弥勒石穴:手ノミ一つで岩盤を貫いた江戸時代の導水トンネル

香川県さぬき市の「みろく自然公園」の一角に、弥勒石穴(みろくせっけつ)という知られざる文化遺産があります。安政2年(1855年)から安政4年(1857年)にかけて、手ノミだけで三ツ石山の岩盤を掘り抜いて造られた全長約189メートルの灌漑用導水トンネルです。平成12年(2000年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、160年以上を経た今もなお現役の導水路として水を運び続けています。讃岐の水と暮らしの歴史を物語る、貴重な土木遺産です。

歴史的背景:水を求めた讃岐の人々

瀬戸内海式気候に属する香川県は、日本でも有数の少雨地域として知られています。古来より農業用水の確保は地域の最重要課題であり、数多くのため池が築造されてきました。弥勒池もそのひとつで、天保6年(1835年)に貯水量を増やすための改良工事が完成しました。しかし、その後約20年間にわたり十分な水源が確保できず、「器あれど盛る水なし」と評される状態が続いていました。

この深刻な状況を憂慮した庄屋・軒原庄蔵(のきはらしょうぞう)は、安政2年(1855年)に高松藩へ石穴工事の願いを提出しました。津田川水系の砕石谷(さいせきだに)から弥勒池へ水を引くため、三ツ石山の岩盤を貫通するトンネルを掘るという壮大な計画でした。藩はこれを許可し、軒原を「石穴掘抜方御用掛」に任命しました。

壮絶な掘削工事

工事は三ツ石山の東西両側から同時に掘り進めるという手法で行われました。掘削に用いたのは手ノミ(手持ちのみ)のみ。機械のない時代に、昼夜を問わず人力だけで硬い岩盤を穿つ大工事でした。設計には地元の数学者・萩原栄次郎(はぎわらえいじろう)の協力を得、工事監督は多田信蔵(ただしんぞう)が務めたと伝えられています。

着工から3年後の安政4年(1857年)、ついに全長約189〜191メートルの石穴が貫通し、砕石谷から弥勒池への導水に成功しました。トンネル内部はほぼ直線で、人がようやくかがんで歩ける程度の大きさです。坑口は切石と石積擁壁で丁寧に保護されており、当時の石工技術の高さを今に伝えています。

この画期的な工事を成し遂げた軒原庄蔵は広く名声を得ました。後の明治2年(1869年)には、安政の大地震で損壊した満濃池(まんのういけ)の底樋隧道工事を命じられ、日本最大級のため池の修復にも貢献しています。

登録有形文化財としての価値

弥勒石穴は平成12年(2000年)2月15日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。その評価のポイントは、江戸時代末期に手作業のみで約190メートルもの岩盤トンネルを掘り抜いた土木技術の高さ、坑口の石材加工と石積擁壁の優れた施工品質、そして160年以上にわたり灌漑施設として現役で使用され続けている歴史的継続性にあります。所有者は富田中央水利組合であり、地域の農業用水施設として大切に維持管理されています。

見どころ・魅力

弥勒石穴の見学ポイントは、弥勒池側に位置する石造りの坑口です。丁寧に積まれた石壁に囲まれた坑口には案内板と登録有形文化財のプレートが設置されており、工事の経緯や歴史的意義を知ることができます。近くには記念碑も建てられています。

弥勒石穴がある「みろく自然公園」は、弥勒池を中心に遊歩道やアスレチックコースが整備された自然豊かな公園です。弥勒池の堤防からは、四国最大の前方後円墳である国指定史跡「富田茶臼山古墳」を望むことができます。5世紀の古墳と19世紀の導水トンネルが同じ風景の中に共存する景観は、この地域の歴史の深さを雄弁に物語っています。なお、弥勒池の名は、かつてこの池の底から弥勒菩薩の石仏が出土したことに由来しています。

周辺情報

弥勒石穴の周辺には多くの見どころがあります。みろく自然公園内にはスポーツ施設、キャンプ場、ログハウス、温泉宿泊施設「ゆ〜とぴあみろく」などが揃い、家族連れでもゆっくり過ごせます。公園内にある「さぬき市歴史民俗資料館」では、富田茶臼山古墳の出土品をはじめ地域の考古・歴史資料が展示されており、入館料は大人100円、小中学生50円です。公園に隣接する「道の駅みろく」では地元の農産物やお土産が購入できます。また、少し足を延ばせば、瀬戸内海沿いの景勝地「津田の松原」や、四国八十八ヶ所霊場の札所も訪れることができます。

Q&A

Qトンネルの内部に入ることはできますか?
A弥勒石穴は現在も灌漑用の導水路として使用されているため、内部の一般公開は行われていません。弥勒池側の石造坑口は外から見学することができ、案内板や登録有形文化財のプレートが設置されています。
Q入場料はかかりますか?
A弥勒石穴の見学は無料です。みろく自然公園内に位置しており、公園自体も無料で入場できます。年間を通じて見学可能です。
Qアクセス方法を教えてください。
A電車の場合、JR高徳線の讃岐津田駅からタクシーで約10分です。車の場合、高松自動車道の津田東ICから国道11号を西へ約2.5km、県道2号線を南へ約3.5km(約15分)で到着します。
Qおすすめの季節はありますか?
Aみろく自然公園は四季折々の自然が楽しめます。春は桜、秋は紅葉や萩の花、冬はサザンカなどが見頃です。屋外の見学となりますので、歩きやすい靴でお越しください。
Q駐車場はありますか?
Aみろく自然公園には無料駐車場が完備されています。隣接する道の駅みろくの駐車場も利用可能です。

基本情報

名称 弥勒石穴(みろくせっけつ)
文化財指定 登録有形文化財(建造物)/平成12年(2000年)2月15日登録
建造年 安政2年〜安政4年(1855年〜1857年)、江戸時代
構造 石造坑口、延長約189m(1基)
関係人物 設計:軒原庄蔵(庄屋)/数学協力:萩原栄次郎/工事監督:多田信蔵
所有者 富田中央水利組合
所在地 香川県さぬき市大川町富田中3519-1地先
アクセス JR高徳線 讃岐津田駅からタクシー約10分/高松自動車道 津田東ICから車で約15分
入場料 無料(みろく自然公園内)

参考文献

弥勒石穴 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177756
弥勒石穴 — 農林水産省 水土里の文化遺産
https://www.maff.go.jp/j/nousin/sekkei/museum/m_bunka/yuukei16/index.html
国指定文化財等データベース — 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001536
弥勒石穴 — じゃらんnet
https://www.jalan.net/kankou/spt_37305ae2180022581/
みろく自然公園 — うどん県旅ネット(香川県観光協会)
https://www.my-kagawa.jp/point/211/
富田茶臼山古墳 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E7%94%B0%E8%8C%B6%E8%87%BC%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3
さぬき市歴史民俗資料館
https://www.sanuki.ne.jp/rekimin/

最終更新日: 2026.03.24