有岡古墳群:四国に眠る古代豪族の王墓群

香川県善通寺市の南西部に広がる丘陵地帯に、有岡古墳群は静かに佇んでいます。3世紀後半から7世紀初頭にかけて築造された6基の古墳は、同一の系統に属する首長たちの墓と考えられ、1984年(昭和59年)に国の史跡に指定されました。約400年にわたる権力の継承を物語るこの古墳群は、古代讃岐国の歴史を解き明かす鍵であると同時に、弘法大師空海の祖先ともいわれる佐伯氏の足跡をたどる場所でもあります。

善通寺市は「古墳のまち」とも称され、市内には大小400基を超える古墳が確認されています。その中でも有岡古墳群は、質・量ともに群を抜く存在です。金銅製冠帽や銀象嵌鉄刀といった豪華な副葬品、四国唯一の装飾古墳、日本有数の高所に築かれた積石塚など、一つひとつの古墳が独自の魅力をもち、訪れる人を古代日本の壮大な物語へと誘います。

古墳とは

古墳とは、3世紀中頃から6世紀末にかけての古墳時代に、支配者層のために築造された大型の墳墓です。最も特徴的な形状は前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)で、円形の後円部と方形の前方部を組み合わせた鍵穴のような形をしています。古墳には武器、装飾品、埴輪(はにわ)などが納められ、被葬者の政治的・社会的地位を反映する精巧な葬送文化が展開されました。

善通寺市では400基以上の古墳が確認されていますが、有岡古墳群を構成する6基は、同一の首長系譜に連なる墓として他の古墳群と一線を画しています。香川県では古墳時代前期に前方後円墳の築造が盛んでしたが、中期以降に衰退する地域が多い中、有岡古墳群では後期に至るまで大型の前方後円墳が築かれ続けた点が注目されています。

国指定史跡としての価値

有岡古墳群が国の史跡に指定された背景には、いくつかの卓越した学術的価値があります。第一に、3世紀後半から7世紀初頭までの約400年間にわたる首長墓の系譜が一つの地域にまとまって残されている点です。野田院古墳→磨臼山古墳→鶴が峰4号墳→丸山古墳→王墓山古墳→宮が尾古墳という時系列の連続性は、地方豪族の権力変遷を追ううえで全国的にも貴重な事例です。

第二に、出土品がヤマト王権との深い結びつきを示している点です。王墓山古墳から出土した金銅製冠帽は全国初の発見であり、銀象嵌鉄刀は大和政権が渡来工人に制作させ、配下の地方首長に下賜したものと考えられています。同様の象嵌刀は熊本、島根、奈良、群馬など古代の先進地帯からも出土しており、有岡の首長が全国規模のネットワークに組み込まれていたことを裏付けます。

第三に、宮が尾古墳の線刻壁画は四国で確認された極めて珍しい装飾古墳であり、瀬戸内海沿岸部で最も優れた装飾古墳と評価されています。

6基の古墳を巡る:時代を超える旅

野田院古墳(3世紀後半)

大麻山の中腹、標高約405メートルという国内最高所に築かれた全長44.5メートルの前方後円墳です。後円部は石を積み上げた「積石塚」、前方部は土を盛った上に石を葺いた構造で、一つの古墳に二つの築造技法が共存する珍しい特徴を持ちます。石室からはガラス玉や鉄剣、土師器(はじき)が出土し、古墳の周囲には弥生時代の特徴を持つ壺形土器が並べられていました。積石の技法は讃岐地方に多く見られるもので、奈良や大阪にも同様の技法が伝わったと評価されています。

磨臼山古墳(4世紀後半)

標高121メートルの磨臼山の尾根上に位置する全長50メートルの前方後円墳です。主体部からは、高松市国分寺町の鷲ノ山産安山岩で作られた船形刳抜式石棺が出土しました。石棺には石枕が設けられ、両耳の位置に勾玉の耳飾りが浮き彫りにされた精緻な造りで、当時の石工技術の高さを物語ります。石棺は善通寺市民会館に展示されています。

鶴が峰4号墳(5世紀前半)

鶴が峰の尾根、標高125メートルの南西端部に位置する全長26メートルの前方後円墳です。5世紀前半頃の築造と推定されています。国指定史跡の範囲には含まれていませんが、有岡古墳群の首長墓系譜において重要な位置を占めています。

丸山古墳(5世紀中頃)

北向八幡神社の社殿裏に位置する、古墳群中最大規模の全長54メートルの前方後円墳です。後円部の直径は30メートルに達します。出土遺物の詳細は不明ですが、くびれ部付近で版築(はんちく)による墳丘構築が確認されており、高度な土木技術が用いられたことがわかります。

王墓山古墳(6世紀前半)

有岡古墳群の中央部に位置し、古墳群の中核をなす全長46メートルの前方後円墳です。両袖式横穴式石室を持ち、その内部には九州地方に多く見られる「石屋形(いしやかた)」が設けられています。石屋形の存在は四国地方では極めて珍しく、瀬戸内海を越えた九州との活発な文化交流を示す証拠です。

石室からは全国初の金銅製冠帽をはじめ、銀象嵌鉄刀、金銅張馬具、大量の須恵器、装飾品、武具など質量ともに豪華な副葬品が出土しました。これらの品々は、被葬者がヤマト王権と強い結びつきを持つ有力豪族であったことを物語っています。現在は史跡公園として美しく整備されており、墳丘の上に登ると善通寺の五重塔や市街地を一望できます。

宮が尾古墳(6世紀後半〜7世紀初頭)

古墳群の中で最も新しい、直径約22メートルの円墳です。御館(みたち)神社のかたわらに位置し、古墳の一部を壊して神社が建てられたことから、古墳に埋葬された豪族がそのまま祀られたと考えられています。

最大の特徴は、両袖式横穴式石室の壁面に残された線刻壁画です。羨道(せんどう)には2体の武人像、玄室の奥壁には人物群・騎馬人物・船団などが克明に描かれています。この壁画は古代の殯(もがり)、すなわち貴人の死後に本葬前に行われた葬送儀式の様子を表したものと考えられ、全国的にも注目される貴重な資料です。装飾古墳は北部九州に多く見られますが、四国では香川県でしか確認されていません。実際の玄室への立ち入りはできませんが、隣接する古墳公園には実物大の石室模型と詳しい解説パネルが設置されています。

空海とのつながり

善通寺市は弘法大師空海(774〜835年)の生誕地として知られています。空海は地方豪族・佐伯氏の一族として生まれ、佐伯氏は古墳時代からこの地域で大きな勢力を誇っていました。有岡古墳群の被葬者が佐伯氏の先祖である可能性は、考古学的に確定されているわけではありませんが、古墳群と善通寺(四国八十八箇所第75番札所)の近接性は、古代の葬送文化と日本を代表する精神的伝統を一本の線で結ぶ魅力的な物語を生み出しています。

見学のご案内

有岡古墳群のうち、王墓山古墳・宮が尾古墳・野田院古墳の3基は史跡公園として整備され、解説板や遊歩道が設けられています。王墓山古墳と宮が尾古墳は善通寺・大野原線沿いに位置し、善通寺市街地から車で約5分、徒歩で約20分のアクセスです。宮が尾古墳から王墓山古墳までは徒歩7分程度で、続けて見学することができます。野田院古墳は大麻山の中腹にあり、林道を登る必要がありますが、山間の自然景観とともに古墳時代最古級の積石塚を体感できます。

毎年4月29日は善通寺市の「古墳の日」に定められ、通常は入ることのできない王墓山古墳と宮が尾古墳の石室、および野田院古墳の墳丘が一般公開されます。有岡古墳群の真の姿に触れることのできる年に一度の貴重な機会です。

古墳群から出土した遺物は、善通寺の東側・赤門筋商店街にある善通寺市立郷土館に展示されています。入館無料で、1階には約1,100点の考古資料、2階には民俗資料約400点が公開されています。

周辺情報

善通寺市は古墳だけでなく、多彩な観光資源に恵まれたまちです。善通寺(四国八十八箇所第75番札所)は813年に空海の生誕地に創建された名刹で、威風堂々たる五重塔や、本堂の地下を完全な暗闘の中で歩く「戒壇めぐり」が体験できます。

旧善通寺偕行社は明治時代に建てられた陸軍将校の社交施設で、国の重要文化財に指定されています。自然を楽しみたい方には大麻山のハイキングがおすすめで、讃岐平野と瀬戸内海を一望するパノラマが広がります。JR善通寺駅から一駅の琴平には、1,368段の石段で有名な金刀比羅宮があります。

香川県は「うどん県」としても知られ、善通寺市やその周辺にはコシの強い讃岐うどんを味わえるお店が数多くあります。古墳巡りの合間に、ぜひ本場のうどんもお楽しみください。

Q&A

Q石室の中に入ることはできますか?
A通常は保存のため石室内への立ち入りは制限されています。ただし、毎年4月29日の「古墳の日」には、王墓山古墳と宮が尾古墳の石室、野田院古墳の墳丘が一般公開されます。宮が尾古墳については、隣接する公園に実物大の石室模型と解説パネルが常設されています。
Q入場料はかかりますか?
A王墓山古墳・宮が尾古墳・野田院古墳の各史跡公園は無料で見学できます。出土品を展示している善通寺市立郷土館も入館無料です。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR土讃線の善通寺駅が最寄り駅です。王墓山古墳・宮が尾古墳へは駅から車で約5分、徒歩約20分です。高松自動車道の善通寺ICからは車で約10分です。各史跡公園に駐車場があります。
Q見学にどのくらいの時間がかかりますか?
A王墓山古墳と宮が尾古墳の2か所は徒歩圏内にあり、合わせて1時間程度で見学できます。善通寺市立郷土館を含めると約1時間半〜2時間が目安です。野田院古墳は山中にあるため、別途1〜2時間を見込んでください。
Qおすすめの季節はいつですか?
A年間を通じて見学できますが、特に春(4月29日の古墳の日)と秋がおすすめです。3月下旬〜4月上旬には古墳周辺に桜が咲き、美しい景観が楽しめます。夏に野田院古墳を訪れると、標高400メートルの涼しい空気を感じられますが、山道の登りに備えた準備が必要です。

基本情報

名称 有岡古墳群(ありおかこふんぐん)
指定区分 国指定史跡(1984年〈昭和59年〉11月29日指定)
所在地 香川県善通寺市善通寺町・生野町
構成古墳 野田院古墳、磨臼山古墳、鶴が峰4号墳、丸山古墳、王墓山古墳、宮が尾古墳(計6基)
築造時期 3世紀後半〜7世紀初頭(古墳時代)
入場料 無料
特別公開 毎年4月29日「古墳の日」に石室内部等を一般公開
展示施設 善通寺市立郷土館(善通寺市善通寺町6-1-4、赤門筋商店街内)入館無料、火水金土日 10:00〜16:00
アクセス JR土讃線 善通寺駅より車で約5分・徒歩約20分(王墓山古墳まで)/高松自動車道 善通寺ICより車で約10分
管理団体 善通寺市

参考文献

国指定史跡有岡古墳群 — 善通寺市ホームページ
https://www.city.zentsuji.kagawa.jp/soshiki/50/ariokaindex.html
善通寺市デジタルミュージアム 王墓山古墳(有岡古墳群)— 善通寺市ホームページ
https://www.city.zentsuji.kagawa.jp/soshiki/50/digi-m-culture-detail-009-index.html
有岡古墳群 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/202756
有岡古墳群(ありおかこふんぐん)— コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E6%9C%89%E5%B2%A1%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E7%BE%A4-1443166
王墓山古墳(善通寺市)— Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E5%A2%93%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3_(%E5%96%84%E9%80%9A%E5%AF%BA%E5%B8%82)
王墓山古墳(有岡古墳群)— ニッポン旅マガジン
https://tabi-mag.jp/ka0043/
善通寺市立郷土館 — 善通寺市ホームページ
https://www.city.zentsuji.kagawa.jp/soshiki/50/kyoudokan.html
善通寺市の古墳 — 讃岐文化研究会
http://ew.sanuki.ne.jp/snkbunka/tudabun7/kohunnbennkyoukai/text/h190708.html

最終更新日: 2026.03.09