黒沢治助商店防火塀とは

黒沢治助商店防火塀は、岩手県二戸市福岡字中町の黒沢治助商店の敷地前方の南辺と北辺に築かれた煉瓦造の塀で、年代は大正後期(1912〜1925年)とされ、平成21年(2009年)11月2日に国の登録有形文化財に登録された。

延長は合わせて45メートルで、員数は1基として登録されている。文化庁のデータベースは年代を「大正後期・昭和20年頃」と記しており、一部には昭和20年(1945年)頃の工事も含まれるとみられるが、どの部分にあたるかは示されていない。

隣家からの類焼を防ぐ煉瓦の壁

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、黒沢治助商店防火塀から防火に対する意識の高さがうかがえると評している。

木造の町家が軒を連ねる通りでは、隣家の火事がそのまま自分の家に移る。敷地の両側に煉瓦を高く積んで隣地との境を塞いだのは、店舗や倉庫の並ぶ敷地前方を類焼から守るためと考えられる。漆喰で塗り込めた主屋や、銅板張りの防火戸を持つ渡廊下と合わせて見ると、屋敷全体を通して火への備えが一貫していることが分かる。

見どころ:高さの違う南辺と、仕上げの違う北辺

南辺の黒沢治助商店防火塀は煉瓦を内外とも現しにしている。通りに近い前方28メートルを高さ3.7メートルに積み上げ、その奥の10メートルは高さ2.7メートルに下げている。建物が密に並ぶ敷地の表側ほど壁を高くした構成である。

北辺は高さ2.7メートル、厚さ38センチ、延長6.8メートルの煉瓦造で、外側は煉瓦を見せながら、敷地の内側に向く面を人造石洗出しで仕上げている。同じ仕上げの倉庫と揃えたかのように、屋敷の中から見える面だけ表情を変えている。南辺の28メートルと10メートル、北辺の6.8メートルを足すと、延長45メートルになる。

黒沢治助商店防火塀の見学方法

黒沢治助商店防火塀は敷地前方の南北の境に沿って建つので、通りから煉瓦の壁面を見ることができる(2026年9月29日確認)。高さ3.7メートルの南辺の前方部分は、とくに通りから目に入りやすい。

塀の内側の面や北辺の人造石洗出しの仕上げは敷地の中からしか見えず、見学の受け付けも案内されていない。敷地は民有地なので、門の内側には入らないようにしたい。

Q&A

Q黒沢治助商店防火塀はいつ築かれましたか?
A文化庁のデータベースは年代を「大正後期・昭和20年頃」と記録しています。昭和20年は1945年です。
Q黒沢治助商店防火塀の長さと高さは?
A延長は合わせて45メートルです。南辺は前方28メートルが高さ3.7メートル、後方10メートルが高さ2.7メートル、北辺は高さ2.7メートル、延長6.8メートルです。
Q黒沢治助商店防火塀はなぜ築かれたのですか?
A隣地からの類焼を防ぐためと考えられます。文化庁の解説は、防火に対する意識の高さがうかがえると評しています。
Q黒沢治助商店防火塀の北辺の仕上げの特徴は?
A敷地の内側に向く面を人造石洗出しで仕上げています。南辺は煉瓦を内外とも現しにしています。
Q黒沢治助商店防火塀は見学できますか?
A通りから煉瓦の壁面を見られます。塀の内側の面は敷地の中からしか見えず、見学の受け付けは案内されていません。

基本情報

名称黒沢治助商店防火塀(くろさわちすけしょうてんぼうかべい)
所在地岩手県二戸市福岡字中町6他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成21年(2009年)11月2日登録
員数1基
寸法煉瓦造、延長45メートル
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況外観は通りから見学可(敷地内は立入不可)

参考文献

黒沢治助商店防火塀(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007834
黒沢治助商店倉庫(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007832

最終更新日: 2026.09.29