園が、長い年月のあいだに幾度も改修や再構築を受けて現在の姿となっているのに対し、松波の庭は落城とともに一気に埋もれ、そのまま約450年を過ごしました。そのため、室町から戦国にかけての作庭意匠が、当初の状態に近いかたちで残されている――この稀有な保存状態と、後述する独自の意匠が高く評価され、平成24年(2012)1月24日、国の名勝に指定されました。さらに令和5年(2023)9月28日には追加指定が行われています。
類例なき意匠 ― 円礫の流れ
京都の龍安寺や大仙院に代表される多くの枯山水は、白砂や砂利を熊手で掻いて水の流れを表現します。ところが、松波の庭はまったく異なる手法を用いていました。流れに用いられているのは砂ではなく、平らで丸い小ぶりな川原石。その円礫を縦に立てて並べる「小端立(こばだて)」と呼ばれる技法で、まるで波立つ水流そのもののような立体的なテクスチャを生み出しているのです。さらに、その流れの両岸と中央には、大小19個の景石(けいせき)が緻密に配置されています。
その細部の表現は、まさに「水を石で描く」と呼ぶにふさわしいものです。流れの起点には、小ぶりな景石を中心に円礫を渦巻状に据え、岩間から湧き出る水の様子を表現。流れが下るにつれて、円礫を縦方向に小端立てに連続させて山間部の清流のような勢いを作り出し、景石の周囲や緩やかな湾入部・突出部では円礫を平らに敷いて、淀みや静かな水溜まりの様子を象っています。湧水・流れ・渦・淀み・波打ち――石だけで水のあらゆる表情が描き出されており、現存する中世日本庭園のなかで他に類例を見ない傑出した作庭技法とされています。
京都の文化が能登の地に根付くまで
これほど洗練された庭園文化が、なぜ能登半島の先端に伝わったのでしょうか。その鍵は、松波氏の独特な人脈にあります。松波氏は奥能登の有力武士でありながら、京都の有力貴族・日野家の被官として在京する機会が多くありました。当時の京都で発達していた書院造の庭園や禅宗寺院の枯山水を実地に見聞し、作庭の理念に直接触れる立場にあったのです。
しかし、松波の庭はけっして京都様式をそのまま移植したものではありません。流れに用いられた円礫は能登の在地で得られる石材であり、それを縦に立てて並べる小端立技法は、現存する中世日本庭園のなかでもほかに例がありません。つまり松波氏は、京の都で受けた庭園文化の理念を取り入れながら、地元の石材を使った独自の意匠と工法を編み出していったのです。中央文化の受容と地方独自の創造が同時に進んでいた様子をうかがわせる、希少な物証といえるでしょう。発掘の指揮を執った能登町教育委員会の担当者も、「火災で短期間に焼失したため、当時のままの姿がパックされたように残っている」と、その稀有な保存状態を説明しています。
訪問にあたって
はじめにお伝えしておきたいのは、旧松波城庭園が一般的な観光地のように常時公開されているわけではない、ということです。脆弱な遺構を保護するため、現在も発掘調査と整備が継続中であり、庭園跡そのものの見学には事前申請が必要です。希望される場合は、見学日の2週間前までに能登町教育委員会へお問い合わせください。なお、天候や保護上の事情によりお受けできない場合もあります。
一方で、城跡全体は「松波城址公園」として整備され、自由に散策することができます。遊歩道が縦横に巡らされ、本丸跡や曲輪跡、土塁などを見て歩くことが可能で、丘の上からは松波川河口と日本海が一望できます。また、廃線となったのと鉄道松波駅の駅舎は、平成19年(2007)に「松波城址情報館」として活用が始まり、城と庭園に関する展示資料を見ることができます。
令和6年(2024)1月の能登半島地震の影響により、能登地方では現在も復旧が続いています。訪問の際は最新の現地情報をご確認のうえ、地域の方々へのご配慮をお願いいたします。
奥能登をめぐる旅
松波城庭園を訪れたなら、ぜひ周辺の奥能登エリアもあわせて巡ってみてください。城址公園からほど近い場所には、江戸時代から続く松波酒造があり、地元の銘酒に触れることができます。海岸沿いを少し南下すれば、軍艦のような姿で海上にそびえる「見附島」(通称「軍艦島」)が能登のシンボルとして迎えてくれますし、悲恋伝説で知られる「恋路海岸」は、いまでは縁結びのスポットとしても親しまれています。
さらに足を伸ばすと、約6,000年前の縄文集落跡「真脇遺跡」が広がり、隣接の縄文真脇温泉では旅の疲れを癒すこともできます。複雑に入り組んだリアス式海岸が広がる「九十九湾」は西日本でも有数の景勝地で、観光交流施設「イカの駅つくモール」も近接しています。中世の庭園、縄文の集落、そして自然のままの海岸線――幾重にも重なる時間の層を体感できるのが、奥能登という旅の魅力です。
Q&A
- 旧松波城庭園はいつでも見学できますか。
- いいえ、庭園跡そのものは常時公開されていません。見学を希望される場合は、2週間前までに能登町教育委員会へご相談ください。なお、天候や遺構保護のためお受けできない場合もあります。城跡を含む松波城址公園は自由に散策可能です。
- この庭園はほかの枯山水とどのように違うのですか。
- 龍安寺などに代表される枯山水が白砂や砂利で水を表現するのに対し、旧松波城庭園は平らで丸い円礫を縦に立てて並べる「小端立(こばだて)」と呼ばれる技法で水の流れを表現しています。19個の景石とともに織りなされる意匠は、現存する中世日本庭園に類例がないとされています。
- この庭はいつごろ作られたのですか。
- 15世紀後半から16世紀にかけて、松波畠山氏が当地を治めていた室町後期から戦国時代にかけて作庭されたと考えられています。天正5年(1577)の落城後に埋没し、昭和37年(1962)に発見されるまで、ほぼ手つかずの状態で眠っていました。
- 金沢からのアクセスを教えてください。
- お車の場合、能登里山海道を北上して金沢から約2時間半、のと里山空港ICからは約40分です。公共交通機関の場合は、金沢駅から珠洲特急バスで駒渡まで乗り、町営バスに乗り換えて松波エリアで下車後、徒歩約5分で松波城址公園入口に到着します。
- なぜ国の名勝に指定されたのですか。
- 天正5年(1577)の落城によって庭園が当時のまま埋没・封じ込められ、室町から戦国期の枯山水の姿をほぼ原状で残している稀少な遺構であること、独自の意匠と工法を持つこと、京都の庭園文化が地方へ伝播し独自に展開した過程を示すこと――これらの庭園史上の価値が高く評価されたためです。
基本情報
| 名称 | 旧松波城庭園(きゅうまつなみじょうていえん) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定名勝(平成24年〔2012〕1月24日指定/令和5年〔2023〕9月28日追加指定) |
| 時代 | 15世紀後半〜16世紀(室町後期〜戦国時代) |
| 種別 | 枯山水庭園遺構 |
| 所在地 | 石川県鳳珠郡能登町松波 |
| 所有・管理 | 能登町(平成25年〔2013〕1月30日 管理団体指定) |
| 遺構の規模 | 標高約15m/面積約600平方メートルの平坦地 |
| 枯山水「流れ」 | 延長約8.7m、幅0.3〜1.3m、景石19個 |
| アクセス | 北鉄奥能登バス「松波城址公園口」バス停から徒歩約3分/のと里山空港ICから車で約40分 |
| 見学について | 庭園跡は常時非公開。見学希望は2週間前までに能登町教育委員会へ申請(電話:0768-62-8537) |
参考文献
- 旧松波城庭園 — 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174637
- 旧松波城庭園 — 石川県の文化財
- https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/siseki/2-7.html
- 国名勝 旧松波城庭園跡について — 能登町ホームページ
- https://www.town.noto.lg.jp/kakuka/1012/gyomu/14/1/1605.html
- 松波城跡 — ほっと石川旅ねっと(石川県観光連盟)
- https://www.hot-ishikawa.jp/spot/detail_6514.html
- 松波城 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%B3%A2%E5%9F%8E
- 松波城庭園 — じゃらんnet
- https://www.jalan.net/kankou/spt_17441ah2140016205/
最終更新日: 2026.05.02