焼走り熔岩流:岩手山が遺した、樹木を寄せ付けぬ4キロの黒い岩原
岩手山の北東山麓、八幡平市平笠の森を抜けて溶岩流に足を踏み入れると、夏の晴れた日には地表温度が40度を超える。視界の端まで、ただ黒い岩の塊が積み重なっている。植生らしい植生は、岩の窪みに張りついたシラガゴケ、ところどころに頭を出すアカマツ、そして遠景の岩手山の輪郭だけ。溶岩流は山の斜面を約4キロ流れ下り、末端では幅およそ1.5キロの扇形に広がる。指定面積は約149.63ヘクタールに及ぶ。
歴史時代に噴出した日本の溶岩流は数多いが、噴出時の地形をほぼそのまま残す規模のものは極めて少ない。焼走り熔岩流はその代表例として、国の特別天然記念物に指定されている。
側火山が生んだ一本の溶岩流
岩手山は標高2,038メートルの成層火山で、那須火山帯に属する。山頂部の噴火・溶岩噴出の記録は17世紀末から1934年に至るまで複数残されているが、焼走り熔岩流は山頂部の活動とは由来を異にする。岩手山の東側山腹、標高およそ850メートルから1,250メートルにかけて直線状に並ぶ複数の側火山(寄生火山)の噴出口から流出したものだ。それぞれの噴出口は高さ4〜5メートル、直径4メートルほどの小規模なもので、現在も第一噴出口跡をはじめ判別できる。
噴出年代については、文化庁の指定記録および古くからの伝承では享保4年(1719)正月とされてきた。一方、近年の地質学的検討では享保17年(1732)とする説も提示されており、現地の案内表示や近年の解説では1732年と記すものも増えている。いずれにせよ、当時の人々は山腹を一気に流れ下る赤い溶岩を目撃しており、その印象から「焼け走り」の名が定着した。
岩石はかんらん石を含む両輝石安山岩。一般に輝石安山岩の溶岩は粘性が高く流れにくいが、焼走りの溶岩は流動性に富み、4キロ先まで一度に達した。表面には、流動中に局所的に冷えて停滞した名残として、ロープ状・波紋状の凹凸が無数に走る。一部の凹凸が虎の縞模様のように見えることから、「虎形」と呼ばれる箇所がある。
特別天然記念物に指定された理由
火山国の日本では溶岩流そのものは珍しくない。焼走りが特別視されるのは、その保存状態にある。多くの歴史的溶岩流は、ほどなく森林に覆われたり、開墾されたり、後の噴火で埋没したりして、噴出当時の地表面はやがて失われる。これに対し焼走り熔岩流は風化がほぼ進んでおらず、表面に土壌が形成されていないため、今なお高等植物の侵入をほとんど許していない。源頭の噴出口から末端の溶岩堤までを、ひと続きに観察できる。
このように、噴出年代が比較的特定でき、噴火口から末端までの全貌が残り、噴出当時の地形的特徴を留めている例は、わが国でも極めて稀である。1944年(昭和19年)11月7日に天然記念物に指定され、1952年(昭和27年)3月29日には特別天然記念物に格上げされた。さらに1956年(昭和31年)には十和田八幡平国立公園の特別保護地区にも指定されている。岩石や植物の採取は禁じられている。
溶岩流観察路を歩く
駐車場から末端部の溶岩原へ、片道およそ1キロの観察路が整備されている。鎖で仕切られた木道と岩を組み合わせた歩道で、途中には小さな展望台がある。往復で約45分。足元は不揃いの安山岩塊が露出するため、運動靴または登山靴を推奨したい。
展望台に立つと、溶岩流の地形が一望できる。西側に視線を向ければ、岩原は徐々に狭まりながら岩手山の斜面へと続く。東側を見れば、自分が歩いてきた扇状の岩原が広がる。晴天時には岩手山が背景に大きくそびえ、黒い岩原と緑の樹林の境界が際立つ。
観察路の終点近くには、宮沢賢治の詩「鎔岩流」の詩碑が建つ。賢治はこの場所を訪れた印象を、「鬼人たちの棲み家」と詠んだ。三百年近く経ってもなお、つい昨日噴火が止んだかのような荒涼の気配が、この詩には収められている。実際に岩原を歩いてみると、その感覚は今も裏切られない。
焼走り登山口とコマクサ群落
焼走りは岩手山への登山口の一つでもある。観察路から登山道に入り、樹林帯を抜けて火山礫の斜面に出ると、第一噴出口跡が現れる。そこからツルハシノ別レ付近にかけてが、日本最大級と称されるコマクサの群落地である。見頃は7月初旬から8月中旬で、火山礫の灰色の地表に淡桃色の花が点在する光景は、他の高山では見られない規模を持つ。
ただし山頂までは標高差約1,500メートル、往復7時間前後の本格的な行程となる。岩手山は活火山であり、火山活動状況に応じた登山規制が出される場合もあるため、登山前に火山情報の確認が欠かせない。麓の溶岩流観察路のみであれば、特別な装備は不要で、積雪期以外はいつでも歩ける。
周辺の見どころ
観察路入口には岩手山焼走り国際交流村が隣接し、ログキャビン、キャンプ場、日帰り温泉「焼走りの湯」を備える。焼走りの湯は単純温泉の露天風呂から岩手山を正面に望むことができ、登山や散策の後にちょうどよい。
八幡平市は岩手山の北側に広がる火山性高原を擁し、松川温泉や藤七温泉、八幡平頂上の湿原・展望地など、変化に富んだ自然観光の拠点になっている。八幡平アスピーテラインは冬期通行止めとなり、毎年4月中旬頃に開通する。盛岡市街地まで車で約1時間という近さも、滞在拠点として使いやすい点である。
Q&A
- いつ訪問できますか?
- 観察路は通年で開放されていますが、積雪により歩行が困難な冬季(おおむね晩秋から早春まで)は事実上閉鎖されます。岩手山の眺望も含めて楽しめるのは、初夏から秋にかけてが安定しています。
- 入場料はかかりますか?
- 観察路および駐車場は無料です。隣接する焼走りの湯(日帰り温泉)は別途入浴料が必要です。
- 最寄り駅はどこですか?
- JR花輪線の大更(おおぶけ)駅が最寄りで、タクシーで約20分です。東北自動車道の西根ICからは車で約10分。路線バスもありますが本数が限られるため、事前確認をおすすめします。
- 溶岩を記念に持ち帰れますか?
- できません。全域が特別天然記念物かつ国立公園の特別保護地区に指定されており、岩石・植物の採取・移動は法令で禁じられています。
- 噴火はいつ起きたのですか?
- 文化庁の指定記録では享保4年(1719)正月とされています。近年の地質学的検討では享保17年(1732)とする説も提示されており、現地案内や近年の解説では後者を採用する例もあります。両方の年代が併存しているのが現状です。
基本情報
| 名称 | 焼走り熔岩流(やけはしりようがんりゅう) |
|---|---|
| 所在地 | 岩手県八幡平市平笠(旧・岩手郡西根町) |
| 指定区分 | 特別天然記念物 |
| 指定年月日 | 1944年(昭和19)11月7日 天然記念物指定/1952年(昭和27)3月29日 特別天然記念物指定 |
| 指定面積 | 約149.63ヘクタール |
| 溶岩流の規模 | 延長約4キロメートル/末端幅約1.5キロメートル/標高約550〜1,200メートル |
| 岩石種 | 含かんらん石両輝石安山岩 |
| 噴出年代 | 享保4年(1719)正月(指定記録)/享保17年(1732)とする近年の説あり |
| その他の指定 | 十和田八幡平国立公園 特別保護地区(1956年指定) |
| アクセス | JR花輪線 大更駅から車で約20分/東北自動車道 西根ICから約10分 |
| 観察路 | 片道約1キロメートル、往復所要約45分 |
| 料金 | 無料(観察路・駐車場) |
| 指定基準 | (五)地震断層など地塊運動に関する現象/(十)硫気孔及び火山活動によるもの |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「焼走り熔岩流」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/155
- いわての文化情報大事典「焼走り熔岩流」(岩手県)
- http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist137
- 環境省 国立公園 十和田八幡平国立公園「焼走り熔岩流散策コース」
- https://www.env.go.jp/nature/nationalparks/list/towada-hachimantai/course/14/
- 林野庁「焼走自然観察教育林」
- https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kokumin_mori/katuyo/reku/rekumori/yakehasiri.html
- 八幡平市観光協会「焼走り熔岩流ガイドマップ」(PDF)
- https://www.hachimantai.or.jp/area/file/yakehashiri.pdf
最終更新日: 2026.05.21