願成就院宝塔 ― 平泉に伝わる平安後期の石造宝塔

世界遺産・中尊寺の境内、本堂のすぐ西側にひっそりと佇む小さな石塔。それが、岩手県平泉町に伝わる重要文化財「願成就院宝塔」です。総高わずか125.7センチメートル、安山岩を彫り出して造られたこの宝塔は、奥州藤原氏が栄華を誇った12世紀の平泉文化を今に伝える、貴重な石造遺品のひとつです。中尊寺金色堂の華やかさとは対照的に、静かに、しかし確かにその時代の祈りを刻み続けてきた石塔の姿は、訪れる人の心に深い余韻を残します。

歴史的背景 ― 平泉と奥州藤原氏

平安時代後期、奥州藤原氏は陸奥国平泉を拠点として、京の都に並ぶほどの仏教文化を花開かせました。初代清衡が中尊寺を、二代基衡が毛越寺を、三代秀衡が無量光院をそれぞれ建立し、浄土思想に基づく壮麗な伽藍と庭園が次々と整えられていきました。

中尊寺の境内には、本坊のほか数多くの塔頭(たっちゅう)寺院が連なっており、願成就院もそのひとつです。なお、源頼朝の奥州征伐戦勝祈願のために北條時政が静岡県伊豆の国市に建立した「願成就院」(運慶作の国宝仏五体で知られる)とは別の寺院ですので、混同なさらぬようご注意ください。

当宝塔は、もともと中尊寺境内の峯薬師堂(みねやくしどう)にあったと伝えられ、現在も峯薬師堂の前に安置されています。中尊寺本堂の西側、杉木立に囲まれた静謐な一角に、約九世紀の歳月を超えて立ち続けてきた小さな石塔。その存在自体が、平泉の歴史の奥深さを物語っています。

重要文化財に指定された理由

願成就院宝塔は、昭和32年(1957年)9月17日、国の重要文化財(建造物)に指定されました。その指定理由には、以下のような価値が挙げられます。

平安時代後期の希少な石造遺品

本宝塔には紀年銘がなく、造立年代を直接示す資料はありません。しかし、低い基礎石の上に低い塔身をのせる構成、笠石の薄い軒と穏やかな反り、宝珠の形などから、平安時代後期、すなわち12世紀の作と判断されています。この時代の石造宝塔で良好な状態を保って現存するものは全国的にも数少なく、東北地方においては極めて稀少な存在です。

「平泉型宝塔」を代表する一基

同じ中尊寺境内にある重要文化財「釈尊院五輪塔」(仁安4年〈1169年〉銘)とともに、本宝塔は12世紀の限られた時期に平泉周辺でのみ造られた独特の様式を示しており、研究者の間で「平泉型宝塔」とも呼ばれています。屋根より上が五輪塔形に造られた特異な構造は、この地域の石塔文化の独自性を強く示しており、奥州藤原氏の時代の精神世界を現代に伝えています。

洗練された梵字(種子)の刻み

塔身の四方には、月輪(がちりん)の中に金剛界四仏を表す梵字の種子(しゅじ)が薬研彫(やげんぼり)で刻まれています。東面に阿弥陀如来の「キリーク」、南面に不空成就如来の「アク」、西面に阿閦如来の「ウーン」、北面に宝生如来の「タラーク」。後世の移動により、種子の配置は本来の方位から180度回転していると考えられていますが、その彫りは優雅で美しく、洗練された姿を見せています。

魅力と見どころ

一石造りの美しい笠石と宝珠

本宝塔のもっとも特徴的な意匠のひとつが、笠石・請花・宝珠を一石から造り出している点です。笠は宝形造(ほうぎょうづくり)で、屋根の勾配は緩やか、軒の反りも穏やか。その上に蓮弁を表す請花、さらに宝珠が一体となって連なる構成は、整った均衡と古調を併せ持ち、見る者に静かな威厳を感じさせます。

塔身内部の刳り抜きが秘める謎

塔身は背の低い円筒形(壺型)で、内部は円形に刳り抜かれています。この内部の空洞は、経筒(きょうづつ)または蔵骨容器(ぞうこつようき)を納めるためのものではないかと考えられています。誰が、何を、どのような祈りを込めて納めたのか。その答えは時の中に消えてしまいましたが、この小さな空間が物語る信仰のかたちは、訪れる者の想像をかき立てます。

密浄上人の墓碑との伝承

本宝塔は、もとは峯の薬師堂にあったもので、密浄上人(みつじょうしょうにん)の墓碑であると伝えられてきました。確実な史料的裏付けがあるわけではないものの、こうした伝承は、ひとりの僧の信仰と人生をしのぶよすがとして、今もなお石塔に静かな物語性を与えています。

峯薬師堂と紅葉の美

本宝塔が安置されている峯薬師堂は、薬師如来をまつる小堂で、中尊寺本堂のすぐ西側に位置しています。秋になると周囲のカエデが鮮やかに色づき、紅葉の名所として知られるこの一帯は、平泉でもとりわけ美しい風景のひとつ。古びた石塔と燃え立つような紅葉のコントラストは、訪れる方に忘れがたい印象を与えてくれることでしょう。

周辺情報 ― 平泉をめぐる旅

願成就院宝塔は、ユネスコ世界遺産「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」の構成資産・中尊寺の境内にあります。せっかく平泉までお越しになるなら、ぜひ周辺の見どころもあわせてお楽しみください。

  • 中尊寺金色堂:奥州藤原氏初代清衡が建立した、創建当時の姿をそのままに残す阿弥陀堂。国宝建造物第一号。
  • 毛越寺:平安時代の浄土庭園の傑作として名高い、奥州藤原氏ゆかりの古刹。
  • 達谷窟毘沙門堂:京都・清水寺を模して造られたとされる、岩窟に抱かれた特異な堂宇。
  • 観自在王院跡:二代基衡の妻が建立した寺院の遺構で、浄土庭園の趣を伝える史跡。
  • 平泉文化遺産センター:平泉の歴史と文化を分かりやすく紹介する展示施設。旅の出発点におすすめ。
  • 釈尊院五輪塔:本宝塔と同様に12世紀に造られた重要文化財の石塔。同じ中尊寺境内で見学可能。

Q&A

Qこの願成就院宝塔は、運慶作の仏像で有名な静岡の願成就院と同じお寺なのですか?
Aいいえ、別のお寺です。静岡県伊豆の国市の願成就院は、北條時政が建立し、運慶作の仏像五体を国宝として伝える鎌倉時代の名刹です。一方、本記事の願成就院は岩手県平泉町の中尊寺境内にある塔頭寺院で、本宝塔はここに伝わる平安後期の石造宝塔です。同名のため混同されやすいので、ご注意ください。
Q宝塔はどこで見学できますか?
A中尊寺本堂のすぐ西側、峯薬師堂の前に安置されています。中尊寺の参拝経路の中でご覧いただけますので、本堂・金色堂とあわせてお立ち寄りください。野外に置かれているため、参拝の妨げにならないよう、静かに鑑賞していただければと思います。
Q「宝塔」とは、どのような塔のことですか?
A宝塔とは、円筒形の塔身に一重の屋根(笠石)と相輪を載せた形式の仏塔で、密教において重要な意味を持ちます。多くは石造や金属製で、墓碑や納経・納骨のための塔として造られました。多層の木造塔とは異なる、簡素ながら荘厳な姿が特徴です。
Q訪れるのにおすすめの季節はありますか?
Aどの季節も趣がありますが、峯薬師堂周辺は紅葉の名所として知られており、10月下旬から11月上旬の秋がとくにおすすめです。新緑の春や、雪化粧をした冬の静寂もまた格別の風情があり、訪れる季節ごとに異なる表情をお楽しみいただけます。
Q東京から中尊寺まではどうやって行けばよいですか?
A東京駅からJR東北新幹線で一ノ関駅まで約2時間30分、一ノ関駅でJR東北本線に乗り換え、平泉駅まで約10分です。平泉駅からは徒歩約25分、または平泉町巡回バス「るんるん」で中尊寺バス停下車。レンタサイクルも利用できますので、町内の他の史跡とあわせて巡るのに便利です。

基本情報

名称 願成就院宝塔(がんじょうじゅいんほうとう)
指定種別 国指定重要文化財(建造物)
指定年月日 昭和32年(1957年)9月17日
時代 平安時代後期(12世紀)
材質 安山岩
総高 約125.7センチメートル
数量 1基
所在地 岩手県西磐井郡平泉町平泉字衣関(中尊寺境内・峯薬師堂前)
所有者 願成就院
管理団体 中尊寺
アクセス JR東北本線「平泉駅」から徒歩約25分。または平泉町巡回バス「中尊寺」バス停下車。レンタサイクル利用も可。
世界遺産との関係 ユネスコ世界遺産「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」(2011年登録)の構成資産・中尊寺境内に所在

参考文献

願成就院宝塔【平泉】 - いわての文化情報大事典(岩手県)
http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist12
建造物 - 平泉の文化財 - 平泉の文化遺産(平泉町)
https://www.town.hiraizumi.iwate.jp/heritage/property/kenzou.html
願成就院(がんじょうじゅいん) 石造宝塔 - 石仏と石塔
https://kawai24.sakura.ne.jp/iwate-hiraizumi-ganjyoujyuin.html
平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群 包括的保存管理計画 - 文化庁
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/sekaitokubetsu/18/pdf/shiryo_2_2.pdf

最終更新日: 2026.05.10