アレン記念館:信仰と教育、そして建築美が息づく北いわての洋館
岩手県久慈市の中心部に静かに佇むアレン記念館は、米国人宣教師タマシン・アレンの居宅として1941年(昭和16年)に建てられた洋風住宅です。日本各地に数多くの名建築を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計によるこの建物は、東北地方では希少なヴォーリズ建築のひとつとして、2016年に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。久慈の教育と福祉に生涯を捧げた一人の女性宣教師の物語と、その暮らしを支えた建築の美しさを、ぜひ現地で感じてみてください。
タマシン・アレンの生涯:久慈を愛し、久慈に愛された宣教師
タマシン・アレン(Thomasine Allen, 1890–1976)は、米国インディアナ州フランクリンに生まれました。1911年にフランクリン・カレッジを卒業後、ニューヨーク神学校に進学。1915年にバプテスト派の宣教師として日本に派遣され、東京、仙台、盛岡での活動を経て、1938年に久慈に移り住みました。ここで久慈キリスト教センターを設立し、久慈幼稚園を創設。久慈地域での教育と福祉活動の基礎を築きました。
1941年、太平洋戦争の勃発により強制収容・送還されましたが、帰国後はカリフォルニア州のツールレイク収容所で日系アメリカ人の支援に尽力。1947年に再来日し、久慈高校の英語教師を務めるとともに、農民福音学校の開設や社会館診療所の設立など、地域住民の生活向上に幅広く貢献しました。1959年には久慈市名誉市民に選ばれ、1970年には80歳にしてアレン短期大学を開学。1976年に召天し、久慈市民葬をもってその生涯は悼まれました。日本政府からは瑞宝五等章(1958年)および瑞宝四等章(1968年)が授与されています。
設計者ウィリアム・メレル・ヴォーリズについて
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories, 1880–1964)は、米国カンザス州出身の建築家であり、1905年に来日して以来、滋賀県近江八幡市を拠点に約45年にわたり建築設計に携わりました。教会、学校、病院、商業施設、個人住宅など1,600棟以上の設計を手がけ、住む人の暮らしやすさと自然光を重視した設計思想は「ヴォーリズ建築」として高い評価を受けています。メンソレータム(現メンターム)を日本に普及させた近江兄弟社の創業者としても知られ、1941年に日本国籍を取得し「一柳米来留」と名乗りました。
アレン記念館は、ヴォーリズがアレンの宣教活動を支援する中で設計した住宅です。農村部の久慈において洋風の生活様式を実現するという課題に、ヴォーリズならではの実用的かつ温かみのある設計で応えました。
なぜ登録有形文化財に登録されたのか
アレン記念館は2016年(平成28年)11月に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その評価のポイントは、昭和16年という建設当時としては珍しかった「洋風生活を意図した住宅」であるという点にあります。暖炉のある客室を中心とした平面構成、台所に設けられた造り付けのアイロン台などの実用的な工夫、2階のバルコニーといった特徴が、当時の東北地方の住宅としては極めて先進的でした。また、東北地方に現存するヴォーリズ建築が非常に少ないことも、文化財としての価値を高めています。
見どころと建築的特徴
アレン記念館の外壁は「頌美(ほまれ)カラー」と呼ばれる灰色で塗装されています。この色名は、アレンが創設した学校法人頌美学園に由来します。2019年に実施された保存工事では、東北文化学園大学の増田豊文教授の監修のもと、建設当時の姿を知る久慈市民の証言に基づいてこの色が復元されました。外部建具の全面更新、破損した軒樋の銅製での復元、バルコニー支柱の基礎交換なども行われています。
内部は暖炉のある居間を中心に構成されており、これはヴォーリズが住宅設計において重視した「人が自然と集まる場所」としての暖炉の役割を体現しています。ヴォーリズ自身がかつて「日本の座敷における床の間のようなもの」と表現したこの暖炉を中心とした空間設計は、アレンが地域住民を温かくもてなした場であったことを偲ばせます。台所には造り付けの家具やアイロン台が設けられ、合理的な洋風生活への配慮が隅々まで行き届いています。
施工を担当したのは久慈市の棟梁・平谷鉄男氏であり、ヴォーリズの国際的な設計思想と地元の建築技術が見事に融合した建物となっています。なお、久慈幼稚園の敷地内にはアレン記念館のほかにもヴォーリズ設計の建物が2棟現存しており、東北地方では貴重なヴォーリズ建築の集積地となっています。
久慈とフランクリン:60年以上続く姉妹都市の絆
タマシン・アレンの活動がきっかけとなり、久慈市と米国インディアナ州フランクリン市は1961年に姉妹都市提携を結びました。以来60年以上にわたり、学生交流プログラム、文化イベント、相互の市長訪問などが活発に行われています。フランクリン市の中心部には「くじアレー」と名付けられた日本風の小路があり、久慈市にはアレン記念館やアレン記念教会(バプテスト久慈教会)が交流の原点として大切に守られています。2025年にはフランクリン・カレッジが「タマシン・アレン・オンライン・コレクション」を公開し、アレンの生涯と業績を世界に向けて発信しています。
周辺の観光情報
久慈市にはアレン記念館と合わせて訪れたい魅力的なスポットが数多くあります。久慈琥珀博物館は日本唯一の琥珀専門博物館で、中生代白亜紀後期(約8,500〜9,000万年前)の琥珀を展示するとともに、琥珀採掘体験やアクセサリー制作体験も楽しめます。久慈地下水族科学館「もぐらんぴあ」は、東日本大震災からの復興を経て再建された水族館で、世界で唯一、南部もぐりと北限の海女の潜水作業を水中で同時に見られる施設です。
道の駅くじ「やませ土風館」では久慈の特産品や琥珀工芸品を購入でき、地元の食を堪能することもできます。三陸復興国立公園に属するリアス式海岸の景観も見事で、小袖海女センターでは日本最北の海女文化に触れることができます。鉄道ファンには三陸鉄道リアス線がおすすめで、久慈駅から太平洋沿岸の絶景を車窓から楽しむことができます。
Q&A
- アレン記念館の内部は見学できますか?
- アレン記念館は久慈幼稚園(現・幼保連携型認定こども園久慈幼稚園)の敷地内に位置しています。教育施設の敷地内であるため、内部見学には制限がある場合があります。見学を希望される場合は、事前に久慈市教育委員会文化課または久慈幼稚園にお問い合わせください。
- 久慈駅からアレン記念館へのアクセス方法は?
- JR久慈駅(JR八戸線・三陸鉄道リアス線)から徒歩約10〜15分です。住所は岩手県久慈市本町三丁目11です。
- 久慈市内に他のヴォーリズ建築はありますか?
- はい、久慈幼稚園の敷地内にはアレン記念館のほかにもヴォーリズ設計の建物が2棟現存しています。東北地方ではヴォーリズ建築が非常に少ないため、この3棟が集まっているのは貴重な建築遺産群といえます。
- 久慈市を訪れるのにおすすめの季節は?
- 久慈市は四季を通じて楽しめます。春(4〜5月)は桜、夏(7〜8月)は海岸の景観や海女の実演、秋(9月)は久慈秋まつり、冬は内間木洞の氷筍公開(年2回限定)が見どころです。久慈渓流や長内渓流の紅葉も美しい秋がとくにおすすめです。
- 東京から久慈市へのアクセス方法は?
- 主なルートは3通りあります。①東北新幹線で八戸駅まで約3時間、そこからJR八戸線で久慈駅まで約2時間。②東北新幹線で二戸駅まで約2時間50分、そこからJRバス「スワロー号」で約1時間10分。③東北新幹線で盛岡駅まで約2時間30分、そこからJRバス「白樺号」で約2時間30分。車の場合は東北自動車道から八戸自動車道を経由し、九戸ICから約40分です。
基本情報
| 名称 | アレン記念館 |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物)、2016年(平成28年)11月登録 |
| 設計 | ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(ヴォーリズ建築事務所) |
| 施工 | 平谷鉄男(久慈市の棟梁) |
| 竣工 | 1941年(昭和16年) |
| 構造 | 木造2階建て洋風住宅 |
| 所在地 | 〒028-0024 岩手県久慈市本町三丁目11 |
| 所有者 | 学校法人東北文化学園大学 |
| アクセス | JR久慈駅(JR八戸線・三陸鉄道リアス線)より徒歩約10〜15分 |
| 保存工事 | 2019年10月完了(外壁の建設当時の色への復元、外部建具更新、軒樋復元等) |
参考文献
- 久慈市の文化財 — 久慈市公式サイト
- https://www.city.kuji.lg.jp/soshiki/bunka/1/3/2917.html
- アレン記念館(国登録有形文化財)の保存工事を行います — 東北文化学園大学
- https://www.tbgu.ac.jp/anniversary/news_anniversary/32156
- アレン記念館 保存工事完了のお知らせ — 東北文化学園大学
- https://www.tbgu.ac.jp/topics/33342
- Collection: Allen, Thomasine Papers — American Baptist Historical Society
- https://libraries.mercer.edu/archivesspace/repositories/2/resources/454
- Franklin College Launches Thomasine Allen Online Collection
- https://franklincollege.edu/2025/01/28/franklin-college-announces-the-launch-of-the-thomasine-allen-online-collection/
- アレン国際短期大学 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%B3%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E7%9F%AD%E6%9C%9F%E5%A4%A7%E5%AD%A6
最終更新日: 2026.03.22