紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図とは:金泥の経文で九重の宝塔を描いた平安時代の十幀
紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図(こんしちゃくしょくこんこうみょうさいしょうおうきょうきんじほうとうまんだらず)は、岩手県西磐井郡平泉町の中尊寺大長寿院が所有する平安時代の仏画10幀で、平成13年(2001年)6月22日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、員数は10幀、所有者は大長寿院である。
文化庁によると、紺に染めた紙に金泥で『金光明最勝王経』の経文を宝塔の形に書き、周りに経の意味を絵にした場面を配したもので、10幀が完存している。
紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図の構成
文化庁の詳細解説によると、各幀は紺紙を2枚継いだ上に金泥で経文を宝塔の形に書き、左右と下に紺紙を足して、金銀泥と彩色で経の意味を絵にした場面を配し、さらに上下に金銀泥の宝相華文帯を継いでいる。宝塔は九重で、経文は塔の最上部の相輪の頂上から書き始める。
塔の初層には説法の姿の釈迦如来を1体描き、塔の下や各所に、風景を背景に礼拝する唐装の王侯や貴人の男女、侍者などを描く。各幀の宝塔は同じ寸法・同じ形で、型紙を使ったと推測されている。各幀が経の1巻分を書写しており、10幀で『金光明最勝王経』10巻となる。
紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図の見どころ
文化庁によると、『金光明最勝王経』は代表的な護国経典で、この経を広める国王があれば四天王や弁才天が国土を守り、人民を安穏にすると説かれる。本図にも四天王や財福神の女天が繰り返し描かれていることから、奥州藤原氏が奥州の安穏を願って制作を発願したと推測され、特に女性による発願とする説もある。制作は12世紀半ばより遡ると推測される。
文化庁は、宝塔曼荼羅という特異な絵画の代表作で、金銀泥と彩色を共存させる画風は他に例がなく、捨身飼虎図のような説話画や、多数の女性像、情緒豊かなやまと絵の風景などを含み、平安時代の仏画・やまと絵の資料として美術史的にきわめて高い価値をもつとしている。
紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図の見学方法
図は中尊寺大長寿院が所有しており、常時公開されているわけではない。展示の予定は中尊寺の案内で確かめたい。
Q&A
- 紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図はいつ国宝に指定されましたか?
- 平成13年(2001年)6月22日に国宝に指定されました。
- 宝塔曼荼羅図とはどんな絵ですか?
- 紺紙に金泥で経文を九重の宝塔の形に書き、周りに経の意味を描いた絵です。
- 宝塔曼荼羅図は何幀ありますか?
- 10幀が完存し、『金光明最勝王経』10巻にあたります。
- 宝塔曼荼羅図は誰が発願したのですか?
- 制作背景は不詳ですが、奥州藤原氏、特に女性による発願とする説があります。
- 宝塔曼荼羅図の価値は?
- 金銀泥と彩色を共存させた他に例のない画風で、平安時代の仏画・やまと絵の資料として極めて高い価値をもちます。
基本情報
| 名称 | 紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図(こんしちゃくしょくこんこうみょうさいしょうおうきょうきんじほうとうまんだらず) |
|---|---|
| 所在地 | 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関(中尊寺大長寿院) |
| 指定区分 | 国宝(絵画) |
| 指定年 | 平成13年(2001年)6月22日指定 |
| 員数 | 10幀 |
| 寸法 | 文化庁データベースに記載なし |
| 所有者 | 大長寿院 |
| 公開状況 | 常時公開ではない |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/874
- 文化遺産オンライン「紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/126267
最終更新日: 2026.09.29